第4話 このやろおお
広場の裏手とでも言えばいいのか、パンダについて行ったら笹はあった。
竹はなかったが、笹はあったのだ。
何を言っているのか分からないと思うだろ? 俺もこれぞ異世界と思ったよ。
パンダとか森エルフに出会ってはいたけど、まだ想像の範囲内というか、しかしこいつは想像の斜め上をいっていた。
ええと、何でもいい幹のある普通の木を想像して欲しい。
木には葉があるよな? その葉が笹だったんだよ。
これで俺の言わんとしている言葉の意味が分かってくれただろうか?
便宜上、これを笹の木とでも呼ぶとしよう。
笹の木は一本だけじゃなく、結構な量が自生しているように見受けられた。
「笹なら沢山あったな」
うむうむとパンダに語りかけると、奴は「むがああ」と威嚇しくる。
何だよもう。
パンダは顎を上下させ、前脚を上にあげる。
上を見ろって?
笹の葉が、ん。緑色じゃない笹が結構、混じっているな。
「紅葉しているのか? 笹が」
綺麗に赤色へ色づいた笹は、何となく風情があるようなないような……違和感の方が先にきてしまい微妙だ。
言葉が通じているはずなのだけど、パンダは何も答えず笹の木の中を進み始めた。
少し進んだところでまたしても開けた場所に出る。
お世辞にも立派とは言えない小屋がいくつかあるな。並んでいるわけではなくポツポツと建っている小屋の数は全部で5棟だった。
小屋は丸太を組み合わせただけの簡素なもので、年季が入っているらしく苔むしている箇所がちらほらと。
住処があるということは、人がいるんじゃないか?
グルルルルル。
パンダの腹の音がまたしても鳴り響く。
どうせ鳴るなら、一時間ごととか時報みたいに鳴ればいいのに。
なんてくだらないことを考えてしまう。
生贄に捧げられるほどの生物に対して、余裕だなって?
まあそら。腹が減っているのか、進むのさえ億劫になったのか分からんが、ゴロンと腹を出してひっくり返るパンダに恐怖心なんて抱けないんだよ!
パンダがわざわざこの小屋を見せたかったとは思えないんだよな。
まあいい。勝手に探索させてもらうとしよう。パンダはもう動かんぞと主張しているかのように、ゴロンゴロンと左右に転がり始めたし。
「誰かー」
『パンダは笹が食べたいようです』
勝手に食べればいいだろ!
呼びかけたらパンダが自己主張してきやがった。
そこら中に笹が生えているのだから、食べ放題だろうに。
ハラヘッタ主張するだけで動こうとしないパンダを放置して、小屋の方へ向かう。
「失礼します」
開きっぱなしの扉から恐る恐る中を覗き込むが、誰もいない。
床は苔と砂で一杯になっていて、床板も朽ちており人が住んでいる気配はなかった。
こいつは、中に踏み込んだらまだ無事な板も体重で抜けてしまいそうだ。
二つ目の小屋も同じような感じで、期待せず三つ目の小屋を覗き込む。
「お、おお」
ここはまだ使えそうだ。
他と同じでワンルームだったのだけど、ベッドと小さなテーブルセットまである。
「いや、誰か住んでいる……最近まで住んでいた、のかも」
しまったなあ。勝手に覗き込んでしまった。
最初の2棟が朽ちていたから、ここもだろと思ってたんだけど。
最近まで住んでいた、のではなく今も住んでいる、でほぼ確定なんじゃないかと思う。
何故なら、家の中に服が吊ってあったから。
草を編んで作った紐に服がつられていたんだ。ワンピースみたいに筒状になった服で、腰を紐で縛るのだろう。
確か、貫頭衣だったっけ。
ここじゃあ、自給自足生活になるだろうから、この服は家主が自ら編んだんじゃないかと。
吊ってあるのは貫頭衣だけじゃなく、帯と……察して見るのを止めた。
他人の下着をしげしげと見るものじゃないよな。
心の中で家主に謝罪し、そっと入口扉を閉める。
残りはどうかな。
振り返ったところで、ペタンと尻餅をつきこちらを指さす女の子と目が合う。
あれえ、人の気配なんてしなかったんだけど。
下着を見るのに集中していたからだろって? いやいや、家の中をしげしげと見ていたことは確かだけどさ。
きっと彼女がこの家の主に違いない。
先ほど吊っていた貫頭衣とそっくりな服を着ているからね。
新緑を切り取ったかのような長い髪が目元まで伸び、長い尖った耳に整った顔、華奢な体つき。
彼女は俺をここまで連れてきた森エルフと同じ特徴をしていた。
森エルフの年齢は分からないけど、人間だったとしたら17、18歳くらいに見える。
「ごめん、勝手に家を覗いて」
「あ、あなたは……?」
「俺は市ヶ谷連夜。よくわからないうちに生贄ってやつになってしまった」
「に、人間……に見えます。で、でも、わたしの言葉を理解しているし……」
「『言語能力』ってやつらしいな。俺は誰とでも会話できる。言葉を持つ者なら」
「そ、そうなんですか。わたしもあなたと同じです」
驚いてはいたが俺のことを警戒しない彼女に対し、どうしてなんだろうと不思議に思った。
「生贄」という立場が同じだったからとかそんなところかな?
そこに考えが至ったところで、俺の中にある種の不安がよぎる。
尻餅をついたままの彼女へ目を移し、顔をそらす。
「脚を閉じるか立ち上がるかしてくれると嬉しい」
「え、あ……はい。男の人と接するのは久しぶりで、すいません」
「謝るのは俺の方だって」
「は、はは……わたし、カルミアと言います。レンさん、これからパートナーとしてよろしくお願いします」
立ち上がってペコリと頭を下げるカルミアであった。
カルミア、カルミア……どこかで聞いたような。
グルルルルル。
思い出せそうなところで、またしてもパンダの腹の虫が邪魔をする。
「だから自分で食えよ! ゴロゴロするくらいなら立てるだろうが」
ずんずんとパンダの元へ歩いて行くと、カルミアも後からついてくる。
いっそ蹴っ飛ばしてやろうかと鼻息荒く右脚を振り上げたら、彼女に後ろから羽交い絞めにされてしまった。
「神獣になんてことを! ダメです。ダメですうー」
「ええい、離せ。離してくれ。一発やらんと俺の気が済まん。こんな怠け者のために俺が生贄になったなんて」
「気持ちは分からなくもないです。ですが、神獣が元気じゃないと、森の精霊が」
「それも眉唾じゃないのか? 生贄っていうから、こいつに喰われるのかと思ったが違ったし」
「嘘じゃないです。わたしが一人になってしまって、神獣がお腹を空かせているんです」
「腹が減ったら力が出ないーってか……」
「森の精霊の力が弱まっています。あなたにも聞こえますよね?」
「全くもって……」
「ええええ!」
耳元で叫ばないで……耳がキンキンする。
後ろから俺にしかとしがみついたままのカルミアは心底驚いた様子だった。
俺の姿を最初に見た時よりも驚愕している。
そうは言われましても、精霊なんて見たことも聞いたこともない。
俺たちのやり取りなんてどこ吹く風でぱかーっと口を開きあほ面を晒すパンダにまたしてもむかむかしてくる。
「おい、パンダ」
『パンダは笹が食べたいようです』
「このやろおおお!」
「だから、ダメですってばああ!」
今度はぎゅううっと後ろから抱え込まれるだけじゃなく、足まで俺の足に絡めてきて止められてしまった。
もふん。
足を取られたら、前か横に倒れてしまうわけで。
ならば、固い地面よりはパンダの腹の方がましだろうと、前のめりに行かせてもらった。
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