3 新たな出会い

 ヴァイスシティへ来てから十日目。

 この日も〈冒険者ギルド〉か【聖銀同盟】へ行って、適当な依頼がないか探そうとしていたんだが、朝一番に【茨の館】のメアリーから使いが来て、至急訪ねて欲しい、との事で、俺達は朝飯を済ませて【茨の館】に向かった。


 館に着いて、玄関ホールで待っていたメアリーが開口一番、「今からエドワードさんを相手に、手合わせをして貰います」と言い放った。

「……え?」

「………は?」

 俺もティーダもメアリーの言葉の真意が掴めず、言われるままに庭に通されると、そこには戦闘服に身を包んだラトリッジ氏が立っていた。

 その姿は、まさに歴戦の拳闘士グラップラー。普段の執事の格好の時とはまるで違う、肌を刺すような闘気を纏っている。


 ……マジか…。



 手合わせは僅か十分で終了した。しかも、俺達が一方的に殴られ、蹴られると言う、なんとも情けない結果だ。一応、手加減はしてくれたらしいが、それでも、俺達の自信をへし折るには充分だった。


「…はっ、…はぁ…強い…」

「……一太刀も入れられなかった…」

 疲労困憊と庭の芝生の上に寝転がる俺とティーダを見下ろして、ラトリッジ氏はニコリ、と笑って言い放つ。

「ふふっ、まだまだ君達に負ける訳にはいかないからね」

 息一つ切らさずに、平然と笑う氏の顔に不思議と師匠の笑顔が重なって、懐かしい気分になった。


 たった一ヶ月ほど前の事だってのに、ずいぶんと昔の事のように思える。


「……あんた、強いんだな」

 見下ろす笑顔に向けて、俺はぼそりと独り言を呟く。

 ラトリッジ氏との身長差を鑑みるに、腕も足もリーチはこちらが長いのに、俺達の拳も刃先も氏の肌に触れる事すら出来なかった。

 俺の呟きにラトリッジ氏は無言のまま笑い、そのラトリッジ氏の横から顔を出したメアリーが、必死の形相で訴える。

「……ティードさん、ティーダさん。…もっと強くなって下さい!!」


 何をそんなに焦るのか、俺にはその理由は分からないが、おそらく、切実な事情ってのがあるんだろうな…。


「……ったく、言うだけなら楽だよな」

 重くだるい身体を起こして、芝生の上に座り込み、俺を見下ろすメアリーを見ながら愚痴を零す。少し離れた所でティーダも起き上がろうとしていて、それをラトリッジ氏が手助けしていた。

「…漠然と強くなってと言われてもなぁ…。どれくらい強くなれば良いんだ?」

 ラトリッジ氏に手を引かれて立ち上がったティーダが、服に着いた芝生を払いながら言って、ラトリッジ氏に促されて東屋へ移動すると、そこに置いてあるテーブルの上には簡単な軽食と紅茶が用意されてあった。

 ティーダはゆっくりと椅子に座って、テーブルの上のティーカップを持ち上げて、中の茶を一気に飲み干す。

 それを見遣って、俺もおもむろに立ち上がり、芝生を払うと東屋のテーブル向かう。

「具体的に言ってくれないか? 何時までに、どこまで強くなれば良い?」

 後をついてくるメアリーに向かって質問をすると、彼女は困惑した顔をしていて、俺の質問の返答に困ってるようだ。

「…具体的に、…ですか……」

「何を焦ってるのか知らねぇが、ただ闇雲に『強くなれ』って言われてもだな、こっちもやりようがねぇんだよ、この数日間、色々と努力はしたつもりだが…」

 空いてる椅子に座って、用意されていた茶を一口飲む。

 東屋の外に立って、俺とティーダを交互に見ながら、メアリーはまだ明確な答えを出せずにいる。

 それを見兼ねたのか、ラトリッジ氏が横から口を挟んだ。

「出来るだけ、早く。…少なくとも、【運河に架かる橋】に棲み着いたモンスターをで倒せるようになるまで、と言った所かな」

「…なる早って、無茶ぶりが過ぎるだろ…、それ」

 俺の返答に、ラトリッジ氏が苦笑いを面に浮かべて『もありなん…』と肩を竦めた。

 俺とラトリッジ氏のやり取りを見ていたメアリーの表情が更に歪んで、ドレスのスカート部分を掴む手に力が込められた。

 それは、『申し訳なさ』の現れだったんだろう。彼女は俯いて言葉を絞り出した。

「こちらとしては、ラピュサリス様をお守りする為に頑張って下さいとしか…、言えないんです。…今はまだ」

「……詳しい事情を説明出来ないのは、オレたちが信用出来ないから?」

 俯いたままで俺達を見ようとしないメアリーに、ティーダが少々意地の悪い言葉をかける。本人にそんなつもりは毛頭ないんだろうが、今のメアリーにしたら充分過ぎる程の皮肉だろうな…。

「いいえ! いいえッ! そんな事ありませんっ、お二人の事は信用していますし、頼りにしています!」

 ティーダの責めるようにも聞こえる言葉に、彼女は慌ててそれを否定した。彼女の狼狽ぶりに、驚いたティーダは『そんなつもりはなかったんだが…』と、苦笑を浮かべて彼女に謝る。

「…すまない、問い詰めるつもりはなかったんだが…、言葉が過ぎたな」

「……いえ、…ごめんなさい!」

 ティーダの言葉に泣きそうな顔で頭を下げて謝ると、メアリーは館の中に入って行った。


 …立ち去った彼女の瞳には涙が浮かんでいた。


 彼女の後ろ姿を戸惑ったように見送ったティーダが俺を振り返って「…メアリーさん、泣いてた!?」と狼狽も露に聞いてくる。そんな兄貴に俺は悪戯心が疼いて、からかうように返した。

「…ロサが怒るぞ〜」

「えっ!? …なんで??」

 ロサの片思いに気付いていないティーダは、なぜここにロサの名前が出てくるのか分からず、ただただ戸惑っていて、俺達のやり取りを見ていたラトリッジ氏がぽつり、と声を掛けて来た。

「……すまない、君達には負担を強いてしまっている」

 思いがけない言葉に、ティーダが慌てて氏を振り返り、ヤツの弁解に俺も同調した。

「いえ! 力になりたい、と申し出たのはオレたちですから、負担だとは思っていません」

「だな、どっちかって言うと……師匠に鍛えられてるみたいな感覚だよ」

 ティーダと顔を見合わせてニヤリ、と笑い合うとラトリッジ氏を顧みる。そこには、安堵したように苦笑う、もう一人の師匠がいた。

「……そうか、ありがとう」



【茨の館】で風呂を借りて汗を流し、俺達は〈冒険者ギルド〉へ向かうため、中央門から新市街地へ入った。

 中央門近くは青果店などの生鮮食品を扱う商店が多く、少し込み入った地区だ。旧市街地の【流民街】と雰囲気は似ているが、あそこほど荒んでないし、見えてる範囲は清潔だ。

 通りの両脇にひしめく商店の軒先をゆっくりと観光気分で歩いていると、後から誰かにぶつかられて、そのまま、腕を掴まれた。

「! なッ、なんだよ、アンタ!!」

 唐突の衝撃に驚いて左腕に掴まる人物を見ると、栗色の髪のエルフの少女だった。俺が手を振り払おうと彼女の手を掴んだ時、顔を上げて困ったような表情で訴えた。

「ごめんなさい、追いかけられてるの、匿って欲しい!」

「は? 匿うって…」

 突然の事に戸惑って、俺はティーダを見る。ヤツも困ったように肩を竦めて見返してくる。


 通りのど真ん中で、人通りも多いこの辺りに匿う場所なんてないぞ…。


 ティーダの耳がピクピクと動いて、何かの音を捉えたらしい。音のする方を凝視して、焦ったように俺を見ると、俺の腰を指差して言った。

「ティード、腰のケープを彼女に!」

「えぇ??」

「いいから、早く!!」

 ティーダに急かされて、腰のベルトに巻き付けていた防寒用のケープを慌てて外すと、少女に掛けてやる。すると彼女はそれを顔を隠すように頭から被り、俺の腕にしがみついた。

 間一髪、のタイミングで黒剣騎士団の若い騎士が三人ほどやって来て、俺達に声を掛けて来た。

「おい! そこの冒険者!!」

「…オレたちのことだろうか?」

 出来るだけ平静を装って、ティーダが騎士たちに対応する。

「そうだ! この辺りでエルフの少女を見なかったか?」

「…エルフの女の子?」

「ああ、そうだ! ……そっちの二人は?」

 ティーダの後に隠れるように立って、状況を見守っていた俺と謎の女を目敏くも視界に入れた騎士が俺の方へ詰め寄ってきた。

 俺にしがみつく女の手に力が込められて、よほどの訳ありか? と思い、彼女の肩を抱き寄せて騎士から顔が見えないようにしてやる。

 俺と女に近付いた騎士に、ティーダは慌てて答えて、それに追及が返って来た。

「あっ! や…オレのお…と…もだちとその妹です」

「……申し訳ないが、妹御の顔を見せて貰えないだろうか?」

「えっ!? いや…それは…」

 あからさまに狼狽えるティーダを訝し気に騎士たちは見て、三人の視線が俺の腕の中の女に注がれるが、咄嗟に嘘をでっち上げて対応した。

「…妹は流行病が原因で、顔に大きな痣があるんだ。…それを晒せって言うのか?」

 俺の毅然とした態度と顔を隠す理由に、騎士が怯んだ。


 黒剣騎士団の騎士は徹底した騎士道教育を受けた連中だ、守るべき市民を蔑んで手荒に扱う事はない。こちらが拒否すれば無理強いする事は絶対にない。とアギヨンが言っていた。


「あ…、いや、それはッ…」

「! そう言えば…エルフの女の子なら…見たよ、オレ見た!」

 俺の嘘にティーダが機転を利かせて、騎士の注意を引くように大袈裟に手を打って見せた。ヤツの言葉に騎士たちの視線がそちらに移り、女の手の力が緩む。

「なに、本当か?」

「ああ、中央門の方へ走って行ったよ」

 騎士三人に一度に詰め寄られて、驚いたティーダは後退りつつ、中央門の方を指差しながら苦笑いを浮かべて答えた。

「はぁ!? …我々も門から来たのに…いつの間に……」

「見逃したのかもしれん、戻ろう!」

「ああ、手間をかけた、失礼する」

 三人の騎士は顔を見合わせて、更に焦った様子で言い合うと、挨拶もそこそこに足早に去って行く。

「ああ、構わないよ、お務めご苦労さま〜」

 いつもの柔和な笑顔で、手を振りつつティーダが騎士たちを見送って、俺はしがみついたままの女に声を掛けた。

「……騎士達は行ったぞ? いつまで俺にしがみついてるつもりだ?」

「ははっ、すまない! ちょっと楽しくなってしまった」

 俺から離れて、貸したケープをさらり、と脱いで姿を露にすると、真白な雪のような肌で端正な顔立ちの少女は無邪気に笑って答えた。

 男装しているようにも見える出で立ちだが、身を包む服の仕立てはとても良いもので上品だ。これだけ良いものを纏っているのだから、どこかの貴族の令嬢なのかもしれない。


 腰にショートソードを下げているのは護身用…か?


「私はユーニ、君たちは?」

「え? あぁ、ティード。こっちは兄貴のティーダ」

 ユーニの問いかけに俺が答えて、ティーダを雑に紹介するが、ヤツはニコリ、と微笑んで「騎士に追いかけられるほどの犯罪者なのかな?」と悪気なく言い放つ。

 その言葉にユーニは呆気に取られたんだが、次の瞬間には大口を開けて笑いだした。

「あはははっ! 犯罪者!? 私がッ!? ははっ、傑作だ!」

 よほどティーダの発想が面白かったんだろう、腹を抱えて笑う彼女の姿に、ティーダは不本意だと表情を歪めている。

 おそらく、ヤツにしてみれば、突然の捕り物に巻き込まれ、訳も分からず得体の知れない女を匿ったのだから、皮肉ったつもりだったんだろうが、『犯罪者』と例えるのはどうかと思う。

「………」

 不機嫌と押し黙るティーダを見上げて、涙の滲む目を手で拭うとユーニは、大きく溜め息を吐いた。

「はぁ〜ぁ、すまない。あまりにも突拍子もない言われだったから…」

「…何者なんだよ、オマエ」

 苦笑を浮かべるユーニに俺が問いかけると、彼女は恍けた答えを返して来た。

「何者でもないよ、ただのユーニ。君たちはこれからどこへ?」

 明らかな嘘だが追及はしなかった、素性を隠したいヤツはこの街には腐るほどいる。ユーニの質問に俺は素っ気なく答え、ティーダはそろそろ行かないか? と俺の肩を叩いて促した。

「 〈黄金の盾〉だよ」

「ああ! 冒険者なのか、なるほど…」

 俺とティーダを眺めて、納得したように笑うと彼女はポケットに手を入れて何やらごそごそとまさぐっている。

「……じゃぁ、俺達は行くからな」

「ああ、助けてくれてありがとう、これはほんの気持ちだけど」

 そう言ってポケットから500ガメルを出して来て、ティーダに手渡した。思わぬ報酬にティーダは微妙な顔をする。


 金が欲しくて人助けをするようなヤツじゃないし、基本は奉仕精神の持ち主だからな…。


「気を使わなくても構わないんだが……」

「いや、冒険者の方々に助けて頂いたなら、謝礼はしないと!」

 そう言って彼女は颯爽と雑踏に紛れ、どこかへと行ってしまった。その後ろ姿を見送って、ティーダがぽつりと呟き、俺は返されたケープを腰のベルトに巻き付け直しながら、短く答える。

「…一体、なんなんだ、あの子」

「さぁな…」

 呟きのような俺達の会話は周りの雑踏にかき消されて、周りの空気に溶けた。






【攻略日記:雑感 五日目 03】


saAyu:さ〜て、改めて★集め継続が確定した訳ですが…。

ティード:次は6レベルか…。果てしないな……。

ティーダ:…6レベルまでは最短で4500点必要だな。ただ、他の技能も伸ばすとなると…ざっと、10000点くらいか。

saAyu:ですね〜、まぁ、★集めはね、〈剣のかけら〉だったり、ガメルだったりを黒剣騎士団に収めれば、それなりに稼げますし、ミッションやクエストで細々稼げますから、何とかなると思います。

ティード:実際、ここでは納品して★をいくつか手に入れてるんだな。

ティーダ:そうだな、今まで貯めた〈剣のかけら〉20個納品と10000ガメルの資金提供で、黒剣騎士団への貢献度点を10点と、★4個! 結構、効率が良いな。

ティード:どこが? 前にも言ったが、俺達が得た原資だからな。楽して稼いだっぽく言ってるけど、全然、楽してないからな!?

saAyu:まぁまぁ、持ってても仕方ない物はどんどん価値ある物に替えるのが良いと思いますよ〜。世の中ミニマリストってのが流行ってますし!

ティード:………。(それ、違う思う…)

ティーダ:…〈剣のかけら〉はともかく、ガメルを10000も提供しなくても良かったんじゃないだろうか…。所持金2000ガメル切ってるぞ?

saAyu:大丈夫です! 買う物買った後ですし、この後は共通ミッションを受注しますので、問題ないです!! 小銭入って来ます!

ティード:………。

ティーダ:そういや、中央門で出会ったあの子は一体何者だったんだろうか…。

ティード:そうだな…、良い身なりだったしどっかの令嬢だろ。…ただ、騎士に追われてるからって、『犯罪者』呼ばわりはいくらなんでも失礼だと思うぞ?

ティーダ:…うん、そうだな、皮肉のつもりだったが、失言だった。

saAyu:では、この後はギルドで共通ミッションを受けましょう! サイコロ振りますね〜、コロコロっと。…えっと『出目3』と『出目4』ですね。

ティーダ:出目4は『死体捜索巡回』…前に受けたな。

ティード:じゃぁ、もう一つの出目3の『行方不明者の捜索』を受けるか?

saAyu:そうですね、では、次は【ミッション23.行方不明者の捜索】を受注しま〜〜す。


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