第3話 大和その1 街の様子

 ――大和。

 あの時蓮夜と別れるんじゃなかった。激しく後悔したが、今更どうしようもならねえ。

 この時ほど、自分の考えなさに憤ったことはない。

 いつもいつも蓮夜か岩本に考えることを任せていたツケが一番最悪な時にやってきたってわけだ。

 朝起きて、食堂へ向かった。蓮夜がまだ来てなくて、迎えに行くと彼がいない。

 歩いていたメイドに聞いてみても、首を振るばかり。

 これじゃあ埒が明かねえと、大臣だったか? あのいけ好かない奴のところまで押し入り問い詰めた。

 「散歩に出かけた」とかもっともらしいことを言っていたが、明らかに嘘だと分かる反応だったんだ。

 

 王宮で出会う者は唯一人を除き、稚拙だった。

 誤魔化そうとしていたり、嘘をつこうとしていたら、態度にすぐ出る。

 予想通り、夜になっても蓮夜は帰ってこなかった。

 一刻も早く、蓮夜を探しに行きたい。

 これが正直な気持ちだったんだけど、俺の頭じゃ街の中をしらみつぶしに探すくらいしか思いつかない。

 行方不明になったのが蓮夜じゃなく俺だったなら、どれほどよかったか。

 あいつなら、すぐに良い手を考えつき、着実にそれを実行していく。

 

 焦燥感にかられる俺に対し、唯一底を見せないあの男がもみ手でやってくる。

 こいつは俺たちに水晶を触れさせたあの小柄な男だ。

 次は何だ?

 

「バトルマスターの九段様にピッタリな世話役を連れて参りました」

「蓮夜はどこだ?」


 男は俺の問いかけにをまるで意に介した様子がなく、パンパンと手を叩く。

 扉の向こうから鎧姿の女がやってきた。

 胸に太陽を模した意匠が施された鎧は、それなりに高価そうに見える。

 しかし、肘まで覆う手甲に膝上まである金属製のプレートを装備しているってのに、スカートなんだな。

 こういう衣装を見ると、自分がおとぎ話の世界に来たのだと実感する。

 

 鎧姿は無視して、男をじっと睨みつけていたら観念したように口を開く。


「お一人で街に行かれ、迷っているのかもしれません」

「それほど街が広いのか?」

「アストリアス王国の王都アストリアは王国一の街です」

「広さは?」

「ゆっくりと探索されるとよいでしょう。見るは聞くより安しです。ですが、お一人では行かぬよう」

「それほど治安が悪いのか?」

「誠にお恥ずかしい話ですが、現在治安が乱れております。警備兵が巡回しているものの、決して安全とは言い切れません」

「そうか……」


 考えろ、俺。

 体を動かすことは好きなんだが、頭を回転させることは苦手で正直、深く考えたくはない。

 だけど、考えなかったことで蓮夜が。

 ちくしょう!

 「……落ち着け、大和」

 おどけた調子で肩を竦め蓮夜の顔が浮かぶ。

 そうだな。ちゃんと考えろって自分に喝を入れたところじゃないか。

 

 男から得た情報を整理しよう。

 街は広い。治安がよくない。

 待てよ。「現在」治安が悪いと言っていたか。となれば、昔は良かったのか?

 だったら、治安が悪くなる原因が何かあるかもしれない。

 そうか、蓮夜はいつもこんな風に言葉の意味を考えていたんだな。正直、かなり疲れる。


「警備兵から蓮夜の情報を集めることはできないのか?」

「アブラーン殿はもう部屋を辞しております。大和様」

「いつの間に」

「大和様が悩まれている間にです。遅くなり恐縮ですが、今後は何かあれば私に申しつけください」


 ビシッと敬礼をする鎧姿の女にどう反応していいか悩む。

 彼女に対してはさっきの男と違って、何ら思うところはない。

 だけど、彼女にしたって大臣らの息がかかってるんだろうよ。


「何でも聞いてくれるのか?」

「私にできることでしたら誠心誠意、応じさせていただく所存です。できないことでも、具申に向かわせて頂きます」

「へえ……」


 口だけなら何とでも言えるよな。

 何でもやるってところに逆にうさん臭さを感じるよ。

 部屋に備え付けられた小さな椅子に腰かけ、はあとため息をつく。

 もう行ってもいいよというつもりだったのだが、彼女は動こうとしない。

 

「え、ええと」

「ロザリオとお呼び頂けますと幸いです」

「ロザリオか。知っていると思うが、俺は九段大和。まあ、よろしく頼むよ」

「はい! 大和様。不肖の身ではありますが、剣術の修行、護衛など、身の回りの世話まで務めさせていただく所存です」

「分かった」


 自己紹介をしていなかったから動かなかったんだろう。たぶん。

 しかし、彼女は微動だにしない。日本人的な相手の態度を見て判断するってことをしてくれないらしい。

 ならばハッキリと言うまでだ。普段なら無碍にするのも戸惑うところだけど、ロザリオも俺たちを召喚し利用していようとしている者達の手の者だからな。

 遠慮することはないさ。 


「ロザリオ、すまんが」

「申し訳ありません! すぐに動くべきところを。もう大丈夫です」


 何を思ったのか彼女は鎧をガチャガチャとやり始める。

 おお、結構あっさりと外すことができるんだな。

 ん?

 その鎧、どうすんだ?

 俺に着ろと言われても体の大きさが違うから入らないと思う。ゴムのように伸びるなら話は別だが、あの鎧は固い金属でできているっぽいし。

 床に置いた時の乾いた音も硬いと分かるものだった。

 

「何故、服まで脱ごうとする」

「お世話させて頂きますと覚悟を決めて参りました」

「覚悟?」

「……不敬な言葉、申し訳ありません。そのようなつもりで申した訳では……大和様はご立派なお方です!」

「嘘はいい。変な誉め言葉も要らない」

「いえ。私が自ら志願したのです! ご安心ください」

「安心も何も……」

「好みではありませんでしたか、お世辞にも私は侍女のようには」


 どうしたもんかなこれ。

 この世界の者達はみんなこうなのか?

 ハニートラップを仕掛けるにしても、稚拙であからさま過ぎる。

 これで誰が引っかかると?

 俺に女をあてがい、なし崩し的に協力をさせてしまおうって腹だろ。

 蓮夜は大臣らに何かをされたと思っているが、ひょっとしたら街で迷子になっているだけという気持ちも僅かながらある。

 ほんの僅かだけどな。

 俺に恩を売りたいのなら、蓮夜を連れてくるか行方不明になった彼を必死で探そうとする態度を見せる、などやりようはいくらでもあるだろ。

 まあ、自分たちが蓮夜をどうにかしていたのなら、フォローのしようもないか。

 

「別に見た目が気に入らないとかじゃない。上から目線で言うことじゃないのは分かっているが、あんたは美人だと思うぜ」

「私が……でしたら……」

「いや、だから、脱ぐのをやめてくれ」

「ご安心を。病気の心配もございません」

「……いいから、そうだな。明日、剣の稽古でもつけてくれ。だから、今日は一刻も早く寝て、明日へ向け英気を養いたいのだ」

「素晴らしいお心! さすが、憧れのバトルマスター大和様!」


 やっと帰ってくれた。

 剣道の稽古は日課にしていたが、微妙な気持ちだ。

 ベッドに突っ伏し、頭を抱える。

 

 ◇◇◇

 

 この日だけじゃなく、翌日もその次の日も、部屋に女子がやって来た。

 昨日なんて二人揃ってだぞ。

 もちろん、一度たりとも抱いてなんていない。

 ここ数日やったことと言えば、ロザリオと剣の修行を行い、街に繰り出して人々の声に耳を傾けることくらいだ。

 大臣らはまだ俺に対し何かを命じても懇願してもきていない。

 いずれ何か動いて来るだろうけど、今は異世界に慣れる期間とでも考えているのかもな。

 

 分かったことといえば、召喚に莫大な資金がかかったこと。

 その資金のために結構街の人のうっぷんが溜まっていること。

 他にもまだある。

 治安が悪くなったというアブラーンの言葉は本当で、人さらいが増えているそうだ。

 人さらいって身代金狙いかと思ったのだが、そうじゃないらしい。

 位の高い人や金持ちを狙ったわけじゃなく、人身売買目的なんだとよ。胸糞悪い。

 うーん、大金をはたいて召喚した蓮夜を奴らはどう扱ったのだろう?

 見えてこねえな。

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