第五章 ヴァイスシティでの日々

1 時計塔屋敷の面々



 晩飯の材料を買って帰ると言うティーダと市場で別れ、俺は一人で【聖銀同盟】から【時計塔屋敷】へ戻った。

 時刻は午後三時過ぎ。

 玄関ポーチで空を見上げると、今にも雨が降りそうなどんよりとした空模様で、ティーダが戻る頃まで天気が保つと良いんだが…、と思いながら玄関の扉を閉めた。

「おかえりなさい、ティードさん」

 いつものように管理人室からティエラさんが出て来て、声を掛けてくれた。その笑顔の出迎えに、俺はいつもの調子で返す。

「あぁ、ただいま…」

「あら? ティーダさんはご一緒じゃないんですか?」

 俺一人で戻った事が珍しかったのか、不思議そうに首を傾げて微笑んでるから、それに答える。

「ああ、買い出しに行ってる。直に戻ると思うけど…?」

「そうですか……」

 そう答えて笑顔は崩さないまま、ティエラさんが沈黙した。黙ってしまった彼女の笑顔を見ながら、そんなに素っ気ない返答だっただろうか…、と思いつつ、沈黙を埋めるように俺が言葉を継いだ。

「…あいつに用事?」

「いえ、いつもお二人一緒だから。お一人でのお戻りが珍しいなって、思ったんですよ」


 ティエラさんの中で、俺達はって事か……。


「…そう」

「ええ、それだけです。…お疲れのようだから、私はこれで」

「…ああ」

 俺を気遣って会話を切り上げたティエラさんは、変わらぬ微笑みを浮かべたまま管理人室に戻って行った。


 雑談と言うのが苦手だ。


 何を話せば良いのか、まるで分からない…。

 ティーダなら、あの後なんと言って会話を繋いだだろう…、なんて事を考えながら階段を上り、五号室へ向かう。

 部屋に入り、ジャケットを脱いでその辺に放り投げ、顔を洗って二段ベッドの下の段に潜り込んで疲れた体を横たえる。

 寝不足のままアンデッドどもと一戦交えたからか、相当、疲れていたようで、俺は横になって直ぐに眠りに落ちた。



 真っ暗な空間。

 幼い頃から見る夢は、いつも暗闇だ。

 暫らくすると暗い中にいくつかぼんやりと光るもやのようなものが浮かんで来て、その中の光景はその日の出来事だったり、思い出だったりして、それらを俺は膝を抱えて眺め、気が付くと朝を迎えてる事が多かった。

 そんな暗闇の中で、俺以外の存在が居る事に気付いたのは、十歳になる頃だ。

 そいつは決まって、嫌な思いをした夜に現れて、俺をそそのかし続けた。


 …俺と組もうぜ? お前に力を貸してやるぞ?

 強力な異界の力、欲しくないか? と。


 最初は姿形はなく、声だけで、俺の成長にあわせて徐々にその姿を明確にし、俺が初めて異貌した日の夜、『異貌した俺の姿』で出現した。


 悪趣味なヤツだ、俺が忌み嫌う姿で目の前に出てきやがる。

「…居るんだろ、隠れてても分かるぞ」

 暗闇に問いかけると、闇に紛れていた黒い靄がゆらゆらと揺れて、何かの形になるように急速に収束し、姿を取り始める。

 黒く太い水牛のような二本の角、群青の長い髪、青黒い肌、黄金の眼。

 異貌した俺がニヤリと笑って顔を上げた。


『……よう、ティード。調子はどうだ?』


「…何しにきた、お前に用はない」

 目の前の『俺』を睨んで、いつもように拒否を投げ付ける。


 コイツの目的は分かってる。

 俺のもう一つの姿を象っているが、その正体は〝契約の小魔コントラクト インプ〟異界からこの世界に干渉してくる魔神の小間使い。

 魔神使いデーモンルーラーの契約を俺に結ばせ、この世界ラクシアで自由に動く為に俺を乗っ取る腹づもりなんだろう。


『…つれないねぇ、物心ついた頃からの付き合いだってのに』

 口を尖らせて不服そうに苦笑うと、金に光る眼で俺を見詰める。その眼光は常に挑発的で、俺の隙を突こうとしてくる。

「…お前とは契約しない、なぜ俺につきまとう?」

『契約? そんなもん必要ねぇよ、に宿ってんだぞ? 一緒に居るのが当たり前だろ?』

「…俺の魂?」


 ヤツの言い分に俺の心臓がドクリ、と波打つ。


 俺の魂に『宿ってる』…? どういう事だ……。


 思いもしない言葉に、思考が上手く働かない。

 それほどの衝撃だった、だが、それを気取られたらそこで終わりだ。俺の様子を窺うヤツに対しては一層の冷静を装い、対応するしかない。


『そう、お前の魂! 俺と同調シンクロ出来るヤツなんて、そうはいない。…つまりは、お前が望めば今直ぐにでも魔神を召還出来るんだ』

「すでに、俺は…『魔神使いデーモンルーラー』って事なのか……?」

『そう! 生まれながらの魔神使い! なぁ、そろそろ『俺』を認めたらどうだ? 楽になるぜぇ〜』

 誇らし気…とでも言えば良いのか、胸を張り悪童のように嗤う。その顔が不快で仕方がなかったが、それもヤツの手のうち。ヤツを嫌悪する感情を抑えて、俺は淡々と答えた。

「…俺を動揺させて、付け込もうって魂胆か?」

『ははっ、……お前に付け込んで誘惑するつもりならこんな姿では現れないさ』

 そう笑ってヤツの姿が瞬時に崩れて、霞のように漂いながら別の姿を取り始める。


 目の前に現れたのは穏やかながら、どこか挑発的な笑みを浮かべたメリアルドだった。


「ッ……、ふざけるな!」

 彼女の姿に狼狽える俺に、メリアルドの姿で近付いて来て、目の前で止まる。

 蟲惑の微笑みを浮かべて、俺の首に両手を掛けて体を密着させると、細くしなやかな指先で俺の頬を撫でながら見上げてくる。


 その感触に、体中の血管が沸騰して、快感に肌が騒ぎ立つ。


『ふざけてないよぉ〜、、でしょ?』

 中身が彼女じゃないのは分かっているのに、姿がメリアルドだってだけで身動きが取れない。


 亜麻色の柔らかいくせ毛、魅惑的な肢体。

 現実そとでは触れたくても触れられない彼女の体温を感じて、自覚してはいけない『欲』が沸き上がる。


 それを見透かして彼女ヤツがさらに誘惑してくる。

『ねぇ…、、しよ〜よぉ。……楽し〜よぉ?』

 ティーダにやるように俺にしなだれかかって、甘ったるい物言いで、猫撫で声で俺の胸に頬を擦り付けてくる。俺の身体に密着する彼女のの感触が余りにも煽情的で、心地好くて、…どうにかなってしまいそうになる。

 理性と欲望の狭間で葛藤する俺の様子に、彼女はくすくすと嘲笑わらって、不意に顔を上げる。見上げる金色の瞳が楽し気だった。

 その色は『彼女』のそれとは違っていて、その眼を見て俺は正気を取り戻せた。


 俺の反応を楽しんでやがる……。


 見上げるメリアルドの瞳を見下ろして、俺はよこしまな彼女への『欲望』を振り払うように一喝する。

「……俺のを穢すな」

 見下す俺に、ニヤリと嗤って、飛び去るように俺から離れると、メリアルドの姿から異貌した俺の姿に変化し、茶化すように肩を竦めて見せる。

『ちぇ〜っ、つまんねぇなぁ〜』

「…お前の力は必要ない! 今直ぐ、消えろ!!」

 俺の拒絶に、一瞬、ヤツの表情が消えて、『呆れ』ともとれる溜め息を吐いた後、口角を上げていつもの笑みを『俺の顔』に刻み、口を開いた。


 …フフッ、今日の所は消えてやるよ。

 …近いうちに現実そとで会えるぞ、……ティード。


 不快な余韻を残して、小魔インプは消えた。

 漆黒の中に取り残された俺は、唇を噛み、消えたあいつの後に残った真っ黒い空間を睨みつけた。



「ティード、そろそろ起きないか〜?」

 ティーダの暢気な声掛けで俺は目覚めた。

 重い瞼を擦りながら起き上がると、ティーダが二段ベットの下段を覗き込みながら笑ってて、水の入ったコップを差し出して来た。

 そのコップの意味は良く分からなかったが、取りあえず受け取る。

 すると、ティーダは二段ベッドから離れて、テーブルへ行き、椅子に腰掛け、買って来た菓子をつまみながら「汗だくだぞ? 大丈夫か…?」と、いつもの心配面で言ってくる。


 ああ、だから水か……。


 渡されたコップの意味が分かって、水を飲み干すと、気怠い身体を屈めてベッドから出る。固まった筋肉を欠伸をしながら伸ばし、一息吐く。不意に見た手の平の色が、だった。


 …異貌した俺あいつの夢を見たのに、異貌していない。

 どういう事だ?


 ベッドから出て、ぼんやりしてる俺を怪訝な様子で窺い、ティーダが再び声を掛けて来た。

「ティード?」

 それに慌てて何事もなかったように答える。窓の外はまだ明るい、帰って来てからそんなに時間は経っていないのか。

「あ、いや、なんでもない…。今、何時なんじ?」

「え? あ〜っと、午後四時前。どれくらい寝てたんだ?」

「…帰って来て顔洗ってからだから…、三十分くらいか」

 ティーダの質問に答えながら、ヤツの向かいの空いてる椅子に腰を落とし、ティーダが買って来た菓子をつまみ上げ、口に放り込む。

 バターと卵、砂糖、小麦粉を混ぜて焼いたシンプルな菓子のようだが、甘ったるくて俺の口には合わなかった。空のコップをティーダに向け、水を注ぐように促すと、ティーダはそれに応えてコップに水を注ぎ入れて、俺は口の中に残る甘みを濯ぐようにそれを飲み干す。

「なんだ、じゃぁ、声掛けない方が良かったか?」

「いや…、今寝ると夜、寝れないから……」

 手の甲で口を拭って、ティーダに答えるとヤツが、表情のない笑みを浮かべて「そうか……」と、呟く。こういう顔をする時は、大抵、面倒な提案が続いたりする。

「だったら、今から、一号室のマーシアさんの所に行かないか?」

「……マーシア? 誰だ?」

 初めて聞く名前に戸惑いながら返事を返すと、ティーダは恍けた顔して首を傾げた。

「あ、ティードは会った事なかったか」

「ああ…」



 強引にティーダに引っ張られて五号室を出て、一号室に向かう。

 その途中、三号室からタビットのサイモンと言う男が出て来た。見るからにとち狂った研究者と言った風体で、頭も着ているものもボサボサでだらしない。

 ティーダと俺を見るなり「ややっ、冒険者のお二人にとっておきの薬があるんです! ちょっと、待ってて下さい」と言って部屋に引っ込むと、無数の瓶を入れた木箱を抱えて出て来て、小箱ごと押し付けられた。

 サイモンの説明によると、〈実験薬九号〉は素早く動けるようになり、〈実験薬十三号〉は筋力を増強する作用があり、〈実験薬十九号〉は気力体力を回復、〈実験薬二十八号〉はどんな攻撃にも耐えられる、らしい。

 どれも怪しさ満点で使う気にはなれないが、ティーダはいつものお人好し発動で快く受け取り、使ってみた感想を報告する。なんて安請け合いをしやがった…。


 誰が使うんだ、そんな、薬…。


 階段を下りるサイモンを見送って、その姿が階下に消えた後、薬を受け取ったティーダの表情から笑みが、すっ、と消えて、冷ややかなものになり、黙ったまま踵を返して部屋に戻ると、備え付けのチェストの上に木箱を無造作に置いて、再び部屋を出た。

「…使わないのか?」

「ティエラさんから、彼から薬を押し付けられたら使、って言われてるからな」

 いつもの柔和な笑みを浮かべて鍵を閉めながら言ったティーダの横顔に、俺の知らない兄貴の一面を見たようで、背筋をす〜っと冷たいものが滑り落ちた、気がした。

 一体、ティエラさんからどんな話を聞いたらあんな冷たい顔が出来るんだ…?


 ティーダも人を『見下す』事があるんだな…。



 それから、改めて一号室のマーシアと言うエルフの元を訪ねた。

 訪れた俺達を歓迎してくれて、部屋に入るように促すので、ティーダと二人、素直に従いお邪魔する事にした。

 彼女の部屋はピーター親子と同じ間取りで、広いんだが、独りで住むには多少の寂しさを感じるらしく、時間がある時はいつでも訪ねてくれて良いと言われた。

 エルフは年齢不詳なヤツが多い。このマーシアもそこから外れる事はなく、若くは見えるんだが、娼館のゾフィーよりは年嵩に見える。会話の中で年齢についてそれとなく尋ねたら、人間で言えば初老くらいの年齢らしいが、確かな事は教えてくれなかった。


 マーシアお手製の焼き菓子と紅茶を頂きながら、彼女の昔話(モルガナンシン王家の侍女だったらしく、王家やその周辺のスキャンダラスな話題が大半を占める)を一方的に聞かされているんだが、彼女の話術は巧みで、苦痛ではなかった。

 ひとしきり話し終わると、思い出したようにマーシアが尋ねて来た。

「そうだわ、お二人は冒険者さんなのよね?」

「ええ、そうです」

 口元に持って行ったティーカップを一旦離して、ティーダが答えた。俺は彼女の質問に答えずに茶を一口飲む。

「じゃぁ、…お遣いを頼みたいんだけど、良いかしら?」

「……ただ働きはしないけど、それで良いか?」

 今度は俺が答えた。

 ティーダに交渉させると無料タダで引き受けそうだったし、『冒険者』と確認したってことは幾ばくかの報酬は払うつもりなんだろう、と思っての返答だったんだが、案の定、ティーダはその台詞を窘めた。

「ティード! お遣い程度で金を貰う訳にはいかないだろ」

「…わざわざ『冒険者』って確認してんだから、ちょっとした報酬は払うつもりなんだろ?」

 隣で不機嫌そうにしてるティーダを他所に、俺はマーシアに向かって質問を投げかけると、彼女は微笑んで答えた。

「ふふっ、ティード君はしっかりしてるのね〜、もちろん、お小遣い程度で良ければ、だけど」

「じゃぁ、やるよ」

 彼女の答えに、俺はニヤリと笑って『依頼』を引き受ける事にした。


 マーシアの『お使い』は、本当にお使いだった。

【魔女の占いの店】にいるコーティと言うメイドに手紙を渡し、それと引き換えに小包を受け取って来て欲しいと言うものだ。


 報酬を頂く内容ではなくて、この時ばかりは良心の呵責を感じた…。


 マーシアの言う店は午後八時で閉まるため、今から出ればまだ間に合うだろう、と言う事になって、俺とティーダはマーシアの部屋を辞して、そのまま、出掛けようと階段を降りかけた。その時、吹き抜けの階段ホールの左右にある階段の反対側をティエラさんが上がって来て、俺達の顔を見るなり「ちょうど良かった! 今、お二人を呼びに行こうと思ってたの」と声を掛けて来た。

 それに二人で顔を見合わせて、ティーダが答えた。

「…オレたちに用事ですか?」

「ええ、お客様が訪ねていらっしゃるわよ」

 答えたティーダに笑顔のまま答えて、ふふっ、と意味深に笑う。その反応に俺達はまた顔を見合わせて、俺は短く呟いた。

「……客?」


 ティエラさんに促されて玄関ホールに降りると、誰かが立っていて、その後ろ姿に心臓が跳ねる。

「あ! 二人とも元気だった〜?」

 くせの強い亜麻色の髪、V字に折れ垂れた犬のような耳、夕陽の様な橙色の大きな瞳。

 そこに立ち、手を振っていたのは、俺達の妹、メリアルドだった。

 俺達の姿を見るなり、彼女の尻尾が嬉しそうに左右に揺れて、満面の笑みを浮かべている。

「メリアっ!? なんでッ……」

 階段の下で棒立ちの俺をよそに、後から降りて来たティーダが彼女に駆け寄る。そこにあるのは嬉しさよりも焦りのようなものだった。

 彼女の身の安全を最優先して家に置いて来たのに、なぜかここに居るんだから、ヤツの本音を推察すれば、『だったら、一緒に連れてくるんだった…』だろう。

 俺はと言えば、うたた寝していた時に見た夢の続きでも見ているような気がして、背筋が凍って、その場から動けないままだった。


 もう一人の『俺』が顕現したのかと、疑ってしまう。


「ティーダ〜、会いたかったよ〜」

 そう言って、彼女がいつものようにティーダに抱きついて頬刷りする、ヤツはそれを戸惑いがちに受け止めてるが、やがて、愛おしそうに彼女を抱きしめた。

 メリアルドはティーダの腕の中で嬉しそうに微笑んでいる。


 久々に見せつけられる恋人達の抱擁に、胸を刺す痛みを感じるのは、さっき見た『夢』のせいだ。


「オレも会えて嬉しいんだが…、どうしてヴァイスシティへ?」

「ん〜? なんでって、『依頼』で来たんだよ?」

 ティーダと離れて、ヤツの顔を見上げながらそう答えると、階段の下で動けないままの俺に気付いて、彼女が歩いてくる。そこに浮かぶ微笑みが、『夢』で見たそれに重なって、思わず後退りしてしまった。

「ティード? どうしたの?」

 俺の目の前で立ち止まり、不思議そうに俺を見上げる。いつもの彼女だと思うが、夢で見たあいつが脳裏にチラついて冷や汗が出てるような気がしてならない。

「…あ、いや……」

「ハグ、してくれないの? 久しぶりって言っても八日くらいだけど」

 無垢な微笑みでそう言われて、彼女の瞳を見詰め返すと、俺の知ってる透き通る橙色で、夢で見たあいつのものではなくて、安心する。

 彼女の要求に戸惑いがちに「…ああ」と答えて、ハグしてやると「ティードも元気そうで良かった…」と耳元で呟いた。その呟きが嬉しくて、つい、彼女を抱く腕に力を込めて彼女の体温を自らの肌に焼き付ける。


 離したら、安易に触れる事は出来なくなるから…。



 玄関ホールで立ち話もなんだから、俺達の部屋、五号室へ案内して、そこでここへ来た経緯や、俺達のここでの冒険の話を聞かせたりした。

 メリアルドによると、このヴァイスシティへは『人捜し』の依頼でやって来たらしい。

 俺達の住む街、ヴェルズリュートの冒険者ギルドに出ていた依頼で依頼主のライオットという人間の他に、リュクティアと言うナイトメアの魔法戦士と三人でパーティを組んでると言う事だった。

 依頼主であるライオットの人捜しを手伝いながら、俺達の足跡を追ってこの【時計塔屋敷】に辿り着いたらしい。


 随分な時間を話し込んで、小腹が空いたから、三人で厨房に降りて、ティーダの手料理を食べ、メリアルドは寄宿してる宿屋へ戻ると言うので、ティーダが彼女を宿まで送って行く事になった。


 保護者かよ…。

 否、……パーティの男連中への牽制か。


 夜も遅いってことで、一応の装備を整えてから出掛けるって事になり、ティーダは出掛ける準備をする為に先に部屋に戻った。残った俺は玄関ホールでメリアルドと少しの間、立ち話だ。

 手持ち無沙汰と言った具合に玄関扉の前に立って不服そうに体を揺らしながらメリアルドが不満を漏らした。

「ボク、一人で帰れるのにぃ〜…」

「…お前の事が心配なんだよ」

 いつまでも子供扱いされる事が気に喰わないんだろう、拗ねて頬を膨らませる様子は見ていて可愛いと思うが、妹を心配するこちらの気持ちを慮ってくれてもいいだろう…、と呆れもする。

 その辺りに考えが及ばないってことは、まだ子供なんだな…。俺のティーダを擁護する一言に口を尖らせてメリアルドが唸った。

「でもぉ…」

「あと…、あるんだろ」

 ティーダの心情を思えば、久々に会えたんだから『おしゃべり』だけじゃ気が済まないだろう、メリアルドを見る目がいつもよりねっとりしてたようにも思うし、男女の営み的な事もしたいんだろうな。


 俺が言うのもなんだが…。


「色々って?」

 俺の言葉に食い下がるように聞いてくる彼女の目が不機嫌だ、上目使いに見詰めてくるから、その視線に耐えられず思わず視線を逸らして答えてやった。

「……そりゃ、その」

「………?」

「…数日ぶりに可愛い恋人に会ったんだ、もっと一緒に居たいって思うのが普通だろ? …あとは、まぁ、…なんだ…その、夜の営み的な…ものとか…」

 答えた俺に、メリアルドの表情が、一瞬、意味が分からないとほうけたんだが、言葉の意味を理解したのか急激に頬を赤らめて俯き、しどろもどろに答える。

「! …そっ、そっか。…そう…だね」


 どうやら、彼女メリアルドにはは全くなかったらしい。


 その様子に、ティーダを少し哀れんで、俯いたままのメリアルドを見下ろしながら、俺は踵を返して階段の方へ向かう。

「じゃぁ、な。…俺は部屋に戻るから、そのうちティーダが降りてくるから、そこで待ってろよ」

「うん…。あ、ティード!」

「……?」

 呼び止められて振り返れば、メリアルドは両腕を広げて笑っている。

 彼女が『ハグして欲しい』と暗に言ってるのは分かっていたが、敢えてそれには気付かない振りして俺は首を傾げてみせる。すると、メリアルドが口をきゅっと結んで歯がゆそうに表情を歪ませ、さらに両腕を広げて言った。

「ハ・グ・! してよ…」

 しばし無言で彼女と見合って、俺は努めて無表情で答える。

「……来た時にしてやったろ」

もう一回もっかいしてよ。次、いつ会えるか分からないんだよ?」

 不安そうな顔でそう言って、彼女の耳がへたりと垂れた。

 俺との別れも惜しんでくれるのか、と嬉しくなったんだが、そんな風には見せないで彼女に歩み寄りながら、「…ったく、いつまで子供なんだよ…」と言って要求に応えてやった。


 再び触れたメリアルドの肌、心地よい体温と感触。


 このままで居られたらどんなに良いだろう…、と思った時、彼女が俺の耳元で小さく囁いて、俺の身体を包む彼女の腕に力が込められた。

「えへへっ、嬉しい。ありがと、ティード」

 そのなんとも言えない満足そうな彼女の微妙な感情の吐露に、それが『家族』としての反応だったとしても…、嬉しかったんだ。


『俺』を求めてくれてるような気がして…。

 そして、同時にティーダに対して後ろめたさも感じた。


 自身の『想い』が溢れ出しそうなのを必死に抑えながら、俺はいつものように素っ気なく答える。

「……あぁ」


 答えられてたと思う…。

 俺の『恋心』だけは、こいつに気取られてはいけないのだから…。


「…あまり無理はしないでね、ティードは無鉄砲な所があるから、ボク、心配だよ…」

 身体を俺から離したメリアルドはそう言いながら、気遣わし気に俺を見詰め返して、苦笑いを浮かべる。

 俺達が家を出た後、一人で過ごす時間はどれほど長く、寂しいものだっただろう。

 ガランとした広い家で、俺やティーダの無事を祈ってくれていた事を思うと、もう一度、抱きしめたい衝動に駆られたんだが、それは堪えて、なるべく普段通りに、戯けてみせた。

「……心配かけてんだな、…俺」

「ふふっ、そうだよ〜。実は短気なティーダと無鉄砲なティード、ボクはいつでも二人のお兄ちゃんの心配してるんだからね〜」

 茶化したように答えた俺に、メリアルドは戯れるように抱きついてきて、いつもの明るい口調で言って、俺を抱く腕に力を込めた。

 彼女の表情は見えなったが、全身から『不安』が伝わってくるようで、手が震えてるような気がして、出来るだけ彼女が安心出来るように、小さな背中を擦ってやる。


 パーティを組んでるヤツらはいずれもメリアルドより年上で、安易に命を危険に晒すような人物達ではないらしいが、それでも何度か身の危険を感じる事があったんだろう。

 俺達と同じように、自分が死ぬ可能性やティーダや俺が死ぬかもしれない、と言う不安を感じたんだろうな。


「大丈夫だ、下手な事はしねぇ…」

「…うん。……ティーダの事、お願いね」

 静かな玄関ホールに俺達の会話だけがぽつぽつと響いて、メリアルドの手が更に強く握られた。

「……あぁ、わかってる。…お前も、気をつけろよ」

 彼女の頭を軽く撫でてやると、それに安心したのか、メリアルドは小さく溜め息を吐いて答えた。

「じゃぁ、…またね」

 メリアルドがそう言って、俺から離れると、何を思ったのか俺の両頬に触れて、くいっ、と彼女の方に引き寄せて俺の左頬にキスをしてくれた。


 …出発した時と同じ、まじないのつもりなんだろう。


「!………」

 驚いて彼女を見返すと、他愛ない悪戯いたずらに成功した子供のように笑って答えた。

「へへっ、おまじない。また、会えるように!」

 少し照れたようにも笑う彼女につられて、俺の口からは自然と「…ふっ」と笑みがこぼれる。

「……ああ、じゃぁな」

 メリアルドの頭をくしゃくしゃっと乱暴に撫でて、彼女との別れを惜しみつつ、俺は一人で階段を上がる。


 肌に残る彼女の体温が心地よくも感じるし、厄介なもののようにも思う。

 少しずつ冷めてゆく彼女の余韻、自分の肌から彼女の熱が離れていくのを寂しく感じるのは、俺があいつの事を『』だと思い切れてないからだ。


 ……俺の想いを伝えたら、あいつはどんな顔をするだろう。



 部屋に戻ると、ティーダは防具を装着し終えて、ベッドのかたわらに立てかけてあったバスタードソードに手をかけた所だった。部屋に入って来た俺を振り返り見て、微妙な微笑みを浮かべながら「…メリアの宿の辺りの様子も見てくるな」と言って来た。

「…あぁ」

 なんでそんなことを言うのか俺が不思議そうにしてると、兄貴面で笑う。

「メリアがどんな所に身を置いているか、お前だって気になるだろ?」

「…あぁ、そうだな」

 ティーダに答えながら洗面の扉を開き、ふと思った事をそのまま言葉にする。

「……時計塔屋敷ここみたく比較的安全、じゃない地域だったらどうするんだ?」

「…ん? そ〜だなぁ…。その時は仲間の皆と隣の空き部屋にくれば良い!」 

 名案でも思いついたかのように得意げに笑うから、俺は呆れたと笑うしか出来ない。惚れた女を手近な所に置きたがるのも分かるが…、それこそ、過保護だな。

 ティーダがいつもよりべらべらと喋るのは、ヤツの心持ちが浮き足立ってるからだろう。俺に対しての何がしかの負い目みたいなものもあるだろうし、と落ち着かないんだな。


 言葉ではっきり聞かれた訳じゃないが、ティーダは俺のメリアルドへの『想い』に気付いてる。

 そう言うとこだけはさといヤツなんだ…。

 大らかで能天気、ぼんやりしてるように見せてるが、周りの様子を良く観てるし、こと人情の機微きびに関しては鋭いほどの観察力を持ってやがる。


 気まずそうに次の話題を考えながらダラダラと出掛ける準備をする兄貴を横目に、俺はさっさと寝支度を済ませる。洗面で顔を洗い、歯を磨いて戻ると、俺に向かって、やっぱり微妙な笑みをティーダは浮かべていた。

「じゃぁ、行ってくるな…」

 バスタードソードのホルダーベルトを締めてティーダが言い、二段ベッドの下段に潜り込んだ俺はそこに寝そべりながら、手を振って答えた。

「ああ、行って来い。……なんなら、ぞ〜」

 と、冷やかすようにニヤリと笑って見せたら、顔を真っ赤にして気まずそうに「…まぁ、その、……うん」とだけ答えて、出て行った。



 ……俺も、ずいぶんなお人好し、…だな。


 ティーダが出て行った扉を見詰めながら、俺は自分のに呆れつつ、兄妹達ふたりへの複雑な心情をそう吐き出し、毛布を頭から被った。






【攻略日記:雑感 五日目 1】


saAyu:…え〜っと、昨夜はお楽しみだったようで?(にやにや)

ティーダ:………ご想像にお任せする、コホン。

saAyu:(ティードに向けて)ティーダさん、結局、帰って来られたんですか?

ティード:……(ティーダを見てる)まぁ、想像に任せる。

saAyu:では、朝帰りされたと言う事にしときますね〜。

ティーダ:………。(申し訳なさそうにティードを見てる)

saAyu:おや、どうしました、ティーダさん?

ティーダ:あ、…いや、なんでもない。

 (ティードのメリアルドに対する『想い』の件は触れない事にした模様)

ティード:…でさ、この話、振り返りいるか?

saAyu:まぁ、要らないっちゃ、要らないですけどね〜。一応、ティード君の次のレベルアップ時の追加技能の壮大な前振りでもあるので、『あとがき』的なノリでちょっとお話しようかと。(次の雑感は戦闘の振り返りと成長報告があって長くなるし…)

ティーダ:四章の『2.茶会〜』の辺りからの壮大過ぎる前振りだな(苦笑)

ティード:…別にこんな大層な話にしなくても良かったんじゃないか? デーモンルーラー技能を追加するのは決めてたんだろ?

saAyu:…まぁ、そうなんですけど、小説パートでいきなり魔法が使えるのも不自然ですしねぇ…。それとティード君あなたを掘り下げようと思ってる部分もあるので、こうなったんですけど。勿体ぶった感じに書きすぎたとは思います…(笑)

 デーモンルーラー技能の追加に関しては、元々の設定でも持ってた技能なので、いずれは…、と思ってましたけど、実際のプレイではどうしようかなぁ〜、と悩んでましたよ、私には使いこなせそうにない技能なので…(苦笑)

ティーダ:…基本、脳筋だもんな。

saAyu:失礼な! ややこしい処理についていけないだけで、魔法くらい使えます!

ティード:…魔法の抵抗判定が微妙なアンタがなに言ってんだよ。

saAyu:まぁ、その辺りは否定しませんが…。実際…魔神の召還は全然理解出来てないですけど。

(著者注釈:シナリオの難易度的に、デーモンルーラー技能の追加は、シナリオのゲームバランスを崩す可能性もありますが、ソロ攻略なので多目に見てやってください。一応、レベルは4を頭打ちとして、先述の著者の理解度から魔神の召喚はしないものとして導入しました。)

ティード:でも、なぜデーモンルーラーなんだ? 魔法技能ならソーサラーとか、コンジャラーとか他にもあっただろう?

saAyu:あ〜、まぁ、単純にカッコいいな〜って。響きが。

ティーダ:……あぁ、『デーモンルーラー』って言葉の響きか。

saAyu:ですです。それに、異貌したら魔神っぽい見た目になるナイトメアが魔神を使役してたら面白いな、とも思いましたね〜、絵面的に(笑)

ティード:絵描き的発想だな…。

saAyu:ははっ、まぁ、私、絵描きでもあるので(笑)

ティーダ:でも、デーモンルーラーって『契約』しないといけないんだろ?(モンストラス ロアを読んでる)

saAyu:ですね。

ティーダ:小説の中では『契約が必要ない』って言ってるけど? 

saAyu:ああ、それは、GMマガジン13号のドルイドとデーモンルーラーの紹介の記事の中で、『〝扉の小魔ゲート インプ〟との出会い表』ってのがありまして、そこで『いつのまにか行動をともにしていた』とあったので、明確な『契約』がなくても良いんだ〜、と、思ったんですよね。

ティード:それで、産まれた時から?

saAyu:まぁ、そう言う事です。一応、〝扉の小魔ゲートインプ〟の封入具はあとで買いますけどね。

ティード:……色んなもん、背負ってんだなぁ…俺。

saAyu:そりゃ、主人公ですし!

ティーダ:リプレイ的な話をすると、ここでは細々クエストを受注してるが…?

saAyu:ですね。マーシアさんのお使いは、本来はティエラさんから受けるクエストですが、ティエラさん経由すると小説パートが長くなりそうだったので、直接、受けた事にしました。あと、サイモンさんのクエストも一応、受けとこうかと思って試験薬は入手しましたけど、結局、クリアするまで使いませんでしたね〜…、使うの忘れてました(苦笑)

  ※このまとめをしてる時点で、ソロ攻略自体は終わってます。

ティード:…それから、メリアがヴァイスシティにやって来たってのは?

saAyu:ああ、それは、オフラインで卓を立ててセッションする予定があって、そのセッションでヴァイスシティの別ルートで遊びましょうか〜、って言ってたんですけど、まぁ、ご時世がご時世(コロナ禍まっ直中、緊急事態宣言中)なんで無期延期中でして…。それで、ザッピング的な感じでちょろっと絡めようと思ってたんですけどね〜、この後、あちらのルートの詳しい描写はありませんよ。

 とりあえず、メリアルドさんもヴァイスシティに居るってだけの話です(笑)

ティーダ:そうなのか、なら、次はマーシアさんのお使いだな?

saAyu:そうですね、【63:魔女の占いの店】も強引に配置してます!(ニコッ)

ティード:………。じゃぁ、まぁ、早速、向かうか…。

saAyu:そうしましょ〜!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る