第7話 村を作ることにしよう

 パンダの元に戻り、魚を焼いていたらあっという間に真っ暗になった。

 そうそう。いざ魚を焼こうとしたら、どうやって火を起こすかで悩んだんだよ。

 そこは自給自足生活になれたカルミアの手を借り、何とかなった。彼女は火打石のようなものを持っていて、あっという間に火をつけてくれたってわけだ。

 ありがたい。

 逃げ出して森の中一人でサバイバル生活をしつつ……なんてことを考えていた安易な自分をぶん殴りたい気持ちである。

 アイテムボックスがあるし、大丈夫なんて軽く考えていたけど、火を起こすにしても夜寝るにしても慣れない俺だと困難を極める。

 

「魚を食べないのですか?」

「うん。これは収納しておくよ」

 

 香ばしい匂いがしてきた魚に手を向け、「収納」と心の中で念じた。

 すると、焼けた魚が忽然と姿を消す。

 ふう。やはり焼けばアイテムボックスに収納できるんだな。うまくいったことでホッと胸をなでおろす。


 ちょうどお腹もすいてきたことだし、焼ける魚の香りがますます食欲を誘う。

 そんなわけで、「ぐがああ」と寝息をたてるパンダの隣で食事タイムとなったのだった。


「レンさんは、果物を食べることはできますか?」

「うん、いや、それが夕食なの?」


 「はい」と大きく首を縦に振るカルミア。

 小屋に戻った彼女が持ってきたものはイチジクに似た果物だった。大きさはリンゴより少し小さいくらいかな。

 俺の分もということで、彼女は果物を左右の手で都合二個、握っていた。

 いくらなんでも少なすぎないか?


「夕食はあまり食べないのか?」

「お昼は食べないことが多いかもです。朝晩は食べてます」

「そのイチジクみたいな果物を?」

「イチジクはご存じなのですね。イチジクはすぐそこの果樹を育てているところでとってきたものです」 

「それだけじゃ、お腹が膨れないだろう? 毎日、動きっぱなしだろうに」

「いえ、村にいた時と変わらないくらい食べることが出来ています」

「そもそも食事量が少ないのか……」


 はて、と首をかしげるカルミアを見やり、決意を固める。

 外に出なきゃ、栄養が足りなくなること確実だ。

 彼女が言う「二人分」は彼女の食事量から計算した場合に他ならない。

 数日は王宮から持ってきた食事で問題ないが、いずれここの食糧だけじゃ足りなくなる。

 魚はいるが、果物一つだけだとまるで足りん。

 

「うーん」

「食べないのですか?」


 カルミアはイチジクをかじりながら、目線をあげ難しい顔で唸る俺に尋ねてくる。


「そうだな。悩んでいても仕方ない。明日は明日の風が吹く」

「どうぞ」

「俺はまだ持ってきた食べ物がある。それだけじゃ、腹が膨れないだろう。もう一つ食べたらどうだ?」

「二個も食べるとお腹を壊しちゃいます」


 彼女の様子は食糧が心もとないので、俺に気を遣って食事量を抑えているようには見えない。

 最初に考えた通り、彼女はそもそもの食事量が少ないんだ。

 おっと、また思考がループするところだった。

 食べよう、食べよう。

 王宮で拝借した料理をアイテムボックスから取り出す俺であった。

 

 ◇◇◇

 

「やっぱり俺、外で寝るよ」

「野宿よりは、快適だと思っていたのですが……」


 食事の後、誘われるまま彼女の住む小屋にやって来た。

 自分の日本的な感覚が抜けていなかったことに今更ながら気が付く。

 食事の後は、テレビやらゲームやらでゆったりとした時間を過ごす毎日だったからさ。

 特に何も考えずに彼女の部屋に来てしまったんだよ。

 少し考えれば、彼女がこの後何をするかなんてすぐに思いつくってのに。

 もし本があったとしても、ランタンの頼りない光以外には月明かりしかないので、字が読めない。

 

 なので、彼女は部屋に入るなりベッドで寝るように言ってきたんだ。

 さすがに彼女の寝床を俺がとるわけにはいかないだろう?

 パンダを枕にしたら結構快適に眠ることができると思うんだよね。若干寒いかもしれないけど。

 それならそれで、パンダにうずくまればいい。

 多少のことじゃ起きないだろ、あいつふてぶてしいからな。餌をとってきてやったんだから、ベッドになるくらいはやってもいいだろ。

 

「カルミアのベッドだろ。俺が占領しちゃ悪いよ。いずれ俺もベッドを作ろうかな」

「一緒は嫌ですか……?」

「え……」


 思わず変な声が出てしまった。

 一応、俺も男なんだぞ。今日であったばかりの俺と一緒のベッドで寝るとか正気か?

 そんな涙目になられても……カルミアのことを毛嫌いしているとかそんなんじゃあないんだけど……。


「え、あ、いや。俺と一緒に寝たいの?」

「嫌ですか?」


 あれ、何この空気。何だか俺が悪い感じ?

 いやいや。俺は紳士的に振舞っているだけなのだ。

 それなのに、両手をぎゅっと握りしめて唇を噛んでじっとこっちを見上げて来くるなんて。どうすりゃいいんだよ。

 

「ランタン、消しますね」

「……うん」


 断り切れなかった。

 ダメな俺……。彼女は純真無垢なのだ。きっとそうに違いない。

 だ、だからして。この状況でも……。

 同じベッドの中にいるが、体が触れぬよう微妙にカルミアと距離を取っている。

 これが境界線。これ以上先に進まぬようにするのだ。

 

 目を瞑り、羊さんの数を数えるも。寝れるわけがねえ!

 ふわり。

 柔らかい感触が左腕に。

 こ、こんな時は素数を数えて落ち着くのだ。

 羊さんが三十五匹。あれ?

 落ち着くわけないだろ!

 

「……カルミア?」

「……う、うう……ひっく」

 

 ドキドキしながら彼女の名を呼ぶ。

 一方で彼女は俺の腕にすがりつき、嗚咽を漏らしていた。

 俺は馬鹿だ。

 一人になっちゃったんだよ。彼女は。

 パンダのお世話係は二人一組だった。一人になるとパンダの世話をしきれなくなるので、パンダの腹が鳴り、新たな生贄がやって来る。

 一人になる……つまり、彼女と一緒に暮らしていたもう一人は、何かしらの原因で不幸にも亡くなってしまった。

 彼女はどれくらい一人で頑張ってきたのだろう。

 いずれ生贄がやって来るはず。だけど、本当に来るかも分からない。

 寂しさを感じる暇もなく、必死で暮らしてきたんだろうな。

 彼女は「パートナーとしてよろしくお願いします」とまるで俺のことを疑う様子もなく、笑顔を向けた。

 やっと二人になり、ホッとした彼女はようやく寂しさを感じることができたのかもしれない。

 それで一緒にと俺に願い……過去を思い出し、今は亡きパートナーのことを偲び……。

 それなのに俺ってやつは。

 カルミアの頭をそっと撫で、心の中で「大丈夫、大丈夫」と呟く。

 

「やはり、この生活。変えなきゃならん。俺の場合は切実だが、彼女にもここを脱するか脱しないか選べるようにして欲しい」


 寝息を立て始めたカルミアの頭から手を離し、両手を頭の後ろに持ってくる。

 最終目標は元の世界に帰還すること。

 なのだけど、帰還できる可能性は極めて低いと言わざるを得ない。あっさり俺を要らないからと売ってしまうような奴らが、帰還手段まで用意しているとは思えないのだ。

 奴らに何としても帰還手段を探したいと思わせるような何かがあれば話は変わってくるが、それでも半々までもいかないんじゃないか?

 大和と合流したい。

 「俺が無事だ」となるべく早く彼に伝えたいところだけど、俺が今どこにいるのかも、最初にいた街の場所も不明。

 俺自身は明日生きていけるのかも不安な状況である。

 となれば、当面は衣食住を安定させ、その次に元いた街の場所を探るのが遠回りなようで確実な手段だろう。


「いまは衣食住のうち住しかない」


 パンダは動かすことができない。精霊とやらが溢れ出ると、外が危険になるハードモードだ。

 本当にそうか?

 モンスターとやらが強化される以上にこちらが強化されるのなら、あるいは。

 

「目指すは最強の村だな。何者にも脅かされない。衣食住が整った、安定した暮らしを送ることができる。そんな村だ」


 俺一人じゃ達成できない。

 カルミアはもちろん、他の協力者……村人が必要だ。


「一丁、最強の村って奴を作ってみせようじゃないか」


 軽い調子で挑戦的な笑みを浮かべつつ、一人呟く。

 

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