第33話 ルイ・ジャックス
「…………」
聞き終えたイリエがまず思ったことは……、
その話の真偽はともかく、誰から聞いたのか――だ。
百年も前のことを、ユキが知る術はほとんどないだろう。
手記でも見つけていたなら話は別だが……、記憶がリセットされているルイこそが生きる観測者ではあるが、記憶に手を入れられている時点で、完全に信用できるわけではない。
ユキが、その話を悪魔から聞いたのであれば。
全てが嘘という真実――、その線もあり得る。
ルイに感情移入させることで――、しかし待て。
感情移入をさせて、どうなる? ルイを悪魔の束縛から助ける、とやる気になってしまえば、ルイを囲いたい悪魔からすれば、ユキは迷惑な敵になる。
悪魔がユキをそそのかしたにしては、自分から敵を作る嘘を言うとは思えなかった。
悪魔にも派閥があるのか? ルイを囲いたい、解放したい――二つの意見がある?
「この話は、蠅の王、ベルゼブブから聞かされました――、イリエ、あなたが考えていることは、万一にもありませんよ。悪魔はルイ様を、道具にしか思っていません」
道具。
思い出されるのはせつなのことだった。
……ルイとせつなは、だから意気投合をするのが早かったのかもしれない。
年齢が近いこと以外の共通点があったから……。
ルイも悪魔に体を使われていることを自覚しているようだ。
両親との約束を果たすために、悪魔に体を渡すことを納得している。
二人とも、道具としての自覚があったのだ。
自分よりも他人の意見が優先される。
自分の意思は関係ない……、
甘えることはあれど、土壇場では切り捨てることを当たり前のことだと思っているのだ。
「なら、どうしてアンタに聞かせたの……? メリットがあるとは――」
「あってもなくても関係ないのでしょう。言って不利になる、言わないから有利になる、そんな小さなことを悪魔が考えると思いますか?」
人間同士のいざこざであれば、少しでも勝率が良い方に状況を傾けておきたいと思うだろうし、行動にも移す。会話の中に罠を張って勝利を掴み取ろうとする人間と同じ立場で、悪魔を考えてはならない。
あえて……、そんな酔狂だってあり得るだろう。
面白いから、退屈だから、変化を求めて――そういう理由もなく、
ただ、なんとなくで行動し、
どう状況が転がり出しても求めた成果を出せるのが悪魔であり――その力を持つ。
ユキに嘘ではなく真実を伝えた理由? 恐らくは、その場のノリだろう。
その後のことを考えていない。言ってみたかっただけ――。
言っても言わなくても、結果は変わらないと考えているからだ。
「嘘である可能性は捨て切れませんが……私は本当だと判断しました」
「……根拠は?」
「本当だったのに、嘘だと判断してルイ様を見捨てるわけにはいきません」
嘘ならそれでいいではないですか、とユキが微笑んだ。
「嘘でないのなら、ルイ様を助けたい」
「アンタの意見は分かったわ。でも、どうやって?」
「それは……」
「悪魔がこの世界に降りてくる条件は、契約者であるルイの体が必要なのよね?
だったらルイを殺してしまえば――、
それができないのなら、打つ手がないってことになるわ」
「――状況はもっと最悪です」
イリエとせつなはまだ知らなかったが、蠅の王をこの世界へ降ろしたアバターが存在する――ユキの口から説明されたのは、そのアバターがしばらく見ていない【モモ】だということだ。
「じゃあ、少なくとも、モモを殺せば、白骨死体はもう出ないってこと?」
「ええ、確かそうですが……モモさんを、殺すのですか……?」
「ルイみたいに不老不死になったわけじゃないなら殺せるでしょ? ああ、殺せるかどうかじゃなくて、殺すかどうかの話? あのね、アタシたちがチームを組んだ時に言ったはずよ。
ルールでしょ? ヘマをして捕まったら見捨てろ、人質に取られたなら仲間ごと串刺しにしろ――仲間だからって、助け合うような間柄ではないでしょ、アタシたちは」
「ですが……っ」
「アタシが同じ目に遭ったなら殺してほしいと思うわよ。
ユキやせつなに迷惑をかけてまで、生きたいとは思わないわね」
それが、暗殺者としての覚悟というものだ。
散々、他人を殺しておいて自分は死にたくない? そんな甘えは許されない。
いつどこで背後から刺されて殺されても、文句は言えない。
そういう人生をこれからもずっと背負っていかなければならないのだ――。
「途中で逃げることは、他人がどうこう言う以前に、自分が許せないの」
「…………」
「アンタを非難しているわけじゃなくてね」
フォローはしたが、ユキには非難されているようにしか聞こえなかっただろう。
訂正を重ねていけばいくほど、ユキには重くのしかかる言葉だと思い、イリエは切り替える。
「モモには死ねない理由がある。三人の弟の生活費を稼ぐこと――、
それがある限り、モモはきっと、アタシたちのことも裏切っていたでしょうね」
文句はない。彼女は前もってそう宣言していたのだから。
「……モモを殺す以上は、モモの役目はアタシたちが引き継ぐべきね」
つまり、
「三人の弟の生活費をアタシたちで稼ぐ。それが殺す者の義務だと思うから」
「イリエ……」
「殺すことへの抵抗はこれで消えたかしら。
……できなくても、やらなくちゃ状況はもっと最悪に――」
「できないです」
ユキの口から繰り返される――殺せない、というトラウマ。
どれだけ追い詰められても、
「……そんな状況で、どうやってルイを救うの? 守るの?」
「…………」
ユキは歯噛みする。分かっているのだろう……、痛いほどに。
それでも答えが出せないのは、彼女は甘えているのだ――いくらでも時間はある、と。
ルイの不老不死が続く限り。
「ねえ……」
イリエが初めて。
迷いのある声で、聞いた。
「アンタでも……もう、無理なの?」
これまで、なんだかんだと言いながら、なんでもこなしていたユキへの信頼。
それが今、イリエの中で、初めて揺らいだのだ。
頑なに、『殺さない』と言っている段階なら、まだ希望はあった。
だが、『殺さない』のではなく、『殺せない』のであれば?
ユキは選択肢を持っているわけではないのだ。
もう、ユキでもどうにもできない状況になってしまっている。
それは、イリエの前から大きな背中が喪失したことを意味する。
追いつけないところまで先行されたのではなく――いなくなったのだ。
ずっとずっと後ろに、ユキは下がった。
イリエが、自然と前に出る形になり……、あれ?
――アタシが、先陣を切らなくちゃいけないわけ……?
プレッシャー、死の恐怖。
ユキという大きな背中の後ろにいたからこそ胸を張ることができていた安全地帯がなくなった今、イリエは試されている――。
本当に、個人として――悪魔相手にどこまで立ち向かえるのか。
ユキがこれまで背負ってきたものが、イリエにのしかかる。
それを自覚してしまうと、イリエも動けない。
……こんなに重たいものを背負っていたのかと、ユキの偉大さを今になって思い知る。
「……どうするのですか……」
「どうする、って……」
ユキとイリエ、二人して黙り込んでしまう。
心が折れた二人が顔を向き合わせても、次に繋がる案など思いつかない。
白骨が外に出たことで生まれた空間を、現状、借りている状況だ。
いずれ見つかる。
数の利で勝てるはずもない白骨に囲まれてしまえば、イリエたちは全滅だ……。
ユキはもう誰も殺せない、イリエは実力不足で悪魔には敵わない……、そしてそれは、せつなにも言えることだろう……。
モモは人質に取られているようなものだ……、だとすればやはり――、
「レイになんとか――」
助けてにきてもらう、という言葉が出るよりも早く、
「ボクがなんとかする」
立ち上がったのは、ルイだ。
十一歳のまま、百年以上にも渡り、記憶を失い続けている少年の声には、覚悟があった。
「ユキが困っているなら、ボクがなんとかするよ……、だってボクは、特別なんだから」
「ダメですっ、ルイ様を危険な目には――、
……ルイ様……? もしかして、理解していますか……?」
ユキは、聞いていましたか? ではなく、理解していますか? と言った。
同じ空間にいるのだから、イリエとの会話が聞こえていないわけではない。
それでもユキが放っておいたのは、ルイにはとても理解できるような内容ではないためだ。
ユキなりにぼかして説明していたし、ルイの話である、とは、第三者に分かるように明言していない――、にもかかわらず、ルイは頷いたのだ。
「教えてもらったから」
「教えて……?」
もちろん、ユキの(イリエ以外にとっては)分かりにくい説明を十全に聞いたから、ではないだろう。暗号とまでは言わないが、それでも分かりにくく時系列をごちゃごちゃにしたり、要点を飛ばしたり、工夫をして話していたのだから、分かるはずもない。
十一歳なら尚更だ。
ルイが単独で理解したのでなければ、ユキの分かりにくい説明を理解し、それを他人に分かりやすく説明する、翻訳する役が必要だ。
たとえば――、ルイの横には、誰がいた?
「問題ありましたか?」
「せつな……」
「ユキ様の説明は難しかったので、独断で翻訳させてもらいましたが――」
正直に言えば問題だ。
ルイに伝わらないように工夫していたのに、それを正面から堂々と壊していくなど、裏切り行為と思われても仕方のない独断だ――。
しかしユキはせつなを咎めなかった。
なぜなら、もしもユキのやることなすことを肯定する、以前までのせつなであれば、決してここでルイに翻訳するなんて独断行動はしなかったはずなのだから。
彼女の意思で伝えた……、
そこにはせつなに、本来ないはずの感情があるということだ。
道具ではなく、
人形でもなく、
わたしは人間ですと、訴えているようにも見えたから。
「伝えるべきだと思いました。これは、ルイにとって、大きなことだと思います」
国が滅んだとは知らないルイにとって、みんながいつか戻ってくると期待しながらそれでも行動して探そうとしないのは、近くに悪魔たちがいてくれるからだ。
彼にとっては家族同然の関係性になっている……、彼らが帰ってくると言えば、そうなのだろうと信じてしまうのだろう……その上で。
ルイは悪魔たちに反発してでも、ユキを救うと言った……。
彼の中で、ユキは家族同然の悪魔よりも、大事な存在になっている――。
「ほら」
「お、押さないでよっ」
ルイの背中を叩いたせつな。二人はまるで、
それに、少しだが嫉妬するユキは、想像もできなかったのだろう……、
まさかルイが、
まだ小さい彼が、自分に恋をしているなんて、そんな発想すらなかったのだから。
「ユキと、これからもずっと一緒にいたい……! 記憶が消えるなんて、嫌だから……」
「ルイ様……っ」
「今まで一緒にいた時間を、ボクはっ、忘れたくないんだよ!!」
ルイが駆け、ユキの胸に飛び込み――、宙を迷う彼女の手を握り締める。
「――だから一緒に逃げよう、ユキ!」
「悪魔は、ボクが食い止める!!」
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