第9話 大和その3.ぷん
――大和。
「お、案外いける」
「アストリア名物。カンタブリアですぷん」
「カンタブリア?」
「ワニのような羊のような家畜ですぷん」
「ロザリオ、ちょっといいか?」
「ロザリオ? わたしはラップンですぷん」
カンタブリアの肉は羊肉に近い。
甘辛いたれをつけて串焼きにしたカンタブリアの肉は、ジューシーでなかなかのものだった。
それよりなにより、ロザリオを元に戻せないものだろうか。この調子では「おはなし」するのにも頭痛がしそうだ。
「そのキャラ。美人な女騎士なロザリオと合っていないんじゃないか……」
「び、び、美人? 私が?」
「お、元に戻った。見た目を変えるのはともかく、キャラは変えても変えなくても一緒じゃないか?」
「そ、そうでしたか。盲点でした。私の中で最も愛らしい人の真似をしてみたのですが」
「子供ならまだしも、大人がやるキャラじゃないって」
「は、はい」
「お金を出してもらってばかりで悪いが、飲み物を何か選びたい」
「畏まりました!」
しゅんとする彼女はいつものようにシャキッとして「おすすめドリンク」を売る露店に案内してくれた。
「中央から外れた露店街ぷん」と聞いていたが、なかなかどうして充実している。
通り沿いにずらっと左右に並んだ露店の数は30を軽く超えていた。進んで行くとちょっとした広場があって、そこにも露店がひしめいている。
人通りも多く、左右に人を避けながら進まなきゃならないほどだった。
食べかけのカンタブリアの肉串とシュワシュワと泡を立てる黒いコーラのようなドリンクを持って、空いていたベンチに腰かける。
「不思議な味だ……」
「お気に召しませんでしたか?」
「いや、先入観があったから。俺のいた世界だと、黒い炭酸ってのは甘いものだったから」
「なるほど」
「でも、これはこれで悪くないかも。脂っぽい肉によく合う」
黒い液体は炭酸コーヒー(無糖)と表現するのが一番近い。
両手でドリンクを持ったロザリオは、ストローを口で挟みゴクリと喉を鳴らした後、ポツポツと語り始める。
◇◇◇
「――というわけなのです。ですので」
「う、ううん。ちょっと待ってくれ。頭の整理が追いつかない」
こんなことならメモを取ればよかった。なんて思ったが、スマートフォンどころか紙も鉛筆も持っていなかったな。
アストリア王国は何やら複雑な状況になってる。
どこの国も政治となれば、なかなか一枚岩にはならないものだけど、俺の頭がついていかねえ。
アストリア王国の中枢は王都アストリアである。ここまでは簡単だ。
王都ではいろんな勢力が権力争いをしていた。
最大派閥が蓮夜と俺を召喚した宰相ガルシアらになる。彼らは王国中枢の六割強を傘下に治め権勢を振るっているらしい。
自らの実権を強化すべく、周囲の反対を押し切り召喚を敢行した。召喚には莫大な資金が必要らしく、王党派以外の他勢力から暗に批判されているんだってよ。
裏を返せば、俺たちを送り返すにしても莫大な資金がかかるってことか?
元の世界へ帰還する手段があれば、だけどな。何としても探し出してみせるつもりではいるが。
次に大きな勢力が宰相ガルシアに追随する王党派。名前の通り、王を中心とした一派である。王より宰相の方が中枢を握っているってのもこの国の歪みなのかもしれん。
王が権力の中枢じゃあないのかってのは、俺の主観だ。ひょっとしたら、王ではなく宰相が権力を握っている方が一般的なのかもしれない。
王党派は宰相一派と癒着しているので、同じ勢力と見ていいかもとはロザリオの言である。
彼女は「癒着」なんて言葉は使っていなかったけど、分かりやすするため俺の脳内で彼女の言葉を置き換えた。
ここまでで、およそ八割になる。
残り二割は少数勢力となるのだが、大きく分けて三勢力があるのだってさ。もう既に脳みそが限界なのだが、気になる名前も出て来たので頑張って聞いたんだ。
一つは商人あがりの貴族ダブランダーらのグループ。彼らは街の商人からの支持が厚い。
もう一つは王国軍を率いる王国将軍を中心とした武断派。彼らは政治には関わろうとしていないが、武力を背景としているため宰相らからも一目置かれている。
最後の一つはロニ教と呼ばれる宗教の教会勢力だ。彼らもまた武断派と同じで政治には不干渉を貫いているとのこと。
しかし、王国で広く信仰されている宗教だけに無視できない存在といったところ。
「私は武術の才能溢れる方が異界より参られたと聞き、それでしたらぜひ手合わせをと志願させていただいたのです」
「それなら稽古と道案内だけでよかっただろうに」
「アブラーン殿より、殿方の身の回りの世話とはどういうことか理解しているのかと問われ……」
「すまん。言葉が過ぎた。あんたが不本意ながらも受けたのは、バトルマスターにそこまで興味があったからなんだろ」
「異界から召喚されたお方の世話役になれるなど、望外の喜びでした。あれこれ暗に批判する人たちもいますが、異界の英雄は誰もが憧れる存在なのですよ」
「それが俺みたいなのじゃあなあ」
彼女の所属する勢力は王国将軍派である。なので、政治勢力には関わっていない。
だからこそ、俺に対し全勢力のことを包み隠さず話をしてくれたのだろう。
宰相はできれば自分の手の者を世話役につけたかったのだろうけど、こと戦闘のことならばと将軍らが待ったをかけたのかな。
そうしたら宰相らは将軍らをけん制するためなのか、注文をつけてきた。
「お世話をちゃんとできる人」とかそんなところだろう。
戦士を小ばかにするような提案であったが、ロザリオが世話役になった。
頭が沸騰しそうなほど考えを巡らせる俺に対し、彼女はゆっくりと左右に首を振る。
「い、いえ。そのようなことはありません! 大和様さえよろしければ、夜も喜んで」
「いやだから、無理しなくていいって。さっきも言ったが、稽古と道案内だけで十二分だよ」
「や、やはり、経験豊富な方でないと、ですよね。失礼いたしました……」
「そういうことじゃあなくって」
好意を持ってくれているのはありがたいが、夜のお誘いには辟易しているんだ。
ん? 待てよ。
鈍い俺でもようやく分かったぞ。
「夜のお世話」は宰相と王党派は俺を取り込もうとする手なのだろうけど、他勢力にとっても同じなのか。
建前上、宰相が推し進めた召喚者に我々もという体裁を取ることができる。宰相だって、そう来られると断れない。
毎日のようにやってくる女たちを通じて、俺は宰相に批判的な勢力ともコンタクトを取ることができるんだ。
今更かよって話だが。
いろんな勢力から話を聞けば、真実が見えてくるはず。
実のところ、この国がどうなっているのかってことがさ。それが分かれば、自分の動き方も見えてくるに違いない。
場合によっては宰相らを切り崩し、なんてことも。
でも、俺の目的は宰相らに対する復讐じゃない。そこは履き違えちゃダメだ。あいつらに腹が立つことは確かだけどな。
この後、ロザリオに案内してもらいダブランダーと邂逅することができた。
そこで俺は王国が思った以上に深刻な事態になっていることを知る。
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