第12話 目的地――、

 そして夜になる。

 野宿決定だ。


 ヘリの墜落地点からだいぶ先へ進んだとは思うが、目的地までの進行度がよく分からない。

 良し悪しがはっきりしないと、

 ペースを上げようにもどこまで根を詰めていいのか判断しづらい。


 せつなに相談しても、

 どうせずっと全力ですとしか返ってこないだろうともう分かっている。


「…………」


 そういうことが分かってしまうほど、イリエはせつなを見ていたというわけだ。

 その事実にふと気づいて、顔をしかめる。

 順調に相棒としてステップアップしているのだから……、嫌にもなる。

 蹴落とすべきライバルなのに。


「雨風凌げる場所が良いでしょ。こんな、木の近くで焚火して……眠れるわけがない」

「どんな場所でも眠れるように訓練されているはずだと思いますけど」

「アンタ、森にきたことないんでしょ?」


 だったら、森で眠る訓練なんてしていないはずだ。


「本物は、ですよ。限りなく森に近い森っぽい環境でなら、一夜を明かしたことがあります……あの時は台風のシチュエーションも追加していた、と思いますから、今の方が全然、楽に眠れると思います」


 訓練、シチュエーション。

 せつなが体験した訓練は、イリエのそれとは違うらしい。


 まあ、イリエは特別だ、訓練とはすなわち現場に放り込まれた時のことを指す。

 いま思い返せばスパルタ過ぎる仕打ちではあったが、事実、口頭よりも分かりやすく技術を得られたのだと思う……、効率は良かったのだろう。


 失敗したら一発で死ぬだけで。

 そこをたまたまであってもかいくぐり抜けられたのだ、イリエには才能があったのだ。


 天才だともてはやされて、本人も満更ではない、絵に描いたような天狗状態で――。


 その時に現れたのが、天才以上に天災の、ユキだった。


 イリエのその鼻っ柱を、思い切りへし折ったのだ。


 彼女は当たり前に、できることをやっただけなのだが――。


 焚火を挟んで二人は向かい合い、昼間に獲った猪肉を焼く。

 そこで、遂にはがまんできなくなって、イリエが切り込んだ。


「……アンタは……、なに、なんなの? 組織の中で、どういうポジションなの?」



 イリエの質問に、せつなは「え」と言いはしなかったが、表情に出ていた。

 まさかイリエからそんな質問が飛んでくるとは思わなかった、と言わんばかりに。


「先輩は……知らない?」


 当然、知っているものだとばかり。

 そんなニュアンスが含まれていた。


 せつなの言い方から察するに、上層部は当然、知っているのだろう。であれば上司もか。


 まさかレイやモモも知っている……? 

 彼女たちよりも所属歴が長いイリエが知らないとなると、

 せつなの中でのイリエの株が大暴落するだろう……。


 今更こいつの好感度が下がったところでなんてことはない、とイリエは思っているが、

 だからと言って見下されたいわけではない。


「っ、し、知ってるわよ。ただ、アンタの口からちゃんと聞きたいだけ!」


 素直に知らない、と言える性格ではない。

 こんな言い方で誤魔化せるわけもないが、ごり押しでいけるとイリエは判断したようだ。

 せつなはイリエの強い押しに受け入れた……、というより気にした様子もなく、

「なるほど」と感心していたくらいだった。


 せつなはイリエの言葉を疑わない。内心でどう思っているかはともかく。


 最初から、命令には従順だった……それも生い立ちに関係あるのだろうか。


「わたしは、【プロジェクト・ラプンツェル】の試験体です」

「プロジェクト、ラプンツェル……?」


 イリエが思わず繰り返す。


「あれ? 知っているのでは?」


 せつなはイリエの素の反応に小首を傾げて、


「し、知ってるっつーの! いいから続けて!」


「はい」とせつなが説明を続けた。

 表情こそ動きがほぼないが、くすくすと、誤魔化している自分を嘲笑って楽しんでいるような錯覚が見えてしまう。

 もしかしてこいつ、全部お見通しなのでは?


「プロジェクト・ラプンツェルは、もう一人のユキ様を作り上げる計画です」


 ……作り上げる?

 今度は心構えをしていたので声には出さなかったが、どういうことだ?


 ユキを作り上げる……、

 彼女が抜けた穴を埋めるために、せつながやってきたのだ、ということはユキと同等の暗殺者を意図的に作り上げる計画なのか……。


「同等ではなく、同一です」

「はぁ?」


「ユキ様のこれまでの環境を再現し、同じ精神、肉体を作り上げようとしています。

 あらゆるシチュエーションに、わたしたち試験体は挑みます。痛みへの耐性、毒の抗体、回復速度……、ユキ様に備わっているものは習得可能であるとデータが取れましたので」


 ユキと並ぶのではなく、ユキになろうとする計画……。

 体の成長こそ簡単に、とはいかないが、技術を習得することは努力次第では可能なのだ。


 ユキが組織を辞めようとしているから急に始まったものではないだろう。

 ユキという天災が現れてから、組織は彼女を量産できないかと考えていた……、せつなは自身のことを試験体と呼び、わたし『たち』と言った。つまり、せつな以外にもいるのだ。


「はい、たくさん。入れ替わりが激しいですが」


 ユキがくぐり抜けてきた試練は、生半可なものではない。

 歴戦の暗殺者でさえ一歩間違えれば死ぬような現場を、ユキは悠々と踏破してきたのだ。


 それと同じシチュエーションや環境に、

 せつなのようなまだまだ子供を放り投げていれば、減るのは当たり前だ。


 減った分を、世界中から集めてきた訳ありの子供たちで補充している……、

 せつなも同じように集められたのだろう。今も生きて残っていられるのは、彼女の才能か。


 少なくとも、実力でなかったとしても、試練を乗り越える運は持っているはずだ。


「アンタもじゃあ、墜ちてきたわけね」


 イリエとは違い、ユキやレイ、モモと同じ。


 元々は、普通の世界の一般人だった。


 珍しくもない、そっちの方が断然多い。

 暗殺者と暗殺者の間に生まれた、

 この業界が自身の世界の全てと言えるイリエの方が異端なだけだ。


「いえ、最初から試験体でした」

「……そんなわけないでしょ。培養されてたってわけでもないでしょうに」


「記憶喪失のようです。先生から聞きました。なのでイリエ先輩と同じです」


 生まれた時から暗殺の世界に染められている。

 確かに、本人が知る世界が一つだけであれば、そうなのだろう。


 同じだから、で親近感を得たわけではない。逆にイリエからすれば、せつなのことが遠くなったと感じた。……試験体。記憶喪失というのも、怪しいものだ。

 記憶を失ったせつなを試験体として迎え入れたのか、

 それとも試験体にした後で、記憶を奪ったのか――。


 ユキを意図的に作ろうとしているのだ、記憶を消すこともできそうなものだ。


「……ふうん」


 聞いた上で、イリエはそう一言だけ。


 同情なんてしない。せつなが置かれた環境が悪だと断じるつもりもない。

 彼女自身がこれまでの環境に文句を言っていないのだから、イリエが口を出す必要もない。

 言いたくても言えないのであれば、言えない部分にせつなの弱さがある。


 待っているだけで誰かが助けてくれると信じるお姫様ではあるまいし、そんな枠に収まる実力者ではない。


 ユキの穴埋めにせつなが選ばれたのは、現時点で、最もユキに近いと判断された試験体だからなのではないか? だったら計画は順調、と見て取れる。


「組織の中で、わたしの立場が変わることはないです。昔も今もこれからも、組織の道具です。

 ユキ様と同一の道具です……、そう思えば使い勝手は良いのかと」


 ユキとせつなの違いは、心だ。メンタルの強度ではなく、意思があるかどうか。


 ユキにはあるから、だから辞める、という選択をしてしまった。

 だが彼女とは違い、せつなには辞める、辞めないの選択肢すらない。

 道具は心を持たず、組織の命令にただただ従うだけだ――効率重視の成果主義。


 そう言われているにしては、せつなの感情はぼろが出まくってはいるが。


「こんな説明でよろしいですか」

「ええまあ、充分ね……、再確認できたし」


 分かっていながら聞いた、という設定を忘れそうになって慌てて付け足した。


 ただ、取り繕う必要がなかったようで、せつなは猪肉に齧りついた。


 プロジェクト・ラプンツェル……、

 なにも知らずに毛嫌いしていたが、せつなにも事情はあるのだ。

 ユキやレイ、モモと同じように、生まれこそは普通だったのだ。


 それが、あるきっかけでこの世界に墜ちてきた。

 どちらの世界が幸福で不幸なのかは人それぞれだろうが、ただ漠然とユキになりたいと思っているわけではないようだ。


 ユキがいなければ、せつなはユキとなり、彼女と同一の働きをする。


 もしもユキがいれば、彼女の補佐に回るか、第二のユキとなるか――。


 私利私欲ではない。


 アタシも私利私欲だけではないけど……、

 そんな呟きは焚火のぱちぱち、という音にかき消されていた。


 なにも知らなかったから。

 だけど知ったからと言って仲良くするわけではない。

 せつなとの距離感は変わらず、ただ、見る目を変えてもいいとは、少しだけ思った。


「アンタがユキになるなら、ユキの隣は空いてるのよね」

「それはそうです」


「そう、ならいいわ。アンタを認めても、いいかもね」



 それから、交代で睡眠を取り、夜が明ける――二日目。


 結局、ヘリから落下し、広大な森の中から始まった生活は、最終的に三日に及んだ。



 三日目の日中にて、イリエとせつなは穴だらけで崩れかけている高い外壁を見つけた。


 広い敷地を囲うように建てられたのだろう、真っ白な壁。

 その中は――やはり瓦礫の塊が散乱していた。


 廃墟だ……、ここが、目的地……。



 数百年前に栄え、そして忘れられた国――、


『     王国』である。

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