第21話 夜這い
「神獣は森の精霊にあれほど愛されているのです。心配ないですよ」
「そ、そうか」
カルミアが胸の前で両手をグッと握りしめる。
そういやそうだった。自信満々な様子だし、森エルフのように魔法を使うのだろうか。
パンダに魔法とか似合わないったらありゃしねえ。俺は魔法を一切使えないってのに。
グルウウウウアアア。
モスグリーンの角が生えた熊が後ろ足だけで立ち上がり威嚇する。
四つ足ですっと熊の懐に入ったパンダもまた二本の足でバンザイのポーズから、右前脚を振るう。
ドギャアアア!
凄まじい音がして、モスグリーンが吹き飛び大木の幹にぶち当たった。
バサバサと木の葉が舞い散る。
ピクピクと後ろ足を震わせた熊は動かなくなった。奴の首が完全に折れている。
どうやら、首の損傷が致命傷になった模様。
一つ言わせてくれ。言わないと収まらん。
「物理かよ!」
意味深に出させた笹の葉は一体何だったのか。
のっしのっしとこちらに戻ってきたパンダが、むしゃむしゃと笹を食べ始める。
うん、運動の後に栄養補給ね。
それだったら、後からでもいいだろ!
突っ込みどころしかない。強そうな熊を倒したってのに釈然としないぞ。
「強いです! すごいですね! レンさん」
「は、はは」
キラキラと目を輝かせるカルミアのように素直に喜べない俺なのであった。
モスグリーンの熊はアイテムボックスに収納してから、再びパンダに……食べ終わるまでは無理そうだ。
◇◇◇
生贄として最初に連れてこられた広場を覚えているだろうか? パンダに遭遇したところといえば分かるかな。
あの場所は木々が周囲になく、そのまま家を設置することができたんだ。この広場とカルミアの小屋があった広場の二か所を使うことで、森エルフの村から持ってきた家を全て配置できた。
結構な量があったのだけど、案外大丈夫なものだな。うんうん。
アイテムボックスというチートがあるおかげで、朝に結界を出発しその日のうちに引っ越しが完了した。
家の中を整理整頓しなくとも、水の張ったコップをテーブルの上においていようとも、そのまま家ごと収納できるからな。この能力を日本へ持ち帰ることができれば、大金持ちになれるぞ。
……いや、政府組織にお持ち帰りされて、酷い事になるに違いない。もし日本に戻ってアイテムボックスの能力があったとしても、絶対に使わないようにしなきゃ。
異世界では自重せず使うがね。ははは。
余談ではあるが、家をぽんぽん出していたら村人たちがひっくり返って驚いていた。二度目だというのに。
俺の方も似たようなものだったので、人のことは言えないけど。
森エルフが120名(族長調べ)まで一気に増えたじゃない。彼らは素手でここまでやって来たわけだから、食糧が無い。
家の中に食糧を保存していた人も当然いる。
だけど、彼らは結界の中にある果樹園で夕食の全てを賄ってしまったのだ。
そう、植物育成魔法でね。
収穫できるまでに果樹を育成し、再度収穫できるまで育てる。
魔法の威力はアザレアに見せてもらった通りなのだけど、何が起こっているのか脳みそが追いつかなかった。
何を言っているのか自分でもわからないが、恐ろしいものの片りんを見た。
畑の面積が足りないから、明日、畑を作るんだって。パンダ用の笹の木も笹の葉を全回収してから、再度笹の葉が完全に生えそろうまで育成している。
今日のところはお試しで二本だけだけどな。
「今日は久々に一人だなー」
カルミアの家を俺が使っていいことになったので、誰もいない空間で誰にも邪魔されず眠ることができる。
パンダ? あれは置物だ。床でゴロゴロしていたけど、しばらくしたら寝息をたてはじめた。少しうるさいのが玉に瑕だけどね。
壊れたスピーカーだと思えば問題ない。一人の時間を楽しむことにしよう。
といっても、ランタンの頼りない灯りだけでスマホも無ければ、本の一冊もない。
「邪魔をする」
「唐突だな」
ノックも無く入口扉が開き、アザレアが顔を出す。
寝る時用の服なのか、彼女は普段より薄手の生地の貫頭衣を着ていた。
貫頭衣と表現したが、身近なもので例えると旅館にあるような寝間着……確か作務衣と呼ばれるんだっけな。アレに近い。
サイズが大きめでダボっとしていて内側にあるだろう紐も短いのか、ちょっと動いたらはだけそうでこっちがヒヤヒヤする。
「起きていると思って、夜這いに来たわけだ」
「お留守番だったから、体が疲れていないとかで寝れないのか?」
「まあ、そんなところだ」
「目的は俺じゃなくて、パンダだろ。存分にもふってから戻るといい」
「そ、そんなわけ……少しはあるが」
動揺し過ぎだろ。肩から作務衣がずり落ちそうだぞ。
そんなことなどお構いなく、パンダはぐがーぐがーとうるさい。
多少触ったところで、こいつは起きないから大丈夫だぜ。気にせずもふもふすればよいぞ。
おずおずと手を伸ばすアザレアだったが、パンダが寝がえりをうち、彼女がびくうとして手を引く。
「そうだ。せっかくだから、眠くなるまで少し話でもしようか」
「
「いや、違う」
「そうか。てっきりカルミアの事が好きなのかと思っていたが、本命は私だったか」
「勝手に妄想を進めないように。聞きたいことというか、心配になったことがあってさ」
「ほう?」
心配事はアザレアがパンダにメロメロ過ぎてまるで機能していないことではない。
その件については、パンダと引き離せばいいだけだからどうとでもなる。
「植物育成魔法のことなんだ。一瞬で植物が生育するだろ」
「結界内の精霊あってのことだがね」
「生育するのは喜ばしいのだけど、あれって植物の成長速度を劇的に加速させるんだよな?」
「概ねその通りだ」
ううむ。となると、ちょっと問題だぞ。
植物は土壌の栄養素と水、あとは光合成によって成長していく。急激に成長していることから、光合成と水については植物育成魔法で補うことができているのだろう。
しかし、急激な成長を繰り返すと、途端に土が枯れるんじゃないのか。
そうなると――。
「何度も繰り返すと、いずれ植物が成長しなくなるんじゃないのか?」
「問題ない。魔力を注ぎ込み、育成させるのだ。魔法を使わぬ場合は、水をやって土に骨を砕いた物を混ぜてといった作業が必要になるがね」
「ほ、ほほお。純粋に魔力だけで育つってことか」
「その通りだ。植物育成魔法があるとはいえ、結界の外では多用できるものではない。それ故、水やりは怠っていなかったのだよ」
「結界の中だと必要な分だけその場で収穫すればよくなるんだよな?」
「いかにも。全て君の導きあってのことだな。感謝する」
よし、心配事も無くなったことだし。
「俺は寝る。存分にパンダをもふもふしてから寝るといいぞ」
「部屋の中に男女二人というのに、そなたはそれでいいのか」
「アザレアだって、パンダにしか目がいってないだろ? そんなことはお見通しだぜ」
「ぐ、ぐう。言うではないか」
彼女から背を向け目を閉じると、すぐに眠気が襲い掛かってきた。
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