第22話 王国
第二のユキを作る計画――プロジェクト・ラプンツェルは、当然、ユキのデータがせつなたち試験体に配られている。
ユキになるため、ユキのデータに沿って鍛錬を積んでいるのだ、ユキの心に罪悪感がある、なんてデータはこれまで一度も見たことがなかった。
根拠となるデータはそれだけ。だが、せつなはそれを信じ切っている。
データが全てであり、現実が間違っているとでも言いたげだ。
「時間が経てば……、元のユキ様に戻るはずです」
「アタシたちが刺激を与えるよりはいいかもしれないけどね……でも、それがいつなのかは読めないのよ。ユキにとっても、未知の感情よ。
天災としていくつもの壁を乗り越えてきたユキでも、今回のは、もしかしたら長くなるかもしれない……アタシたちは見守るべきだけど……でも――どうにかしたいのよ」
心配なのだ。ユキの戦力が必要だからではなく……それはそれでなくはないが。
「ユキ様が、スランプを抜け出す方法……ですか」
「ねえ、それ、結局やることは変わらないんじゃないの?」
横で話を聞いていたレイが言った。
彼女が言う『やること』は『
「ユキちゃんのスランプの原因があの坊やなら、
やっぱり、あの子を殺すしかないんじゃないかしら」
「ルイは不死よ。それに、ユキでも簡単に倒せたわけじゃないのよ……ッ。
不死に加えてユキと同等。天地の戦力差がある相手を、アタシたちで殺せると思う?」
ユキは当然、ルイを守る側へ回るはずだ。
ユキの不在を狙わなければ、彼女のことも相手にしなければいけなくなる。
ユキを足止めするにしても、人手が足りないのが致命的だ。
「なら、手間でも一度、森を抜けて戻るしかないわね。不死を相手にした時の対処法は分かるでしょう? 殺せないなら封じてしまえばいいのよ。
両手両足を縛り上げて、箱に詰めて海に沈めれば、死んだのと同じでしょう?」
「方法は分かるけど。誰がやるのよ、それ。アタシたちにできると思う?」
「今のこの状況は準備不足が招いた停滞よねえ? 一度、組織に戻れば、人員と武器を補充できるわ。敵が分かっていれば、持っていくものは限定されるし……、
相手が不死だろうと兵器には敵わないでしょう?」
暗殺者が殺さない方法を取るなど、負けに等しいが、今回は例外だ。
不死はさすがに、どうしようもない。
だが、殺せないなら、殺さないだけだ。
意識を奪う方法なんてごまんとある。
「……またあの長い道のりを歩くのね……」
「そのためにも、エネルギーはきちんと取っておかないとねえ」
目の前に出された料理を、全員で減らしていく。
それでも、残った食材はまだまだなくなる気配がなかった。
腹ごしらえを終え、モモを残し、イリエ、せつな、レイが廃墟を後にする――、
つもり、だったのだが。
「あだっ!?」
ガンッ、と窓ガラスにぶつかったような衝撃が額にあった。
窓ガラスのような――であれば、
叩き割ることもできそうだが、もちろん、できるはずもない。
イリエが、怒りのままに手頃な瓦礫で見えない壁を割ろうと試みるが、衝撃がそのまま跳ね返ってくるように、握っていた瓦礫が砕けてしまった。
指の隙間からこぼれていく欠片は見捨て、
ぺたり、と手の平を見えない壁に近付けてみると、触れた。
「……壁、ね」
「見れば分かりますよ。あ、見えないですが」
せつなの指摘は無視し、壁に触れながら横にずれていくと、レイが止めた。
「廃墟を一周するように、壁が張ってあるでしょうねえ。どこかに穴が開いていたなら壁を張る意味がないし……、あらら、閉じ込められちゃったわねえ」
忘れ物をしたようなお気楽さだが、レイの言っていることが本当なら、詰んでいる。
持っている端末は圏外だ。無線は使えるが、短い距離でしか繋がらない。
つまり、外に出られない以上、閉じ込められてしまったなら、応援も呼べない。
不死のルイを殺さずに封印する方法を取るにしても、
今ある手札では到底、叶えられない無理難題だ。
「……いつから」
「モモちゃんが外から戻ってきた時はなかったわね……、
いやでも、外からは通れて、中から外へは出られないのだとしたら……?」
であれば、どういうシステムで動いているのか疑問だった。魔法でもあるまいし。
見えない壁自体は、実現不可能ではない。だが、侵入する方向で、通過できるかどうかを判断するには、技術がまだ追いついていないだろう。
……悪魔。その言葉が頭の片隅にまだ残っている。
悪魔がいるなら、魔法もあるのでは?
同時に、壁を張ったのが悪魔の仕業であるのなら、逃がさないという意思表示である。
「逃がさない……?」
逆の立場で考えてみればいい。
もしもイリエが、部外者を自陣の中に閉じ込めたとしたならば、目的は、なんだ?
――当然、始末するためだろう。
口外する気がないとは言え、情報を知られた側からすれば安心できない。
この安心を得るためには、情報を知った相手を消してしまうのが一番楽だ。
そして確実――。
今、イリエたちはそういう状況の中にいる。
敵の本拠地にいながら、
平然と外と行き来できると思っていた自分たちの甘さが招いた失態である――。
最悪だ。
いつから壁があったのかは知らないが、
先手を打たれてしまえば、主導権は相手の手中にある。
そもそもこうして自由に動き回れているのがおかしい状況なのだから。
ふと、気配を感じて振り返ると、刺されてもおかしくない距離に人影があった。
「一応、見送りにきたのですが……どうかしましたか?」
「ユキ……」
接近を許してしまったことに気の緩みを疑ったが、ユキなら仕方ない。
ふと気配に気づけたことが奇跡に近い……、
彼女が本気で気配を消したら、イリエには絶対に見つけられないだろう――自信がある。
見えない壁がある、と事情を説明する。――すると、ユキも知らなかったようだ。
「ルイ様が外に出られないのは分かっていましたが……、あ、ですが、ある条件下では通れるはずですよ……水浴びをしに、湖にいくことができましたから」
通過できるか否か、その条件が必要なのはルイだけだったはずだが……、
つい先日まで通れたユキも、同時に壁に阻まれるようになってしまった。
「あなたたちを閉じ込めるついでに、私のことも閉じ込めたのでしょうね。
かつての仲間ですし、私を壁の外に出せば、応援を呼ばれると思ったのでしょう」
「……誰に? ルイの中にいる……悪魔に?」
「分かりませんが、私たちを認めない敵はいるでしょうね」
ユキは詳細を語りたがらない。
すぐに答えだけを求めようとするイリエに、答えを見つけるまでの経験を積ませるために突き放しているわけではないようだ。
単純に、言いたくないのだろう。
ルイとの秘密を他人に話すのが嫌だ、というのが表情から読み取れた。
なんだか、すぐに仮面がはずれるせつなのように見えてきた。
基本、感情をそう表に出さないユキに倣って、せつなはユキの仮面を被っているはずだが、脇が甘く彼女らしさが漏れてしまう失敗の状態に、奇しくもユキが近付いていっている。
ユキもユキで、クールな自分という仮面がはずれてきたのかもしれない。
ルイがユキの仮面をはずしたのであれば、
イリエとしては少し……いやかなり嫉妬してしまうが。
「……敵は、いるでしょ。でないと襲われないし」
「どっちが先に手を出したのか。振り返ってみては?」
暴力に頼ったのはイリエたちである。そしてこれからも、同じ手でユキを連れ戻そうと画策していたところだった――、そこで、見えない壁がイリエたちを阻んだ。
今の話ではないかもしれない。
ルイを一度殺しかけた時に、もう壁は張られていたのかもしれない――、
たまたま、気づくのが今になっただけで、だ。
「外に出られませんね」
「応援どころじゃないわよ……これじゃあ、諦めて帰ることもできないじゃない……ッ」
「私としては、帰る気なら嬉しいですが。しかし、帰す気がない、と彼らが判断したのであれば……、あなたたちもこの環境に適応するしかないですね」
過酷な環境であることは、疲弊し、寝込んでいたユキを見れば想像できる。
だが、具体的になにをしていたのか……ということまでは分からなかった。
「シンデレラ・オーバー現象は、目安として、特に夜中の十二時から朝方の五時頃までがピークと呼ばれています。
シンデレラ・オーバー現象の由来が十二時が終わりを示すシンデレラから取られていますからね。十二時以降――つまり、オーバー現象。
シンデレラ・オーバー現象中のルイ様は、意識がありません。
能力を無自覚に放出し続けます――」
ユキは連泊している。
そう、シンデレラ・オーバー現象中のルイを相手に、今まで生き延びてきたのだ。
目の前で見たから分かる……、
あんな化物と、真夜中、ずっと戦っていたとでも言うのだろうか……?
戦わなければ殺されるとしたら、したくなくてもしなければならない。
ユキが疲弊し、倒れるのも、当然である労力だ。
壁の内側に閉じ込められたイリエたちは……もしかしてユキと同じ目に遭う……?
「彼らはあなたたちを始末したいから、閉じ込めたのでしょうね。だとすると、気を抜くと死にますよ? 諦めるか耐えるかは勝手ですので、責めはしません。お好きにどうぞ」
「なによ、それ……ッ、働けって、言っているようなものじゃないッッ!」
ユキでも疲弊する状況に、イリエたちが適応できるとは思えない。
しかし、できなければ死ぬだけだと言われてしまえば、限界を越えたポテンシャルを発揮し続ける必要がある。
追い込まれた先の極限状態。自分が置かれた環境に甘えて前進をしないのであれば、かなり強めだが、それでも薬にはなるだろう。
一歩間違えれば毒だが――さすがにこれは、イリエにも効く毒かもしれない。
「協力を頼んだりはしませんが、働かざる者、食うべからず――ですね」
「……組織よりもブラックね、まったく――」
選択肢はない。あるように見えているだけで、取るべきは一つだけだ。
戦え。
望んだ環境ではないが、それでもユキをチームに連れ戻すという目的は、一時的にだが達成できた、と言えるのかもしれなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます