2 ビスクーネ河を渡って



 エドワード・ラトリッジ氏からの書簡を受け取った数日後、俺とティーダはヴァイスシティへと渡る船に乗っていた。

 渡し用の十人くらいは乗れる規模のゴンドラだが、乗客は俺とティーダだけだ。悪名高いこの街へ渡る物好きなんて、そうは居ない、ってわけだ。


 ヴァイスシティは、コルガナ地方を南北に分断するビスクーネ河北岸の城塞都市だ。一般的に、ビスクーネ河北岸をコルガナ地方と呼ぶが、行政的には南岸沿いの数十キロ圏も含む。

 コルガナ地方の北限には、奈落があり、日常的に魔神からの侵攻に抗っている土地柄だが、ことビスクーネ北岸からの地域は、その度合いが南岸地域とは比べ物にならない、危険な土地だからだ。


 俺の向かいでティーダは眠そうな顔をして、欠伸をひとつ吐き出した。

 残して来たメリアルドを一晩中なだめて、説得してたんだろう。何が起こるか分からないこの街に、彼女を連れて来るつもりは俺にもティーダにもはなからなく、『一緒に行く! 連れてって!』とごねる彼女を説得するのに時間がかかった。

 養父である師匠を亡くし、その上、兄と慕う俺達も危険な街へ旅立つとなれば、不安にもなるだろう…。


 あいつには悪い事をしたな…。


 そんな事を考えていたら、今朝、出発する時の彼女の恨めしそうな顔が不意に脳裏をよぎる。

 言い様のない表情かお、今にも泣き出しそうな顔で『絶対に帰って来てね、ボクを一人にしないでね…』と言いながら、俺にハグをして、まじないのつもりなのか頬に軽くキスをしてくれたから、「…必ず戻るさ」と答えて、俺もあいつの頬にキスを返した。

 そして、メリアルドはティーダと熱い抱擁と口付けを交わして、互いにしばしの別れを惜しんだ。


 ……勝手にやってろ。


「……ティード」

「ん? …なんだよ」

 近付くヴァイスシティの城壁をぼんやりと眺めていた俺に、ティーダが声を掛けて来た。

 いつもと違って少し低い声音だったから、何事かと思って振り返れば、ヤツは俺の目の前に一振りの剣を差し出していた。

「これをお前に渡しておく…」

「は? ロングソード? …俺、拳闘士グラップラーだぞ」

 刀剣武器を必要としない俺は、不服を隠さずにそう言いながら、内心で『なんの冗談だよ、荷物になるじゃねぇか…』なんて悪態をついたんだが、ヤツはそれを見透かしたように苦笑して言葉を続ける。

「ああ、そうだな。でも、これはお前のものだから…」

「?……」

 ただならないティーダの雰囲気に気圧されて俺は目の前の剣に手を伸ばした。

 ずしりと重い、見た感じはなんの変哲もない剣だ。鞘から剣を少し引き出してみる、刀身が黒い。

「黒い…ロングソード?」

 怪訝そうに剣を見る俺にティーダがぽつりと答えた。

「…お前の実の父親の形見だ」

「は?」

 驚いて顔を上げる。元々、たちの悪い冗談を言うようなヤツじゃないが、俺には悪い冗談に思えた。だが、そこにあるのはティーダの真摯なそれで、俺は何も言えなくなった。

 言い返せない俺に代わってティーダが言葉を続ける。

「…父さんがお前を託された時に、一緒に預かったらしい」

「……どういう事だよ?」

 険しい表情で、少々キツい語調になった。俺の心情を察して、出来るだけ穏やかにヤツが答える。

「オレも詳しい事は聞いていないんだ。…ただ、お前がヴァイスシティへ戻る事があるなら、これを渡して欲しいって…」


 俺を捨てた実父の形見?

 そんなもの、今更貰ってなんになる…。

 古ぼけた剣一本、俺に残して満足だったとでも言いたいのか…?


 困ったような苦笑のまま答えるティーダに、俺は持て余した苛立ちをヤツにぶつけた。

「…今更だな、今更…なんだってんだよ」

「うん、そうだな。…でも、お前を助けるかもしれないぞ? とても大切にされていたみたいだし、手入れが行き届いてた」

 俺の手の中の剣を見るティーダの表情は穏やかだ、この剣自体から何かの『情』を感じ取ったのかもしれない。

 人の心持ちをおもんぱかれる気の優しいヤツだから、…そう言う所は羨ましくも思うし、こいつの甘さの現れで少し苛つく。

「…親父から預かった後は? …お前が手入れを?」

「ああ、ティードの大切な物だからな…」

 向けられたティーダの慈しみに溢れた笑顔に俺は…。


「……ありがとう」


 思わず、口をいた。

 こいつに礼を言ったのなんて何年ぶりだろう…。


 もの凄く照れくさかった。それに、こう言う素直な様子を見せると、ティーダは兄貴ぶるから最近は出来るだけ素っ気なくしてたんだが…。

「なんだよ〜、そんな素直に礼を言うなんて、何年ぶりだよ〜。兄ちゃん嬉しいぞぉ〜」

 案の定、向かい合うヤツの顔が嬉しそうに、ぱぁ〜っと明るく華やぐと、煩いほどにヤツの耳と尻尾がパタパタ動いて、わざわざ俺の横に移って来てがっしりした腕を俺の肩にまわすと、メリアルドにやるように頭をわしゃわしゃと撫で回しやがる。

「あぁッ!? ッ…知らねぇよっ! 離せッ!」

 そうしている内に船はヴァイスシティ新市街地の船着き場に接岸し、船頭が鬱陶うっとうしそうに、わちゃわちゃやってる俺達を見て「降りるならさっさとしてくれ〜」と声をかけて来た。その声に俺とティーダは船頭に渡し賃を渡して船を降りた。


 船着き場ではヴァイスシティを警備する衛兵が人や物の出入りを監視しているようだった。船着き場自体は簡素なもので木製の桟橋に土がむき出しの地面、街を取り囲む城壁は灰色の岩を重畳ちょうじょうと積み上げたもので、それだけで圧倒的な重圧を感じる。

 上陸した俺達の姿を見て、衛兵の一人が面倒くさそうな顔をして歩み寄って来た。

 いかにも冒険者風の格好をした俺とティーダの姿を一通り眺めて、小馬鹿にしたように『ふっ…』と笑って『渡河許可証は持ってるか?』と聞いて来た。

 その問いに俺達が「…否」と答えると、河を渡って方々へ行くのに必要になる〈ビスクーネ渡河許可証〉の話をしてくれた。

 聞いてもいないのに、許可証制度を導入したこの街の実力者、チェザーリって言うエルフと、ナグーザーバラとか言うドレイク野郎の話やら、どこで許可証が手に入るかなどを丁寧に教えてくれる。


 …なんだ、意外に良いヤツだ。


 俺達の目的はただ一つ。

 この街のどこかにいるエドワード・ラトリッジ氏に会い、師匠の代わりに手助けする事。

 まずは、ラトリッジ氏の所在を探すため、俺達はミルタバル神殿市場にある盗賊ギルドを目指す。

 手紙が届けられた日、俺とティーダは手紙を届けにきた冒険者達を追い、色々と聞き出すと『冒険者ギルド』ではなく『盗賊ギルド』からの依頼だと教えてくれた。

 正規ルートでのお届け依頼ではない時点で、俺とティーダは『何かある』と直感した。


 船着き場を出て、街の中へ入る。石造りの比較的奇麗な町並みが広がっていた。

「……想像してたのと違う」

 俺の隣でティーダが目を丸くしてる。

 そりゃそうだろ、今居るのは【新市街地】だ。破壊され蛮族に蹂躙じゅうりんされた【旧市街地】を捨てて作り直された街なんだから。他所の、俺達が住んでる街とさほど変わりはしない。


 城壁の外には旧市街が広がっている。俺にとっては、そこが『ヴァイスシティ』だ。


 ぽかん、と呆けたように周りを見回すティーダに、声をかける。

「取りあえず、冒険者ギルドに行ってみるか?」

 まずは、ここで活動するための証明書類を確保する。そのために、この街の冒険者ギルドに行く必要がある。盗賊ギルドは、一旦、後回しだ。

 相変わらず、周りをキョロキョロと興味有りげに見回す兄貴を、俺は『呆れた…』と一瞥して歩き出し、俺の後を追いながら、ティーダが答えた。

「そうだな。…しかし、神殿が盗賊ギルドを兼ねているとは……」

 公明正大〝正義の神〟として信仰されるティダンの神官であるティーダが、憤慨…と言うよりは落胆したように言った。

〝神の指先〟ミルタバルは『冒険者の神』と知られている大神メジャー ゴッドだが、『盗賊の神』の一面も持っている。その神の神殿なのだから、盗賊ギルドを運営していたとしても驚きはしない、特にこの街でなら。

 ミルタバルの神官にすれば、『教義』を純粋に学び、その技術を高めた結果、窃盗に手を染めるなら、神の教えを遂行する熱心な信者として受け入れるのも、また『慈悲』ってやつなんだろう。そう思いながら俺は茶化すようにティーダに答える。


 血の繋がりがなく、押し切られたとはいえ、『妹』を恋人にしたヤツが何言ってんだか…。と呆れながら。


「まぁ、この街ならあり得るだろ。世の中、生臭坊主なんてヤツはといるからな、お前を含めて」

「……オレは元々戦士の生まれなんだよ。ある日、ティダンの啓示をだな…」

 ヤツにも俺が言わんとする所が分かったようで、気まずそうに答えた。

 ティーダの生活振りは『神官』のそれとはかけ離れてる、『禁欲』なんてものは欠片もない。腹が減ったら満足するまで喰い、夜は女を抱き、眠たくなったら寝る。

 ただ、ヤツの中にも最低限の信仰心はあるらしく、時折、ティダンに祈りを捧げてるのを見た事はある。

「はいはい、その話は耳タコなんだよ、さっさと行くぞ〜」

 幾度となく繰り返された『弁明』を、聞き飽きた、と、あしらいながら、俺達は冒険者ギルド〈黄金の盾〉へと向かった。






【攻略日記:雑感 一日目 2】


saAyu:はい、そんなわけで、ヴァイスシティへ乗り込みました〜! 思いがけず、ティーダさんの性癖も暴露されましたが…。

ティーダ:…別テキストの設定を活かしたかったのはアンタだろ…。別テキストのオレとメリア(メリアルドの愛称)は真っ当な関係だからな!

saAyu:ですね〜(笑) いやぁ、私の中のティーダさんが『メリアルドが恋人』って言うのは、そこは譲れないって言ったんで。まぁ、彼女が登場するのは冒頭だけなので、この際、ティーダさんの性癖は横に置いといて。ティード君にはお父さんの形見がある事が判明しましたね。

ティード:…だな。さっき聞き忘れてたが、俺がヴァイスシティ出身ってのは最初から決めてたのか?

saAyu:いいえ〜、思いつきです。本書にはどちらでも良いと書いてあったので、最初は元の設定のまま行こうかと思ったんですけど、この単独プレイ用にデータ作り直しましたしね、出身者でも良いのかな? と、思いまして。

ティード:……(思いつき…)。

ティーダ:ほぉ〜。あ、じゃぁ…オレとティードが兄弟ってのは?

ティード:…別テキストではゴリッゴリの恋敵ライバル同士だが?

saAyu:それに関してもなんとなくです。設定を大きく変えるなら、兄弟でありつつ恋敵でも良いかな~と。ただ、あちらの『ティード』と、ティード君あなたは別人ですよ?

ティード:…そうなの?(顔には出てないけど、めちゃくちゃ驚いてる)

saAyu:はい。基本的な思考性は変わりませんが、私の中では別人格です。髪型も微妙に変えてますしね(ニコッ)

 話を戻しますが、ヴァイスシティの出身ってのも、経歴表のダイスロールで比較的ティード君の設定に組み込みやすい目が出たから、そうなっただけで、別の経歴だったら違ったかもしれませんね〜。

ティーダ:…ああ、形見の黒い剣な。

ティード:今の所、どんな代物なのか全く分かってねぇけど…。一応、腰に下げてるけどさ、……戦闘の時、邪魔だなぁ〜。命中判定に影響すんじゃねぇの…?(苦笑)

saAyu:まぁ、キーアイテムかどうかも分かりませんし、キャラクターシートの【腰】の所は空いてますから、大丈夫ですよ。では、現状の整理をしましょう!

ティード:まずは、後々必要になりそうな〈ビスクーネ渡河許可証〉を手に入れるんだろ? それから、既に受注した【ミッション03.ミルタバル神殿の盗賊ギルド】を解決する為に、ミルタバル神殿に行く。

saAyu:ですね! で、本書によるとですね〜。……(本書確認中)え〜っと〈ビスクーネ渡河許可証〉を手に入れるためには〈ヴァイスシティ住民証〉が必要で、更に〈剣のかけら〉か〈アビスシャード〉を合計で15個納品しないとダメみたいです…。

ティーダ:〈剣のかけら〉か〈アビスシャード〉を合計で15個か…、なかなかハードル高いな。

saAyu:まぁ、冒険してれば勝手に貯まっていきますよ!(←楽観的) あとは…チェザーリって言うエルフの屋敷でも入手出来るようですねぇ……、3000ガメルかかりますけど。

ティード:は? 3000ガメル!?

saAyu:……はい。あ〜とは、船乗り協会って所ですが…。場所は衛兵さんから聞いてます?

ティーダ:いや、知らないと言っていたな…。

ティード:労力を考えれば船乗り協会で発行して貰うのが手っ取り早そうだな。

saAyu:…今の所、場所が分かってないですがね〜。で、〈ヴァイスシティ住民証〉なんですが、こっちは冒険者ギルド〈黄金の盾〉に登録(無料)して、500ガメル払えば発行してもらえるみたいです。

ティード:やっぱり、金がいるのか……。

ティーダ:まぁ、地獄の沙汰も金次第って言うからな……(苦笑)

saAyu:この世界ラクシアに地獄があるかどうかは別にして、さて、どうしましょうか?

ティード:まずは冒険者ギルドで冒険者登録して、金稼いで〈ヴァイスシティ住民証〉を手に入れて、〈ビスクーネ渡河許可証〉を手に入れる、じゃないか?

ティーダ:まぁ、妥当だな。

saAyu:では、冒険者ギルドで登録して、諸々、クリアしていきましょうかね?

ティード:…言い方よ。…のに他人事だな。

saAyu:何事も、客観視は必要ですよ? ティード君(ドヤ顔)

ティード:………(イラッ)。

ティーダ:そう言えば、さっきの雑感パートで『配置』について問題発生してなかったか?

saAyu:あぁ! アレデスカ〜。…解決してますよ(ドヤっとにこり)あのあと、本書を確認して、【ミルタバル神殿市場】はマップに配置してます!

ティード:……どうせ、本書の単独プレイはキャラ作成したら『シナリオ本編に進め』って説明を鵜呑みにして、ヴァイスシティにおける諸々のルール解説を読み飛ばしたんだろ。

ティーダ:素直が過ぎるな……。

saAyu:だって〜、そう書いてあったから〜(汗)。

ティーズ(ティード&ティーダ):……はぁ〜ぁ(溜め息)。


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