第8話 大和その2.不穏な空気

 ――大和。

「すまん。疲れているんだ」

「それでしたら、私がお体をほぐさせて頂きますわ」


 先ほど一人来たから、安心していたらもう一人やって来た。

 いい加減、分かってくれよ。

 今度の子は人間じゃなかった。

 コスプレか何かだと思ったのだけど、どうやら違うらしい。

 ウサギのような耳にふわふわしたボブカット、垂れた目が保護欲を誘う。

 甘え上手で、甘えさせたくなるような、そんな子だ。

 こういう子が案外計算高かったりするんだよな。偏見だとは重々分かっている。


「さっきの子にも言ったんだけど……」

「さっき……?」


 んんーとあざとく指先に唇をあてるウサギ耳の女の子。

 アヒル口まで作っちゃってまあ。

 この様子だと、彼女らは全く情報連携ができていなさそうだ。

 ん、それはおかしい。

 

「少し、話に付き合ってもらえるか?」

「やったー」


 女の子は急に口調が変わり、万歳のポーズをする。

 堅苦しい言葉遣いは俺も苦手とするところだから、気持ちは分かるぜ。

 

 彼女はウキウキとウサギ耳を弾ませて入ったきた。立ったままもあれだったので、椅子に座ってもらう。

 俺はベッドに腰かけることにした。

 すると、片方の耳を折り曲げ、小首を傾げた彼女は「んんー」と指先を唇にあてる。


「そのままステイで」

「焦らされちゃうのも嫌いじゃないですうー」


 全く。本心は嫌々だと思うんだけどなあ。どうしてこうも……まあいい。

 残念ながら彼女の期待には応えられん。

 

「アブラーンから頼まれたのか?」

「アブラーン?」

「あれ、知らないのか。ガルシアから直接? それとも、彼の部下か?」


 直球過ぎたか。さすがの彼女も俺の意図を察したようだった。

 彼女は両耳をペタンと頭につけ、両手を頬にあてる。


「雇い主さんのことは秘密なんですうー」

「そらそうだよな」

「でもー。次も私を指名してくれたら、こっそりとこそこそ」

「分かった。って指名ってどうやるんだ?」

「ダブランダーさんにミミをって言ってくださいネ」

「ダブランダー?」

「きゃあ。言っちゃいましたあ。ミミ、ダメな子ですう」


 わざとらし過ぎる態度だったが、彼女なりにうっかり言っちゃったと演出したいのだろうか。

 うっかりだったら仕方ないよな……彼女の首が飛ばないか心配だ。

 首といっても仕事を辞めさせるではなく、物理的にという意味で。

 それにしても、どんどん口調が崩れていくな。別に思うところは何もないが。

 

「ダブランダー氏に依頼しようにも、彼のことがまるで分らん」

「ダブランダーさまったら、やっぱりマイナーだったのね」

「いやいや。そう言うわけじゃない。雇い主のことを聞いてないからといって」

「冗談でえすヨ。柊で逢引しましょうよお」


 柊はどこかの場所の暗喩か。逢引もそこでダブランダーとコンタクトを取れる者か彼自身に会う事が出来るということ。

 ひょっとしなくても、俺の部屋は誰かに盗聴されている?

 彼女はぽわぽわしたように見せているが、アブラーンと並び切れ者なのかもしれない。

 この会話だったら、彼女のことを気に行った俺が、昼間も会いたいと言っているようにも思えないことはないか。

 雇い主のことは盗聴をしている者からしたら承知のこと。なので、別に漏れてもいいって感じかねえ。

 ダメだ。頭を回転し過ぎたからか、クラクラしてきた。

 蓮夜のようにはなかなかいかねえよ。

 慣れだ。慣れ。ランニングだって毎日やりゃあ、疲れなくなってくる。それと同じだ。

 

「話はこれで終わりだ。じゃあ、明日な」

「明日の指名頂きましたあ。やったー」

「柊で」

「はいい。明日は明日。今日は今日でおたのしみに」


 わーいと両手を上にあげた彼女の乳がゆさゆさと揺れる。

 そのまま脱げないかハラハラして見てれらんないよ。

 まあ、俺を誘うために来ているわけだし、布が少ないことは致し方ないか。

 そんな彼女に向け苦笑しつつ、お引き取り頂いた。

 

 ◇◇◇

 

「参りました!」

「たまたまだよ」


 ロザリオの首筋に向けた木剣を引く。

 彼女と朝稽古をするのは二回目だ。こうして練習試合を行うのは十度目になる。

 結果? 俺の九敗だよ。

 朝日と共にロザリオが部屋の扉を叩き、そのまま朝稽古に向かったのだ。こうして体を動かした後の朝食は格別だよな?

 しっかし、こんな細腕の女の子にまるで勝てないとは。

 これでも高校の時は剣道でいいところまで行ったんだけどなあ……。

 指南役として選ばれた腕は伊達じゃないってことだな。

 彼女がこの街の中で上位の腕を持つとしても、この街の中での話だよな。

 となると、この世界の剣士たちは相当平均レベルが高い、と思う。

 俺が未熟なだけだろ、という話はひとまず置いておく。


「いえ、素晴らしい対応力かと。最初に立ち合いした時、大和様の剣は綺麗過ぎると思ったものです。それが、もう」

「実戦的じゃないってことか」

「失礼ながら……」

「そうだな。俺は実戦を経験したことがない。モンスターとやらがいる世界じゃなかったから」

「そうでしたか。モンスターも戦争もない世界、夢のような世界です」


 この世界にはモンスターとやらがいる。彼女から聞いただけで、実物はまだ見たことがない。

 猛獣が更に強くなったようなものだと想像しているが、猛獣に剣一本で挑むとなるだけでもゾクゾクする。

 あれだろ、岩本が好きだった恐竜みたいなのを狩るようなゲームで出て来るような奴、ああいうのと剣で戦う?

 絶対無理だろ!

 あんなのが街を襲撃してきたら、ひとたまりもないぞ。

 

「ロザリオ、一つ教えてくれ。柊って知ってるか?」

「柊? 公園にある柊園のことでしょうか」

「そうか。この後、そこに行きたい」

「承知したしました。ですが、お気を付けを」

「それって……?」


 ここでダブランダーの名を出すほど、抜けてはいない。

 一方、ロザリオは相当焦っているようで、踵をあげ俺の耳へ顔を寄せてくる。


「誰に聞かれているか分かりません……」

「盗聴器がそこら中に?」

「盗聴器なるものは分かりません。ですが、囁きを聞く魔法が様々な場所に仕掛けられています」

「ずっと見張られているってことか……」

「街を歩きながら、でしたら」

「ロザリオと俺が歩いていたら、目立つんじゃねえのかな」

「……お任せを」


 もしや、ロザリオはアズラーンの配下の者じゃないのかも?

 信じ切るには材料が足りないが、彼女は何でも顔に出るから。

 目線だけを動かし、頬が引っ付きそうになっている彼女の顔を見やる。

 彼女は真剣そのものといった様子だった。

 深く考えるのはよそう。俺はいつだってそうだったじゃないか。

 自分の肌が感じたままに、進め。信じるも信じないも、理屈じゃなく自分の感性を信じる。

 

 ◇◇◇

 

 案があると自信満々に「お任せを」などと言うものだから……いや、もう何も言うまい。

 彼女に任せたのは俺である。まさかこんな手段に出てくるなんて。どこか隠れ家的なものや、盗聴を阻害する場所なんてものがあるのかと思っていた。

 

「大和さん♪ あれ、美味しそうぷん」

「お、おう……」


 街娘風の服に着替え、ピンク色の長髪という形状のカツラを被ったまではいい。

 俺の右腕に両手を絡ませるまでは、まだ理解できる。

 変装して恋人風を装う。うん、ベタだしすぐバレると思うが、了承した俺にも責任がある。

 だが、このキャラは何なんだよ! キャラまで作らなくていいんだって!

 

 

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