3 死体回収という仕事



「はぁ〜〜〜〜ぁ」

 冒険者ギルド〈黄金の盾〉に併設された酒場の端の二人掛けのテーブルに座って、俺は大きく溜め息を吐き出した。目の前にある芋を揚げたヤツフライドポテトを乗せた皿を弄びながら、自分でも思っていなかったほどの落胆の感情を、どこに持っていったら良いのかが分からなくて、ただただ、溜め息をき続けてる。


 ……自分でも、らしくねぇって思う。


「…まぁまぁ、そんなに溜め息ついてると、幸運の女神が逃げていくぞ〜」

 大らかに笑うティーダの暢気な笑顔を見ていると、意地けてる自分がさらに情けなくなる。

「……すげーたらい回し感」

「ん〜、仕方ないだろ、オレたちは駆け出しで、〈ビスクーネ渡河許可証〉すら入手出来ないんだから」

 意地ける俺を苦笑しながら見て、皿の中に残っていた芋をつまみ上げ、ティーダがそれを口に運ぶ。

 美味そうに芋を喰う兄貴を見てると、狼どころか『熊』に見えてくる。


 リカントの中でも上背があって、そこに筋肉が乗っかるから、ティーダの体躯はがっしりしてて、でかい。親父が『熊』のリカントだったから、体が大きいのは遺伝なんだろう。

 顔つきも、年々、親父の面影が濃くなってる。

 そんなヤツが背を丸めて旨そうに芋を食う、その姿がなんだか可笑しくて、俺は思わず笑ってしまった。

 そして、在りし日の親父との思い出が不意に甦って、なんだかほっとしたんだ。


 家族になったばかりの俺の警戒心と緊張を解す為だったのか、二人で食い物を取り合ってる姿。その滑稽な様子に、あの時も思わず笑ってしまったんだった。

 その事を思い出して、笑いが自然と出て来た。今思えば、あの時に俺はティーダの『弟』になれたんだな。

 目の前でくつくつと笑い出した俺を見て、ティーダは不思議そうに首を傾げているが、俺が笑ってるのが嬉しいのか、満足げだ。


 ウジウジしてても仕方ねぇか…。


「…なぁ、取り敢えず、船乗り協会って所にあたってみないか?」

「ん? …でも、詳しい場所は調べないといけないぞ?」

 俺の問いかけにエールの入ったジョッキを呷ってから、一息いてティーダが答えた。


 そうだった、西街区近くにあるってだけで、ラトリッジ氏も詳しい場所までは知らなかったんだな…。


「……手間だがその辺の奴らに聞いてみろよ」

「構わないが、…たまには自分で聞いてみたらどうだ? いつまでも『人見知り』じゃぁ、この先、困るぞ?」

 耳の痛い事を兄貴面でティーダが返してくる。

 ナイトメアののせいで俺は交渉事が苦手だ。大抵の奴は俺の頭に角を見つけると、避けるか逃げるかする。俺が危害でも加えると思うのか喧嘩腰だったりするからな…。


 その事を兄貴ティーダは知ってるから、心配してくれてるんだろうが、…余計な世話だ。


 ティーダのその言葉に誤魔化しつつ答える。

「……別に人見知りじゃねぇし、…ちょっと面倒なだけだ」

「じゃぁ、ティードが聞いて回れよ」

 頬杖をつきながらそう言って、ニコリと笑い、聞き込みを促すように店内を親指で指した。それに俺はふいっ、と無言のまま明後日の方向を見る。その反応にティーダは笑顔を苦笑いに変えて『仕方ないな…』と溜め息を吐いて言葉を続けた。

「…お前が聞き込みしないなら、地道に〈剣のかけら〉か〈アビスシャード〉を集めて、納品するしかないだろ?」

 今回に関しては俺の代わりに『聞き込み』をしてくれるつもりは無いらしい。面倒な事はティーダに押し付けて来たからな…、兄貴も俺のこの『癖』には呆れたのかもしれない。

 ひとまず『船乗りの協会』は諦めるか…。そう内心で呟き、仕方ないから話題の方向を変える事にした。

「……西街区に行けばチェザーリってヤツが売ってくれるらしいが…」

「3000ガメルはな…。ここの滞在費やら、なんやら考えたら…、今はちょっと手が出せないな…」

 そう言いながらヤツは財布の中を覗き込んだ。

 昨日のトカゲ捕獲と通り魔退治をこなした報酬は合わせて2500ガメル。そこに蛮族共を倒した時に手に入れた戦利品を金に換えて、必要経費を引いた所持金は790ガメル。

 この金額じゃ、金で渡河許可証を買える筈もなく…。


 はぁ…、金がないって、本当に世知辛い。


「よぉ、あんたらが登録したての新米冒険者かい?」

 酒場の端で軽食スナックを摘みながら、浮かない顔をしていた俺達の様子を見かけたのか、ここのベテランが声を掛けて来た。

 そいつらを見上げれば、俺達よりもかなりの年嵩で、いかにも熟練した冒険者って風体ふうていで、頼もしい感じがする。

 俺は黙ったままで声を掛けて来た同業者を見上げて、ティーダに目配せした。こういう時はティーダに対応を任せるのが正解だ。


 俺だとトラブルになりかねない…。


「…そうだが、何か用事だろうか?」

 目上の者には敬意を払うのがヤツの信条だ、座ったままでは失礼だとでも思ったんだろう。わざわざ席を立ってにこやかに対応するが、警戒心は隠してない。

「ははっ、そんなに警戒しないでくれないか? なに、金に困ってるようだったから、良い仕事を持って来たんだ」

「……良い仕事?」

 そこで、テーブルに頬杖ついて様子を伺っていた俺は上体を起こして、その男に答えた。話に乗って来そうな俺の様子に気を良くしたのか、朗らかな笑顔でリーダー格の男が続ける。

「ああ、ここでは仕事だよ、ちょっとキツいけどな」

 俺はティーダと顔を見合わせて、少し考えてから肩を竦めて、判断をヤツに任せた。どちらにせよ金は必要だし、ティーダの判断なら信用出来る。



 二時間後、俺達は【茶会通り】と言う寂れた通りにいた。

 以前は高級住宅街だった面影があちこちに見て取れる。ギルドで声を掛けて来たヤツらの話によると、魔神や蛮族との戦いの影響で、こんな寂れた様相に変わってしまったらしい。

 どの館も石塀は崩れ落ち、壁面は塗装が剥がれて、下材が露出している建物が多い。


 俺達が誘われた仕事は『死体捜索巡回』と呼ばれる、冒険者ギルド内にある『死体回収業者』が定期的に発注しているもので、担い手が居ないらしく、〈黄金の盾〉に所属する冒険者で輪番制にしているらしい。


 俺達を誘ったヤツらは、人間のウォーレン、ドワーフのダルガッツ、ティエンスのマルティナと言った。

 リーダーはウォーレンで年の頃は三十代半ばから四十代前半くらいだ。短髪の黒い髪に茶色の目、左目には大きな切り傷があって、年々、視力が落ちて来てるらしい。

 ダルガッツは典型的なドワーフの中年で、赤茶色のくせ毛気味な髪と長く伸ばして編み込んだ髭が自慢らしい。

 …手入れが大変そうだ。

 マルティナは黄味かかった緑色の髪が奇麗な女性で、見た目は俺と変わらない年代なんだが、途中、何度か『眠っていた』らしく、実際はウォーレンよりも年上らしい。ティエンスは初めて見たが、素直に美しい種族だと思った。


 陰気な通りを歩きながら、ウォーレンが後ろを歩く俺達を顧みて苦笑う。

「すまんな、駆り出しちまって。……俺らも年を取ってなぁ、若手の助けが欲しいと思ってたんだ」

「いや、こちらこそ。色々な経験を積みたいと思っていたので、ありがたいです」

 至極、優等生な言葉を返すティーダに俺は『……ケッ』と内心で悪態づく。


 ギルドで声を掛けられた後、詳しく話を聞いていたら、報酬は渋いわ、内容は死体回収だなんて縁起悪いわ、で、俺は乗り気じゃなかったんだが、マルティナの「困っているの…」って一言に、ティーダはいつものように「オレたちで良ければ、是非!」とお人好し全開、おせっかい発動で受けやがった。


 …まぁ、受けるかどうかの判断を託した時点で、ティーダの答えは分かってたんだが。


【茶会通り】の端から端までを探索しながら進む。

 大通りに繋がる小路はどこもひっそりしてて、気味が悪い。一応、今でも住人がいるにはいるらしいが、最盛期の半分も残ってないらしい。


 …この地域一体が死んでるようだ。


 茶会通りのメイン通りは石畳の路面で、道幅も割と広い、かつてはこの街を彩った並木は、等間隔に植えられていて、枯れたり傷んだりしたものが多く、行政だか自治団体だかの手が回っていないのか、根元は雑草に覆われてる。

 暫く歩いて、先頭を行くウォーレンとマルティナが足を止めた。その先に視線を遣ると、行く手の植木の影に横たわる人影があった。

 ウォーレンとマルティナが注意深く、警戒しながらその影に近付き様子を窺う。離れた所から二人の様子を見ていた俺達を顧みて手招きをした。大丈夫だと判断したんだろう、彼らの手招きに応じて植木の元へ向かう。


 木の下に横たわっていたのは、新米冒険者だろうか、若い女の死体だった。辺りを探索するが、他に死体はない。新米が単独で動くなんて事はほとんどない、負傷して足手まといにでもなったか。


 仲間に見捨てられたのか…。


「…まだ、若いのになぁ……」

 そう言って、ダルガッツが女の死体を前に祈りを捧げる、それはティーダも同じだった。いつ死んだのかも分からないが、彼女の魂が神の御許って所に導かれる事を祈ってやってるんだろう…。

 二人が祈ってる間、俺は周りの館の様子を見て回った、ウォーレンが「あまり離れるなよ〜、ここは色々からな〜」と声を掛けて来たから、俺はその声に答えて仲間の元に戻った。


 通りを挟んだ向かい側、他と比べればわりと奇麗なままの館の窓際に、人影が揺れたように見えたんだが……。


 俺が周りを見て回ってる間に、ダルガッツとマルティナが手際良く、丁寧に女の遺体を布に包み、それを俺が担いだ。


 この中では一番若いってだけで、俺が担ぐ事になるなんて…、納得いかねぇ。


「……はぁ〜ぁ」

 納得出来ない、とあからさまな溜め息をついて、前を歩くティーダの背中を追う。小さい女とはいえ、遺体となればそこそこの重量で、一人で運ぶには重労働だ。

 時折、ティーダが俺の様子を振り返るんだが、頑張れよ、とでも言いたいのかニコリと笑いやがる…。

 …代わろうか? と言ってこないのは、俺が拒否する事を分かってるからだ。任されたからには一人でやりきる、俺の性質を知り尽くしてるから、こちらから助けを求めない限りは手を出さない。

 ただ、ヤツの中でなにがしかの線引があるらしく、それを超えると容赦なく構ってくるんだが、その線引が、だったりするから、苛ついて辛くあたる事があったりする。


 自分でも捻くれてるなって思うし、申し訳なくも思う…。

 

 何度目かの溜め息を吐いた時、不意に俺の横に誰かがいるような気がして、そちらを向くと、目の前に青白い肌の女の姿が浮かび上がる。


 俺が担いでる遺体と同じ顔だ…。


 恨めしそうに俺を睨んで、何やらぶつぶつ言ってるが、俺は無視して歩き続ける。

 どうやら、俺を呪い殺す為に出現したんだろうが、ナイトメアの俺には生まれつきこの手の呪いに耐性がある。…かどうかは分からないが、小さい頃から色んな亡霊を見たが、呪いを掛けてくるヤツは初めてだった。

 俺は前を行くティーダ達に聞こえないように小さな声で呟いた。

「……ちゃんと、連れて帰ってやるから、安心しな」

 その言葉に、女の亡霊の口の動きが止まって、少し呆然とした表情で俺を見詰め返してる。

「…好きで冒険者になった訳じゃないんだろうが、誰かを呪った所で、あんたは、もう…、へは還って来れねぇよ、諦めな」

 俺のその言葉に、女は瞳からポロポロと涙を零して、俺が担ぐ自分の遺体にしがみついた。


 今、この場に腕のいい操霊術師コンジャラーが居れば、こちら側へ還してやる事も出来るんだろうが…。

 生憎、この中にそんな事が出来るヤツは居ない。


 蘇生を受けた所で、俺以上の『穢れ』を受けるかも知れない。

 冒険者であれば『穢れ持ち』もの一つなんだろうが…、そうじゃない穢れ持ちの人生は、大概が悲惨だ。


「…ティーダ」

 俺はぽつりと目の前の大きな背中に声を掛けた。

 陰鬱な心持ちの時、ティーダの包み込むような穏やかな表情かおは、そこにあるだけで安心出来る。太陽のように明るく、逞しい、頼りがいのある兄貴は、俺の呼び掛けに応えて振り向いた。

「……ん? どうかしたのか?」

「…祈ってやってくれないか、こいつの為に」

 俺が担いでいる遺体を指差してそう言うと、ティーダは何かを察したのか、俺の横に並んで彼女の遺体に手を当てる。

 慈しみに充ちた瞳で布に包まれた遺体を見て、小さな声で祈りを捧げ始めた。



〈黄金の盾〉に戻る頃には女の亡霊は消えていた。おそらく、ティーダの祈りのお陰で神の御許やらへ旅立ったんだろう。

 ギルド内の回収業者に遺体を引き渡し、そこそこの報酬を得て、その中から俺達の取り分を貰ってウォーレン達と別れた。また、順番が回って来たら声を掛けてくれるらしい。


 酒場はちょうど昼時で、満員に近かった。

 なんとか二人が座れる席を見つけて、そこへ落ち着く。ボーイが運んで来たエールをそれぞれ手に取って、金を払い、どちらからともなく、ジョッキを突き合せて中のエールを飲み干した。

 お互いに溜め息を吐き出す。


 確かにだった、が、精神的にキツい仕事だ。

 冒険者をしていれば、明日は我が身。


 急に、残して来たメリアルドの面影が浮かぶ。

 日だまりのように温かくて、よく笑い、底抜けの楽天家な笑顔。


 あいつを泣かせる訳にはいかない、絶対だ。

 少なくとも、ティーダは生きて還さないと……。


「ティード……」

 押し黙る俺の横で、ティーダの低い声音が響いた。その声に答えてヤツを顧みる。

「…ん?」

「……絶対に、生きてメリアの所に帰るぞ」

 俺を見詰め返すティーダの黄色味がかった琥珀の瞳が少し潤んでるようだった。

 こいつも、残して来たメリアルドの事を想ったんだ。それで、俺と同じように『生きて還る』と改めて誓った。

 俺と違うとしたら…。


 、と誓ったことだろう。


 ティーダのその言葉に、俺はふっ、と笑ってヤツの肩を拳で軽く小突いて答える。

「……当たり前だろ」


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