-002- ジャンク・ガール
第10話 覚悟の出立
ユキの居場所が分かった。
あとは、道中をどうするか、という問題だが……、
「は? 歩いていくわけないでしょ。どれだけ距離があると思ってるの?
広い森の中を数日かけて移動したくないわよ。だから遠慮なく――ヘリを使うわ」
まだ完全とは言い難いが、傷の痛みもだいぶ引いたところで、移動を検討した。
もちろん、ユキを連れ戻すという任務を請け負ったわけではない。
直属の上司に連絡を取ったわけではなく、イリエ、せつな、レイ、モモの独断行動だ。
幸い、暗殺任務を終えたばかりの四人には、怪我の事情もあり、別の任務は入らなかった。
そう、休息日である。
傷を癒すために用意された休日だが、四人は仕事以上にハードなことを、これからこなさなくていけない――、万全でも充分に危険な場所へ、赴くのだった。
「……こんなものをすぐに用意できるあたり、
イリエちゃんだけ報酬額が桁違いなのかしらと疑ってしまうわね……」
軍用ヘリ、だった。
それを、イリエが一声で用意させたのだ。
ヘリポートに集まる四人の髪をばさばさとはためかせながら、滞空するヘリがゆっくりと降りてくる。操縦士はイリエの知り合い……というよりは、イリエの両親の知り合いだろう……、
一般人から暗殺者へ墜ちたレイとは違い、イリエは暗殺者と暗殺者から生まれた生粋の暗殺者だ――つまり、親のすねかじりである。
「報酬額は一緒よ。臨時収入は多いかもね……、勝負で巻き上げてるから」
「そう言えば、イリエちゃんはギャンブルが好きなんだっけ?」
ルーレット、カード、地下闘技場など、貯金の増減が一番激しいのはイリエだろう。
軍用ヘリを買った時は、たまたま、賭けに勝った時だったのだ。
「……あれってイカサマでしょ」
「モモにはしてないけど。アンタ、イカサマしなくても分かりやすいから勝てるし」
どうやら、過去に巻き上げられた経験があるらしい。
「モモちゃん、素直だし、顔にすぐ出るものねえ」
その点で言うと、レイは強敵だ。
モモのように無表情を一貫するのではなく、十色に変えてきて、イリエを惑わすのだ。
それでもギャンブルの経験の差で、総合ではイリエが勝ち越した――、
当然、ユキには敵わなかったが。
「実力も、運も……通用しなかったのよね――」
負けたことを見たことがない……、あらゆることに万能過ぎる。
引き際を弁えているというか、だからこそ爆発的な大当たりはないのだが……。
「まだ一度も勝ててないのよ……勝ち逃げなんて、させるものか……!」
やがて、軍用ヘリが、無事にヘリポートに降りた。
窓から顔を出した操縦士が、親指で後部座席を差し、
「――お嬢、どちらまで?」
ユキがいる場所に向け、ヘリが離陸する。
操縦士が淡々とヘリを動かす後部座席では、各々が好き勝手にプライベートの時間を楽しんでいた。目的地まで長いのだ、ずっと気を張っていたら、いざ着いた時に、すぐに疲弊してしまうだろう。
休息を取るのも重要だ。
その中で、主にレイはモモを撫でたり愛でたりし、モモはそれに抵抗しながら、スマホをいじっている。イリエは持ってきた毒の瓶を確認したり、服に仕込んだりしながら――、座席の上でどたばたとした音に意識が邪魔される。
隣のせつなが窓に張り付き、流れる景色を見ていた――まるで子供だ。
電車と違って見える景色は青い空と緑色の森だけだと言うのに……、珍しくもない。
「せつなちゃん、森を見るの初めて?」
そんなわけがないだろ、と思ったが、口を挟まずレイとせつなの会話を聞く。
「実際に見るのは、初めてです」
「はあ? アンタ、初めてなの?」
反射的にそう聞いてしまってから、しまった、とイリエが口を閉ざす。
だが、今更、なにも言わなかったことにはできず、せつなが答える。
「写真では、見たことありました。こうして見るのは初めてです。広いですね」
「狭い森もあるけど……、なによ、アンタって刑務所にでもいたわけ?」
「刑務所……環境は、似たようなものです」
どこよそれ、と踏み込みそうになったのをギリギリで止める。
踏ん張った。あれこれ聞くと、まるで自分がせつなに興味があるみたいではないか。
どうでもいいのだ、こんなやつのことなんか。そう思い、イリエは直前で質問をやめて、
「ふうん、そう」
言って、手元の作業を再開した。
「モモ先輩、その男の子たちは、弟ですか」
「……どうして分かったの? あたし、せつなの後ろの席なんだけど」
せつなから、モモが持つスマホの画面は見えないはずだが……。
「画面ではなく、モモ先輩の瞳に映る画面を見ています」
だとしても、関係性まで分かる理由にはならないはずだ。
「……勘です。先輩の写真を見る目が、姉、って感じだったので」
そう言ったせつなの方が、姉? と首を傾げていた。
「モモちゃん、弟くんの写真をよく見てるわよね……ブラコン?」
「あたしが親代わりなの。年も離れてるし、弟よりも、もう子供みたいな感覚よ……、
好きか嫌いかで言えば、もちろん好きだけど……、それでからかわないで」
言われ過ぎてうんざりしているのかもしれない。
本人に、必死に否定する気はなく、呆れているようだ。
……親代わり。モモの稼ぎがそのまま弟たちを養う生活費になる。
両親を失ったモモからすれば、暗殺者を辞めることは弟を殺すことと同義だった。
「可愛い男の子三人。この子たちには、苦労させたくないからね……」
「じゃあ、モモちゃんは死ねないわね、その子たちが自立するまでは」
死ねない。
暗殺者にとっては、最もハードルが高い目標だと言えた。
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