第23話 もがー

 (パンダが)外へ繋がる扉を開き、カルミアと共に結界の外へ出る。

 カルミアの指し示す方向にパンダが進む。


『パンダは笹が食べたいようです』


 ところがどっこい、5分も歩かぬうちにパンダがガス欠になった。

 ……出る前に食べたよね? 

 全く。

 パンダから二人揃って降りて、彼の口元に笹をばら撒く。

 もっしゃもっしゃと食べ始めるパンダであった。

 

「相変わらずのマイペースだな」

「きっと私たちの緊張を解こうとしてくださったんです」

「そういうことにしておこう。なんのかんので、パンダには世話になっているからな」

「はい! 神獣あっての私たちです」


 いろいろイラッとすることはあるけど、俺だってパンダの貢献度が極めて高いことは分かっている。

 というより、村を構成するインフラのうち、基幹に当たるのがパンダパワーだ。

 カルミアの言う通り、パンダあっての俺たちというのは言葉そのままなのである。

 現代日本にたとえるなら、パンダは電気ガス水道だ。

 一体で全部を補えるのだから、ガソリンがしょっちゅう必要なことくらい問題ないさ。

 

 感謝の気持ちがあるから、今だってパンダから降りて餌を与えているわけだしな。

 もしゃもしゃと食べるパンダの頭にそっと手を置く。

 

「もがー」


 威嚇された。

 それだけじゃなく、興奮しているようで後ろ足だけで立ち上がりバンザイポーズになっている。

 あ、察した。

 そうか、ちょっとした行き違いでパンダの機嫌を損ねていたのか。これまでもきっと、こういうシーンがあったはず。

 パンダは喋るから、人間と同じような感覚で接していたけど彼は人間ではない。

 地球にいるパンダ……とも違うけど、人間とは別の知的生命体なのである。

 同じ人間であっても、国が違うだけで言葉が通じないし個々人で個性もまるで違う。

 同じ種族でもかなりの個体差があるのだ。それが別種族になると、その差異は計り知れない。

 森エルフから見たら人間は奇異に思えるだろう。それでも、俺たちは分かり合える。

 

「すまん。笹を奪うとかそんなつもりはなかったんだよ」

「にゃーん」


 パンダがふてぶてしいからと歩み寄らなかったのは俺だ。

 彼の方は俺に寄り添おうとして……い、たのに。ぐうう。

 くっちゃくっちゃと笹を見せつけるようにして座り込むんじゃねえ。

 いや、これは種族の違い。彼なりの俺へ対する感謝……。

 

『相変わらず、間抜け面だな。ひょろ憎、だそうです』

「こいつうう!」

「ダメですうう!」


 すかさずカルミアが俺を後ろから羽交い絞めにしてくる。

 関節が極まっているからビクともしないと思ったのだけど、彼女は手加減していたのかも。

 これまでのパターンならこのままゴロゴロと地面に転がるのだけど、全く動かん。

  

『森エルフの細腕よりひょろい。ひょろ憎はひょろ憎、なようです』


 パンダは右前脚で器用に笹を挟み、自分の顔の上まで持ってくる。

 ひらりひらりと笹の葉が手から落ち、大きく開けたパンダの口に吸い込まれた。

 

「もう落ち着いたから」

「はい」

「すまんな。怒りっぽくて」

「いえ、レンさんが本気で神獣を叩こうとしていないのは分かっています」

「そ、そうだな」

「わたし、レンさんに……」

「ん」

「な、なんでもありません!」


 座り込むパンダの後ろに隠れてしまうカルミアに、はてと首をかしげる。

 そろっと顔を半分だけ出した彼女は困ったように眉根を寄せた。

 しかし、そんな彼女もパンダのもふもふさにとらわれたようで、両腕を開きパンダにはしとしがみ付く。

 森エルフたちに神獣、神獣と敬われているのだけど、彼らは気さくにパンダに触れたりする。

 この辺も俺の感覚と違うんだよね。

 ご神体とかになると、大胆に抱き着いたりなんてしないものという認識があったから、少し驚いている。

 ひょっとしたら、パンダと長く暮らしているカルミアならではなのかもしれないけどね。

 

「パンダ。満腹になったか?」

『乗るがいい。ひょろ憎、だそうです』


 四つ足で立ったパンダが首を向ける。

 ガソリン補給完了だ。

 

 走り始めたもののパンダにもう少しスピードを出せないの、と聞いたら奴はその場で速度を落とし立ち止まってしまう。

 そして、珍しくパンダから俺に語りかけてきた。

 

『ひょろ憎は速度をあげるとひょろいから落ちる、ようです』

「確かにそうかも」

『素直でよろしい。パンダに任せておくがいいようです』


 俺たちを乗せたまま、パンダが首を大きく上下に振る。

 風を切る音がしたかと思うと、薄緑の光の球体が周囲を覆った。

 

「レンさん、しっかり掴まってください」

「お、おう?」


 カルミアに促され、念のためにパンダの首へ両手を回しがしっとしがみ付く。

 俺の動きに合わせ、彼女が上から覆いかぶさるようにして両手を俺の胸辺りに回す。

 

「にゃーん」


 パンダの気の抜ける可愛らしい子猫のような鳴き声が聞こえた。

 う、うおおおお。

 何と言う速度だ。体感だけど時速60キロくらいは出ているんじゃないか。

 車とは異なるから、思ったよりは速度が出ていないかもしれないけど、う、うおお。更に速度が上がったあ。

 どうやら緑の光の膜は防護壁のようになっているらしく、俺とカルミアにはそよ風程度しか吹いてこない。

 

「カルミア、速いのは良いのだけど場所を示すことはできそうか?」

「問題ありません。このまま真っ直ぐで大丈夫です。一旦森を出ましょう」

「この森って結構な広さがあるんだったっけ」

「はい。大森林と呼ばれているくらいですから」

「し、しかし。これは速度オーバーじゃないのか、また速度が上がった」

「鳥より速いかもですね!」


 やんややんやとカルミアと会話しているうちにも、流れるように景色が変わっていく。

 悪路だってのに、物凄いスピードだ。

 俺が街から馬車で森エルフの村まで来るのに……丸二日だったっけか。

 森を抜けてから街までどれくらいの距離があるのか分からないけど、この速度だとあっという間に到着するんじゃないか?

 

 ◇◇◇

 

 ……速い、確かに速い。

 手元の時計によると、二時間もかかっていない。

 何で時計を持っているんだと思うかもしれないが、実は最初から持っていた。

 安物のスポーツウオッチだけどさ。

 転移した時、体に身に着けていたものはそのままだったんだ。といっても服以外は腕時計と首から下げているネックレスくらいだけど。

 この腕時計も電池が尽きればそこで終了となる見込みである。

 

「森の外まで来たから良しとしよう」

「凄い速度でした! 感動です」

「そうだな。ガス欠がとても早いことを覚えておかないと」

「笹を食べている姿がいつもながら愛らしいです」


 二人揃ってお座り状態で笹の葉を貪り喰らうパンダへ目を向けた。

 カルミアの説明によると、森を抜けたら残りの距離は三分の一もないとのこと。

 だったら、今日のところはここで野営にするとしようか。

 俺は野営に慣れていないから、明るいうちからたっぷりと時間があることはありがたい。

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