第2話 パンダは笹が食べたいようです
「アイテムボックスってのは便利だな」
「確かに。『召喚者』だったか。俺たちのようにこの世界に呼ばれた者にしか使えない能力なんだっけ」
「こんな能力があるなら、確かに頼りたくはなるわな」
「迷惑な話だがね」
「違いない」
ベッドに座った俺と向かいの椅子に腰かけた大和がお互いに苦笑する。
アイテムボックスは某有名ゲームで言うところの「どうぐ」みたいなものだった。
手で対象に触れ収納と念じるか言葉に発すると、アイテムボックスの中に入る。
取り出しも自由自在で、俺たちは手ぶらで大量の荷物を持ち運ぶことができるってわけだ。
どこか謎の空間に道具を放り込めるだけでも驚きなのだけど、それだけじゃあない。
大和がさきほど収納した紅茶を机の上にコトリと置く。
カップに入ったままの紅茶は湯気をたてている。
「そのままの姿で、時間経過もなく保存することができるなんてな」
「この能力を日本に持ち帰ったら、俺たちは大金持ちになれるぞ」
大和の言葉に冗談ぽく応じると彼も負けじと冗談を返してきた。
「その前にどっかしら政府組織に攫われるんじゃねえか?」
「かもしれん……」
「ふわあ。ええと、まずは探るんだったか」
「そうだな。俺たちの状況を把握しないと、動くに動けない。戻る手段も探らんと」
大和のあくびにつられ、俺もふわあとあくびが出てしまった。
今日のところはもう寝ることにして、明日から本格的に調査を開始しようと大和と約束する。
「それじゃあ、また明日な」
「うん。おやすみ」
彼は隣にある自分に当てがわれた部屋へ向かっていった。
◇◇◇
あの時から大和に会っていない。
目が覚めると簀巻きにされ、馬車で揺られていたのだ。
馬車は森エルフの集落まで移動して、そこで俺は売られ今に至る。
俺を運んだ二人は言っていた。
無職で使えないから、せめてお金に変えるのだと。
言われなくても分かる。手引きをしたのは偉そうな宰相か、あの小柄な男か、いずれにしろ俺を召喚した関係者で間違いない。
ふつふつとした怒りが湧いてくるが、今はこの状況をきり抜けることに集中しなければ。
グルルルル。グルルルル。
また、神獣とやらの吠える声が聞こえる。
声の大きさからして、もうすぐ目的地なのかな?
そうだ。到着する前に麗人へ聞いておきたいことある。
彼らにとって繊細なことなのだが、迷うことなんてない。
もうすぐ、生贄にされるんだ。遠慮せず、ずけずけ聞いてしまおう。
「神獣に生贄を捧げるのではなく、討伐しようとはならなかったのですか?」
「何てことを。神獣がいなければ、精霊の導きも恵みも失われてしまう。神獣が健在だからこそ、我らは精霊の加護を授かることができるのだ」
ふむ。倒すに倒せないと。
聞いておいてよかった。俺にどうこうできる相手で、抹殺してしまっていたら大変なことになるところだったよ。
「もう一つだけ、教えて欲しいことがあります」
「答えることができることなら」
「あなたの名を聞きたいとは言いません。あなたの妹の名だけでも教えてもらうことはできますか?」
「……君は……。本当に大逆を犯した者なのか……」
「それはまあ……ご想像にお任せします」
彼らの事情を鑑みると、「違う」とハッキリ言えなかった。
処刑される人間に対し、大金を払って尚、お通夜みたいな雰囲気なんだもの。
俺が無実なんです、などと主張してみろ。
いや、この期に及んで人の心配をしている俺も大概だけど。
「カルミア」
「え」
「妹の名だ。もし……君が……」
「必ず」
その先は言わずとも。
生贄となった者がどうなるか、森エルフたちは知らない。
そのまま喰われて終わるのじゃないのかもしれないだろ。
ハッキリと死体を確認したわけじゃないのだから、一縷の望みに賭けることだって悪くはない。
ガタガタガタ。
前のめりに圧がかかり、馬車が急停車した。
「すまない」
「え?」
森エルフの麗人が俺の両手を硬く結んだ縄をほどく。
彼女は精一杯の笑顔を浮かべ、流れる涙を拭おうともせず力強く宣言する。
「君がどういう者なのか、よく分かった。やはりこれは森エルフの問題なのだ。もう、外部から誰かを犠牲にすることなんてしない。約束する」
「俺が……いや、頼りになる友人がいます。九段大和という俺と同郷の奴で、彼ならきっと」
俺が何とかしてみせるとは言えなかった。
いざとなったら、尻尾を撒いて逃げようと思っている俺には彼女の真摯な目をまともに見ることが辛い。
固く握手を交わしたものの、後ろめたさが残る。
「この先だ。ほんの5分も歩かぬうちに神獣がいる」
森エルフの麗人の言葉に無言で頷きを返し、歩き始めた。
どうするかなあ。足は速い方じゃない。
神獣とやらを拝んでから逃げるか、足止めだけなら何とかなるだろ。
念のため、もう少し「補充」しておいた方がいいかもな。
お見送りの二人から距離が離れたところで、しゃがみ込み「補充」をしておくことにする。
こんなもんかな。
実のところ、ロープもさ指先で触れることができれば収納できた。
なので、あの場所で彼女がロープをほどいてくれていてもくれなくても結果は同じ。
だけど、彼女が俺のことを認めてくれた気がして嬉しかった。
グルルルル。
あそこか。この先はちょっとした広場のようになっている。
中央にずんぐりとした獣の姿が見えた。
おいおい、あれって。
「パンダかよ! 異世界のパンダは肉食なのか?」
白黒のモノトーンが特徴的な獣の姿は、どこからどうみてもパンダだった。
しかし、距離が近くなると俺の知るパンダではないことが分かる。
姿はパンダそっくりなのだけど、サイズが違った。
でけえ。パンダらしき獣は背中を丸めて座っているのだけど、頭の先が俺の身長ほどある。
『パンダは肉など欲しくないようです』
うお。グルグルとした鳴き声? が日本語に変換されて脳内に語りかけてきた。
語りかけてというより、メッセージのようで不気味だ……。これをこのパンダが?
そうか、言語能力ってやつでパンダの意思が分かるのかも。
「何が欲しいんだ? 俺の肉が食べたいんじゃないのか?」
『ひょろ僧なんてまっぴらごめん、だそうです』
「こいつううう! パンダだと笹か、この世界のパンダが笹を食べるのかは知らんが」
『パンダは笹が食べたいようです』
勝手に食べりゃあいいじゃねえかよ。
でも、安心した。どうやら喰われなくて済むようだ。
「さっきからグルグルとした音、もしかして、お腹が空いてるだけなのか?」
『パンダは笹が食べたいようです』
そっかそっか。
じゃあ俺は行くとしよう。馬車で随分と揺られていたからなあ。
ここでサバイバルをするのも……って。
パンダが後ろ脚だけで立ち上がり、万歳のポーズで大きく口を開く。
うおおお。やっぱりでけええ!
「笹ならそこら辺にあるんじゃないか?」
『ついてこい、だそうです』
「ええええ。分かった。分かったから!」
威嚇してくるパンダをなだめ、のっしのっしと歩く奴の後ろをついていくことになってしまった。
このままドロンしてもよかったのだけど、追って来られるのも嫌だ。
相手をしている限り、敵意もなさそうだし付き合うだけ付き合って、満足したところで「さよなら」するとしようか。
森の中でどうやって生活していくかも考えなきゃ、前途多難だよほんと。
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