第34話 悪魔?
街から出て伯爵軍が布陣している(と聞いた)方角へ向かう。
途中でパンダに補給を行い、俺を心配してついてきてくれた大和が追いついてくるのを待った。彼は馬だからな。
しかし、前回も思ったがいつの間に乗馬なんてできるようになったんだろ。大和のやつ。
「馬の速度に合わてくれよ」
「パンダのスピードは制御できんのよ」
『パンダは笹が食べたいようです』
追いついてくるなり苦言を呈する大和にどうにもならない事情を伝える(三度目)。
パンダは自由きままだから。馬と違って手綱があるわけでもなく、白い毛を掴んでしがみついている姿勢だしどうにもならん。
「おい、蓮。あれ」
「レンさん」
大和とカルミアの声が重なる。
ん、シニカルにパンダへ笹を落とした俺のカッコよさに対する突っ込みか?
今は餌やり中なのでパンダから降りているのだ。カルミアが隣でパンダが笹を貪り喰らう様子を眺めている……いや、眺めていた。
彼女の目線を追ってみたら行軍する兵の姿が目に映る。
「あいつらか。丘の上とか全体を把握できる場所がないか探そうか」
「分かった」
「ガソリン補給が済んでからな」
「……締まらねえな。ほんと」
「燃費が悪いんだ。その分、スピードが出るぞ」
「もう何も言わねえよ……」
『まだ足らん。笹をよこせ、ひょろ憎。だそうです』
いちいち煽ってくるよなあ。パンダめ。
しかし、この程度で腹が立っていてはいけない。こういう時こそ愛情をもって笹を与えるんだ。
噛まれた。
「こ、このやろう」
「そういや蓮。ひょろ憎って呼ばせてるのか?」
「名前は何度も教えたんだけど、変わらないんだよね」
『イケメンが何といおうとひょろ憎はしゃば僧なようです』
「とっとと喰え! 痛え! 噛むな!」
大和は確かに爽やかなイケメンの部類だけど、なんか納得がいかねえ。
俺はそんなにひょろい方じゃない。そら、体を鍛えるのが大好きな大和と比べれば筋肉量が劣るけどさ。
ランニングもしていたし、一般的な社会人より多少は体力がある方だと自負している。
え? カルミアに羽交い絞めされたら互角じゃないかって? あんな細腕で華奢な女の子となんて思うかもしれないけど、彼女はほら、森の精霊って謎パワーで強化されているんだって。たぶん。きっと。
◇◇◇
丘の上から見下ろす軍団は結構な数に上る。ざっと1000名くらいだろうか。
アストリア王国ってのがどれくらいの規模を誇る国なのかといった国の基本的な情報を集めていなかった。いや、集めようとはしたんだけど、それなりの国とか隣国は小国とかいう曖昧な情報ではまるで推し測ることができずに下手に情報を集めるより兵の数で判断してしまえと思ったわけなのだ。
伯爵軍が1000程度であるなら、王国軍はどうなんだという話だが、常備軍はいないとロザリオから聞いている。
地球の封建国家を例にするなら常備軍がいなくても不思議な話じゃあない。それでも内乱発生となれば、すぐに兵の準備を行うものなんだけどね。
ほら、今は政治が機能していないから動くに動けない状況ってわけさ。このまま放置していたら、国自体が滅びるんじゃないのかとも思う。
尻に火が付いたら一致団結して動くのかもしれないが、そこまで放置すると一般市民の犠牲者が積み上がって行く。
そうならないために、ちょっかいを出すことにしたんだ。
派手に行こうじゃないか。
「時にカルミア、大和。一つ相談が」
「なんだ?」
「なんでしょうか?」
コホンと咳払いをしてから、神妙な顔で二人に問いかける。
「拡声器とか持ってない? カルミアの魔法で声を軍全体に響かせるとか」
「俺が転移した時、一緒にいただろ? 拡声器なんて握りしめてなかった」
「残念ですが、わたしは使えません」
二人とも用意はないらしい。そうだよな。もしかしたら都合よく良い手段があればと思ったが、現実は甘くないか。
「分かった。宣告は無しで、黙々と知らしめてやることにしようか。彼らもよく見知ったものだろうし。は、ははははは」
「その笑い、止めておいた方がいいぞ」
「く、くくく……」
「それもだ。冒頭でやられるモブみたいになってるって」
え、えええ。俺的には不敵な笑みと笑い声だったんだけど。大和にはそうは見えなかったようだった。
◇◇◇
パンダが丘をくだる。心地よい風が髪を撫で、気分が高揚してくるってもんだ。
「ヒャッハー。行くぜ、行くぜ。行くぜ。パンダパワー」
『あきれてものも言えない、ようです』
「レンさん。ちゃんと前を見てくださいー」
ノリが悪いなあ。もう。こうでもしないと、やる気が起こらないじゃないか。
狡猾な奴を演じなきゃなんないんだから、役作りは必要だろ?
宰相らに対しては、元々悪感情を持っていたから威圧的に演じることは苦じゃなかったけど、伯爵はともかく兵士は何ら恨みのない人たちだからさ。
「何者だ! 止まれ! 魔獣に乗るそこの男!」
先頭にいた兵士が叫ぶ。止まれと言われて止まる奴が……ここにいました。
パンダの速度を緩め、できる限り大きな声で応じる。
「軍を引き、領地を平定せよ。これは王命である!」
「王命だと! 嘘をつくにしても、もう少しマシな言い方があるだろうに。この者を捕らえよ!」
まあ、こうなるわな。書状は持ってきているけど、オハナシを聞いてもらえるようにしなきゃな。
駆け出そうとした兵士の前にそそり立つ柱が突如出現する。
「な、なんだこれは!」
慌てふためいている間にも柱がどんどん追加され、城壁となった。
「王都の城壁は全て俺の手の中にある。お前らを取り囲んでも良し、頭上から落としても良し。く、くくく」
「悪魔だ! 悪魔が! きっと王も奴に囚われているのだ!」
あれ、何だか変な方向に進んでない?
馬に乗った兵士が後ろから出て来たぞ。豪奢なマントを身につけた一団の一人が朗々と口上を述べ始めた。
「我々は悪魔の手に落ちた王都を救い出す! 悪魔よ、討伐してくれん!」
「ほうほう。圧死したいのか? それとも餓死したいのか?」
負けじとこちらも言い返すが、奴ら城壁に驚愕しつつも戦意を失っていない。
『ずらっと城壁を並べろ、なようです』
「言われなくてもやってやるぜ」
パンダを右手に走らせずらっと城壁を出す。
どよめきが城壁の向こう側から起こるが、構うものか。
っと。パンダが勝手に立ち止まってしまった。
それどころか、後ろ足だけで立ち上がりカルミアと共に地面に投げ出されてしまう。
馬で並走していた大和も、ハラハラした様子で馬を止めた。
「レ、レンさん」
カルミアが蒼白な顔で俺の右腕を両手で掴む。彼女の手に力が入り、彼女の肩が小刻みに揺れていた。
「大丈夫さ。城壁がある。いざとなれば俺たちを取り囲むこともできるし」
「そ、そうではなく。神獣に……魔力が……気を失いそうなほどの……」
震えるカルミアはただ事ではない様子で、うわごとのように言葉を紡ぐのがやっとといったところ。
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