第一章 冒険者ギルドと最初の依頼
1 冒険者ギルド〈黄金の盾〉
「ここか…」
目の前の大きな建物を見上げて、ティーダが呟いた。
新市街地にある【冒険者ギルド〈黄金の盾〉】は石造りの立派な建物で、多層階建てだ。一階がギルドでその上が宿屋だったり、冒険者宿舎だったりするんだろう。どこの街でも大きな冒険者ギルドは大抵同じような造りだ。
凝った意匠の玄関扉の上には〈黄金の盾〉と看板が出てて、冒険者らしきヤツらが引っ切りなしに出入りしている。
扉をくぐるとギルド内の喧噪が俺達を包み込んだ。
どこの街でも
時刻は正午。
昼飯時だ。朝が早かった事もあって、俺達はまず腹ごしらえをする事にした。
どこにでもあるような、野菜と肉を煮込んだスープとパンを胃袋に詰め込んで、一息
「よし、腹もいっぱいになったし、まずは冒険者登録だな!」
「…ああ、そうだな」
食堂を出て、ギルドホールを横切る。
重厚な鎧に身を包んだ戦士や、死線をくぐって来たであろう冒険者達が依頼ボードの前にいて、その姿を見て彼らの気配に気圧されたのか、ぼんやりしてるティーダの肩を小突いて、俺はホールの奥にあるカウンターへ向かう。
後から慌ててティーダもついてきた。
人間の受付嬢が微笑みながらお決まりの台詞で出迎える。
「ようこそ!〈黄金の盾〉へ。本日の御用はなんでしょうか?」
「冒険者登録をしたいんだが…」
「承知しました! では、こちらの用紙に必要事項をご記入下さい」
そう言って差し出された紙にそれぞれ書き込み、受付嬢に渡す。
書類を確認しながら、時折、俺とティーダをちらちら見てくる。おそらく、書いてる内容に相違がないかの確認なんだろう。
「…はい、では…問題ないので、お二人とも登録させて頂きます! 冒険者保険への加入はいかがしますか〜?」
「ん? 冒険者…」
「…保険?」
そんなの聞いた事がない。
ティーダと俺の反応を見て、受付嬢は嫌な顔を見せずに『保険』についての説明をしてくれたんだが、保険加入は見送った。
一人当たり一ヶ月500ガメルは高い…。いや、まぁ、加入金に見合った保証内容ではあったんだが…。
そもそも、保険料を払うだけの所持金がない。……金がないって、世知辛い。
「では、早速ですが、お兄さんたちにもこなせそうな依頼が一件あるんですが…、受けられます?」
保険加入を見送った俺達の
「内容は?」
「では、ご説明しますね〜」
俺達に紹介された依頼は、【時計塔屋敷】というアパートメントの管理人、ティエラ・クヴァシルというナイトメアの女性が、屋敷周辺を騒がせている通り魔の退治を依頼して来てるらしい。
報酬は一人あたり1500ガメル。
「うん、…困ってるご婦人を放ってはおけないな!」
依頼書から顔を上げたティーダがそう言って、その言葉に俺は肩を竦めて答える。
「…まぁ、当座の金は必要だしな、俺達で出来るなら、受けるよ」
そう言って、俺達は冒険者ギルド〈黄金の盾〉を後にして、依頼人が待つ【時計塔屋敷】へ向かった。
時計塔屋敷に着いたのは午後二時頃。
木造のそれなりの大きさの屋敷で、周りは石塀で囲まれ、小さな庭がある。見た感じ、貴族のお屋敷だったような
屋敷の呼び鈴を二、三度鳴らすと、玄関から管理人だろう若い女性が現れた。その姿に少し戸惑う、それはティーダも同様で、どうやら俺と同じく、もっと
俺もティーダも俺以外のナイトメアを知らないから、ギルドで年齢を聞いた時に150を越えた老婆なのかと思ったんだが、年を取っても姿が若いままなのは、ナイトメアの身体的特徴なのかもしれないな…。
まぁ、それはどうでも良い事なんだが。
彼女を見るなり驚きを隠さないまま黙ってしまった俺達に、ティエラさんはクスリと笑って尋ねてきた。
「…新人冒険者の方ね?」
「あ! はい、そうです。貴方がティエラ・クヴァシルさんですか?」
彼女の問いにティーダが答えて、ティエラさんは頷いて優し気な声音で答える。
「ええ、そうです」
柔らかな微笑みを返されて、ティーダは見惚れたように、ぽや~っとだらしなく笑う。それを横目に見て、『女には弱いからな…こいつ』と、俺は呆れつつ独り言ちた。
「…あの、オレたち…冒険者ギルドで紹介されて…」
少しでも良く見せたいのか、至極、よそ行きのキリッとした微笑みを浮かべて、ギルドから来た事を告げると、それに「あら、そうなのね〜」と、ティエラさんは朗らかに応える。
やたらとテンポの遅いティーダと彼女のやり取りに、俺は少し苛ついて自分でも思いもしないくらいの素っ気ない言い方で申し出る。
「…ギルドでアンタの依頼を請け負って来た、事情を説明してくれないか?」
「まぁ、それはありがたいわね。どうぞ、中へ入って、お茶でも飲みながらお話しするわ」
そう言って人好きのする笑顔で答えた彼女に、俺とティーダは素直にその言葉に従った。
時計塔屋敷は冒険者ギルドが運営する新人冒険者向けのアパートメントらしいが、内装は貴族が暮らしてるんじゃないか、と思えるくらいに華麗で豪華なものだった。
…没落した貴族が格安で売りに出したんだろうな。
オーク材の床板、華やかな模様の壁紙、全体的に抑えられた色調、上品で高級な雰囲気が漂う。
ティエラさんはこの屋敷の管理と手入れを一手に引き受けているらしい。
通された管理人室には上等なソファーとテーブル。そこに腰掛け、室内の調度品を眺めていると、暫くしてティエラさんがお茶のセットを乗せたワゴンを押して来た。
湯気の立つティーカップを前に、俺達は彼女から事情説明を受ける。
数日前から、この時計塔屋敷の周辺で通り魔による被害が続出しているらしい。襲われた人々の証言から、通り魔の正体は手下を連れたボルグで、出没する時間帯は午後六時から翌朝五時までの夜間だと言う。
「今、ここに住んでるのは子連れの娼婦さんや元坑夫のおじいさんで、皆、不安がっているの。そこで貴方たちに通り魔の退治をお願いしたいんだけど…」
「まぁ、受けるつもりで来てるからな、やるよ。通り魔退治」
俺の答えに彼女は満足そうに笑って一言礼を言った。
「ふふ、ありがとう」
「…でも、通り魔が出現する夜まで時間があるな…」
不意にティーダが時計を見上げて呟く。俺もそちらを見る、時刻は午後三時、夜まで三時間ほどある。
「…後回しにしてたが、ミルタバル神殿の方を見て来るか?」
ボソリと呟いたティーダに答えて、俺は棚上げにしていたミルタバル神殿市場の様子を観に行く事を提案する。
出没時間までここに居ても良いんだが、時間が惜しい。
それはティーダも同じ考えだったらしい、俺の提案にコクリと頷いた。俺達の様子を伺っていたティエラさんがここに止まっても良い、と提案してくれたんだが、俺達は神殿の方へ行く事に決めた。
「夜までここに居るならお部屋とお食事を用意しますよ?」
「いや、別件で行く所があるんです、そちらの方を見て来ます」
「そうですか、では、いってらっしゃい」
申し出を断ったティーダに、ティエラさんは柔らかな微笑みを浮かべながら言って、俺達は出された茶菓子を頬張って茶で流し込み、時計塔屋敷を後に、一路、ミルタバル神殿市場へ向かう。
後で聞いた話なんだが、管理人のティエラさんは元冒険者で、現役の頃は〝雷帝〟と呼ばれるほどの、ヴァイスシティ屈指の冒険者だったらしく、その実力は引退した今も維持されていて、どうやら通り魔退治は〝新米冒険者〟への腕試し的な実力テストだったらしい…。
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