4 サンリオンへの旅路
チェザーリの邸で〈ビスクーネ渡河許可証〉を手に入れた俺達は、その足で【茨の館】へ向かった。
昨日は門前払いだったのが、今日は応接間に通されて、ラトリッジ氏が入れた紅茶を飲みながら、ある人物を待っている。
「まさか、こんなに早く渡河許可証を手に入れて来られるとは思いませんでしたな…」
そう言いながら、空になった俺達のティーカップに二杯目の茶を注ぎながらラトリッジ氏が言った。
昨日の午前中にここを訪れて、門前払いされて、その後は死体の回収に行ったり、神殿跡で謎解きしたり、迷い込んだ先で死にかけたり…。
昨日の事なのに、目紛しくて一ヶ月くらい経ってる感覚だ。
感心したと言うラトリッジ氏にティーダが苦笑しながら答えた。
「…早い方が良いかと思って、手数料を払ってチェザーリ邸で発行して貰いました」
「……そう、でしたか」
ただ、ニコリと笑って答えるラトリッジ氏の面が僅かに歪んでいる。心底、チェザーリを軽蔑してるか、嫌悪してるかなんだろうな。
…コン、コン、コン。
と、応接間の扉が三度なって、扉の向こうから旅支度を終えた侍女のメアリーが入って来た。
「…お待たせしました」
不服そうに頬を膨らませて、俺達を一瞥すると直ぐに視線を背ける。どうやら、全くと言って良いほど信用されていないらしい。
あからさまに、不愉快だ、と言う態度を表すメアリーをラトリッジ氏が窘めた。
メアリーはラトリッジ氏の養女だそうだ。
「メアリー、…その態度は失礼だろう」
「…だって! …いえ、私一人でも大丈夫なのに」
メアリーが不機嫌に口を尖らせてる理由は明確だ。信用ならない俺達を護衛として伴い、サンリオンの町まで出掛けなければならないから。
昨日、ラトリッジ氏が俺達の実力を試す為、と言った依頼内容が、このメアリーの護衛だった。
ヴァイスシティからビスクーネ河を渡って、陸路で二日ほど歩いた所にある町、サンリオン。小高い丘の裾野にある田舎町で、メアリーはそこへ行くと言う。
彼女自身、俺達よりも経験を積んだ冒険者のようなものらしく、最初は丁重に護衛を断られたんだが、ラトリッジ氏の口添えで、同行させて貰える事になった。
俺達も旅に出る準備が必要だったから、新市街地の船着き場へ向かう前に【時計塔屋敷】へ寄って、ティエラさんに二、三日ヴァイスシティを離れる事を告げて、メアリーとは船着き場で落ち合った。
一時間ほどの船旅の間、メアリーは俺達とは殆ど会話をする事はなく、彼女の頑さにはさすがのティーダも匙を投げて、「…信用出来る人物だ、と認めて貰えるように頑張るしかないなぁ〜」とぼやいた。
やがて、船はサンリオンに一番近いビスクーネ南岸の小さな港町に到着し、そこからは徒歩だ。
「大丈夫か?」
と、船を降りる時に手を貸したんだが、「結構です!」とつれなく断られた。
…可愛げのねぇ
「ここからは西へ向かって歩きます。大体、二日程度でサンリオンには着けると思いますけど…、足手まといにならないで下さいね?」
相変わらずの仏頂面で地図を片手に、冷ややかな一瞥と共にそう言って、メアリーは街道を歩き出した。
「…手厳しいなぁ」
へらっと笑うティーダに、俺は「……チッ!!」と舌を打つ。いくら師匠の昔なじみの養女でも、限度ってもんがあるだろ。
平原を貫く街道を一時間ほど歩いていると周りの様子が変わった。
自生する低木が増えて、街道は次第に森の中へ入って行く。鬱蒼と茂る低木と陽の光を遮る高木の間を縫う様に街道は続き、森も深くなる。
森に入って暫くすると動物の気配がそこかしこに感じられるようになった。ここからは更に警戒して進まないといけない。
それは先頭を行くメアリーもティーダも感じていたらしく、三人同時に足を止め、素早く背中を合わせた。
「…何かいるなぁ、これ」
「ああ…」
嫌な気配の正体は分からないが、ティーダは暢気に苦笑する。それにメアリーが「笑ってる場合ですか!」と怒気を込めた一言を飛ばし、俺の目の前の茂みが揺れて、そこからグレイリンクスが二体現れた。
「グレイリンクスか…、しかも二体」
「なら、ちゃっちゃと片付けてしまうに限るなッ!!」
と、獣変貌をしたティーダが飛び出して、グレイリンクス二体の間に割って入り、反応の鈍かった方を一撃で仕留めた。それを見て、俺も残った方へ牽制の蹴りを繰り出し、拳を二発お見舞いすると、あっけなく二体とも地面に伏した。
速攻でグレイリンクスを
彼女を振り返って、俺は得意げに笑ってみせる。すると、彼女は鼻で笑って答えた。
「…なかなかのお手前ですね。まぁ、護衛なのですから、グレイリンクスくらい一撃で仕留めて貰わないと困りますが!」
そう吐き捨てて、街道をさっさと行ってしまった。その態度に俺は面食らう、護衛で付いてきているのだから、彼女を守るのは俺達の仕事だ。
…だが、だが! あの態度はなんだ!?
……なんなんだ、あの女はッ!!
沸々と沸き上がる怒りと苛立ちを持て余して、俺は「……チィッ!!」と、舌を打つ。
グレイリンクスから戦利品を剥ぎ取っていたティーダが追い付いて、苛ついてる俺の肩をぽんぽんと軽く叩いて宥めるから、それに「…うぜぇ!!」と、八つ当たりしてしまった。
俺に手を払われて驚いてはいたが、ティーダは苦笑いを浮かべて黙ったまま、俺の後を付いてきた。
森を抜ける頃には陽は傾き、夕方になった。この先は平原が広がっていて、身を隠せる場所がない事もあり、俺達は森の出口近くで野営の為のテントを張る事にした。
「メアリーさん、口に合うかどうか分からないが、良かったらどうぞ」
ラトリッジ氏が持たせてくれた保存食の干し肉と乾燥させた野菜を煮込んだスープが入ったカップをメアリーに差し出し、ティーダがニコリと笑う。
目の前に差し出されたカップを受け取って、メアリーは少し驚いたようにスープを見る。
「あ…、ありがとうございます」
ようやく、まともな反応を見せた彼女に、ティーダはホッとしたのか、笑顔のまま自分の分もカップによそい、スープの匂いを嗅ぐと一口啜った。
「ん〜〜、今日のスープはうまく出来たな〜。ティードも後で食べるんだぞ〜」
「ああ、分かってるよ…」
少し離れた所で、見張りに立つ俺にそう声を掛けてきて、焚き火の側で夕飯を喰うティーダに答えた。
辺りはすっかり暗闇に包まれ、俺達が
夜明けまでは12時間、三人で話し合い、二時間ずつ交代で見張りに立つ事にして、今は俺が見張りをしてる。
夜風に乗って、ティーダとメアリーの会話が
なにやら、俺について話してるみたいだが、よく聞こえない。
「……ティードさん、代わります。夕飯、食べて下さい」
交代の時間なのか、メアリーが松明を手に歩いて来て、そう告げた。相変わらず、四角四面の硬い対応に、俺も素っ気なく「ん? …あぁ、悪いな」と、答えて、焚き火の側へ向う。
「いえ…、あの…」
「あ? …なんだよ」
彼女の横を通り過ぎた時、何か言いたげに俺を呼び止めて、その声に振り返ると、メアリーは頭を振って「……いえ、何でもないです」とだけ言って背を向けた。
彼女のこの反応に、腹を立てるのも馬鹿らしくなって、俺は黙ったまま焚き火の方へ歩いて行く。
「…ほら、お前の分」
「…あぁ」
見張りを終えて戻って来た俺に、ティーダは干し肉とドライフルーツ、パン、スープの入ったカップを乗せた木製の皿を差し出してきた。それを受け取って、焚き火を挟んでヤツの向かい側に座る。
ティーダの作ったスープを啜って、一息。
………染みる。
ティーダの作る飯は旨いんだ…。
メリアルドに料理の手ほどきをしたのはティーダだから、当たり前なんだが。
取りあえず、腹を満たして一息つく。
焚き火を囲むティーダは二時間後の見張りの為に仮眠を取っていて、俺はひとり、ぼんやりと焚き火を眺めてた。
パチパチと燃える薪が弾ける音を聞きながら、揺らめく炎を見詰めていると、今までの疲れが急激な睡魔となって俺を包み込み、いつの間にか、うつらうつらとその場で眠りに落ちかけた。
その時。
「ティードさんッ! 起きて下さいっ!!」
メアリーのその声で覚醒して、丸めた上体を起こす。右側に動物の気配を感じて、素早くその場から飛び退くと、俺が座ってた場所にシャープネイルの鋭い爪が刺さった。
「……ッ、と、…危ねぇ」
メアリーに呼ばれなければ、猿野郎の爪をまともに食らってた所だった。
「…大丈夫ですか? 怪我は??」
「いや、大丈夫だ。…助かった」
「いえ…」
見張り場所から走って来たメアリーは、俺の無事を確認するとホッとしたように笑って、直ぐに持ってた松明でシャープネイルを威嚇しながら、俺の前へ出る。その間に俺は体勢を整え、焚き火の向こうで飛び起きたティーダもバスタードソードを構えた。
俺の前に出たメアリーの腕を掴んで、彼女を下がらせる。
「メアリー、下がってろ」
「え? あ…私も戦えます!」
経験値は俺達より上だ、とでも言いたいのか、俺の指示に食い下がりやがった。
ったく、本当に可愛げのない奴だ。
彼女の言い分に溜め息を
「それは俺達の仕事。…だが、仕留め切れなかった時は…、頼む」
「はい! …分かりました」
俺の提案に、自信ありげに大きく頷いて笑うと、彼女はアイアンボックスを装着した両拳を構えた。
おぉ、これは頼りになりそうだ…。
甲高い悲鳴を上げて、シャープネイルが逃げて行った。
腹を空かせて俺達の食料を狙って森から出て来たんだろうが、俺とティーダ、そして、メアリーの連携の前に敢えなく退散と言った所だ。
逃げ去った猿を見送って、俺達は一息つく。そして、誰からともなく笑って、拳を付き合わせた。
翌朝、軽い朝飯を食って、日の出と共に歩き出す。途中、街道沿いで休憩している時に行商人の馬車が通りがかった。
陽気な行商人はジョンと名乗り、俺達の目的地がサンリオンだと知ると、同じ方向へ行くから馬車に乗せて行ってやると申し出てくれて、御者台に一人、荷台に二人乗せて貰える事になった。
……なんでこうなる。
黙り込むメアリーの隣で、俺はそんな事を心内でぼやいた。
ジョンの提案で、簡単なゲームで荷台に乗るヤツを決めようって事で、カードでジョンと同じマークを引いたヤツが御者台、ハズしたヤツは荷台、と言う事になったんだが…。
俺とメアリーが荷台になった。
隣で一言も発さないメアリーに、俺も沈黙で答えた。
昨夜の一件で少しは打ち解けたかと思ったんだが、彼女の態度は相変わらず、硬化したままだ。俺はティーダほど寛容じゃないし、友好的じゃないヤツに気を使うのも馬鹿らしい。
ゴトゴトと馬車が進む音だけが響いて、のどかなもんだ。御者台ではティーダとジョンが何かの話題で盛り上がっていて、楽しそうだ。
「あの…、ティードさん」
「あ? …なに?」
重い沈黙に絶え兼ねたのか、メアリーがぼそっと俺を呼ぶ。その声に短く答えると、メアリーから思いもしない質問が飛んできた。
「…ティードさんも養子なんですよね?」
「え? …ああ」
「あの、……ご両親の事って」
「どっちも覚えてねぇな」
面倒くさい質問の羅列に、俺は透かさず答えて、鬱陶しいと態度で表した。俺の不愉快を察知したのか「…そう、ですか」とだけ呟いて、メアリーはまた黙り込んだ。
再びの沈黙。
「…なぜそんな事を聞く?」
彼女に背を向けて荷台の縁に片肘を付き、流れて行く景色をぼんやりと視界に映して、今度はこちらから問いかけた。
「あ、いえ、その…。私も両親の事をあまり覚えてなくて、なんというか…その」
「養父がラトリッジ氏じゃ不満か?」
「いいえ! …決してそんな事は。…ただ、どんな人達だったのか知りたいなって思って」
「…自分を捨てた親なんか忘れろよ」
肩越しに彼女を見れば、俺の言葉の意味が理解出来ない、とでも言いたげに首を傾げている。じっと俺の目を見詰めながら、彼女は絞り出す様に答えた。
「……捨てられたとは限らないじゃないですか」
「あ?」
そう言えば、メアリーは戦災孤児だと言っていたか、なら、俺とは違うな。
彼女は捨てられた訳じゃない。
「…何か事情が…」
食い下がる彼女の言い分に、俺は鼻で笑う。親が子供を捨てる『事情』ってなんだよ。内心でそう悪態ついて、俺は彼女の言葉を吐き捨てるように否定した。
「ねぇよ、そんなもん…。少なくとも俺の場合は手に負えなくて捨てたんだよ」
「……ナイトメア、だから?」
その一言が、思いがけず俺の感情を揺さぶって、同時に心を抉った。
体の奥から沸き上がる怒りとも嘆きともつかない罵詈雑言が口から溢れて、メアリーにぶちまけそうになるのを堪え、出来るだけ冷静に短く応える。
握りしめた拳が震える、吐き出した声も揺れていた。
「……だろうな」
「………」
視線を合わせようとしない俺の横顔を見詰めて、メアリーは申し訳なさそうに表情を歪めると、不意に視線を外し、その後、彼女はそれ以上の事は聞いて来なかった。
重苦しい空気のまま馬車はサンリオンの町に到着した。
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