第20話 呼び名が安定しないぞ
「これで最後だな」
「はい」
カルミアと顔を見合わせ、家の壁に手をあてる。
次の瞬間、残った最後の一棟がアイテムボックスの中に収納された。
どこかで満タンになり「これ以上収納できません」というメッセージが脳内に表示されるかと思ったが、村にある家全てを収納できてしまったのだ。
無職特典の10倍ってさりげに凄いんじゃないか?
いや、大和のアイテムボックスと比較してみないことにはどれだけ優れているのかは分からないか。彼のアイテムボックスでもこれくらいは収納できてしまうのかもしれない。
ここが落ち着いたら元いた街を探そうと思っていたが、どうしたものかな。俺だと分からないように変装するとか、対策が必要そうだ。
村人たちには族長の家を収納した後に続々と結界へ向かってもらっている。先に行くと結界が閉じているだろうって?
問題ない。パンダと徒歩の差は大きいから、たぶん途中で村人に追いつく。
もっとも、村人の移住が完了したら、日中帯には結界の入り口を開けようと思っている。実は結界の開け閉め実験もしていたのだ。
二か所に出入り口を作って開けたままにしたとしても、中の精霊の密度は変わらないことが分かった。
理屈は分からない。確実に森の精霊とやらは外に漏れだしているのだけど、新たに精霊が続々と産み出されて密度を保っているのでは、というのがアザレアの推測である。
結界の広さによって密度が固定されるようになっているのかもしれないな。
パンダに聞いても笹しか答えないから、分からん。
「それじゃ、行こうか」
「はい!」
「パンダ。行くぞ」
『パンダは笹が食べたいようです』
はいはい。
餌が欲しいのだったら、仰向けで口を開くだけじゃなくせめて座るとかできないものか。
いや、これこそパンダである。
こう見えて実は俺に懐いているんだろ?
このツンデレさんめ。
笹を手のひらの上に出し、パンダの口に近づける。
「痛え!」
手ごとパックンされたぞ。やっぱりこいつ可愛くねえ。
そんな俺とパンダの様子を眺めていたカルミアが曲げた膝に両手を置き、僅かな笑みを浮かべている。
「神獣はレンさんのことが大好きなんですね」
「え、ええ……」
『パンダは笹が食べたいようです』
いやそこは、突っ込むとか、もっと他のセリフがあるだろ。
笹をもぐもぐしているのに、「笹が食べたい」って何だよもう。
ある程度食べさせたらようやく立ち上がるパンダ。
後ろ足だけで。
「それじゃ歩けないだろ? ほら、背中に乗せてくれ」
『ひょろ憎の癖に生意気、なようです』
憎まれ口を叩きながらもパンダは四本の足で立ち、くいっと首を後ろに向ける。
パンダの首元にまたがり、もふもふした毛を掴む。
カルミアも俺の後ろに乗り、ようやく出発となる。
「レンさん」
「ん?」
「いえ……すいません」
「何か気になることがあるなら教えて欲しい」
パンダが歩き始めたところで、後ろから俺に張り付くカルミアが何かを言おうとして口ごもる。
彼女としては俺に気を遣ったのだろうけど、とても気になるじゃないかよ!
ほらほら、と体を揺すったら観念したのかカルミアが遠慮がちに口を開く。
「これだけ素晴らしい空間魔法をお持ちなのに、人間たちがレンさんを放っておくなんて、と思ったんです」
「ん。言われてみれば……いや、自分の力を誇示するわけじゃないんだけど」
「いえいえ! レンさんの空間魔法は伝説になりますよ!」
「は、はは」
あの馬鹿どもが「失敗を覆い隠すために秘密裡に俺を処分した」と考えたが、違うのかもしれない。
もし奴らがマジックアイテムや空間魔法を使う者を多数抱えていたとしても、俺がまるで役に立たないわけじゃないだろ。
奴隷のように道具箱として使うことだってできるんだ。そうなったら大和が助けてくれそうではある。
どちらかというと奴隷にするよりは、懐柔してしまう方が楽だろうな。そうしたら自分から協力を申し出るようになる……俺はならんがね。
なんか、考えれば考えるほど不可解でならん。
「あ」
「笹ですか?」
『あと少しは大丈夫、なようです』
笹に素早く反応するパンダであったが、残念ながら笹のことなど微塵たりとも考えていない。
つい、声が出てしまったけど、別の可能性が浮かんだからである。
あいつらは一枚岩じゃないんじゃないか?
となると、秘密裡に俺を処分しようとした線も浮上してくる。
もしくは、俺を召喚した派閥と敵対する派閥が、俺を攫い売り払った可能性もあるか。
んー。
街に戻ることが不安になってきた。だけど、大和には会いたいし、元の世界へ戻る手段についての情報も欲しい。
戻るか戻らないかは別にしてね。
「もがー」
「うわっ」
「きゃ」
パンダが突然上半身を上にあげるから、ずるりといきそうになったじゃないか。
しかと毛束を掴んでいたから何とか体を支えたが、カルミアがひしと俺にしがみついているのでパンダの毛が抜けないか心配だ。
抜けてもいいけど。引っ張られても俺は別に痛くも痒くもないし。
一方でカルミアは俺の耳元へ口を寄せ囁く。
「レンさん、何か、います」
「猛獣?」
「モンスターです。そこの繁みで待ち伏せをしているかも」
「そいつは迂回したほうがいいかな」
ところが、敵は待っていてはくれないようだった。
焦れるのが早すぎだろ。待ち構えるなら、通りかかるまで待つんじゃないのか?
それとも、俺たちが気が付いたことが分かったのかも。
ガサガサと繁みが揺れ、モスグリーンのふさふさした巨体が姿を現す。
で、でかい。
見た目は熊に近い。額からユニコーンのような角が生え、爪の大きさが俺の知る熊より大きく鋭い。
パンダも巨体なのだけど、熊もどきはパンダより一回りほど大きな体躯だった。
「パンダ。時間を稼ぐから、その間に逃げよう」
『しゃば憎。パンダは真っ直ぐ進みたいようです』
「いやいや、そこは面倒臭いとか言っている場合じゃないだろ」
『パンダを何だと思っているんだ、なようです』
「熊だぞ、熊。パンダも熊の一種だけど、あいつのが大きいだろ。爪もヤバそうだし」
『ひょろ憎なら捕食されるようです』
「いいから、右な。右」
『降りて待っていろ、だそうです。あと、笹を出せ、だそうです』
「っつ」
パンダに振り落とされてしまった。地面に尻餅をつき、パンダを見上げる。
こいつ、この熊とやり合う気かよ。仕方ねえ。いざとなったら、俺が何とかする。
一方、カルミアは俺とパンダを交互に見つめていた。
『笹、笹、なようです』
「分かったよ」
出せばいいんだろ。笹を100枚ほどアイテムボックスから取り出す。
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