第16話 合流
ならなぜ報告してこない。
確かに、報告義務はないが、同じ目的でここまできているのだから、情報は共有するべきだ。
「ふうん。半信半疑、ってことね」
確証がない段階で報告はしない。
せつなの判断は模範解答ではあるが……、
「半信半疑なら、それならそうと言ってアタシにも教えろっての」
隠し事をされて苛立つ。気づけばイリエは、せつなに一切興味を持たなかった数日前とは真逆で、どうしてこっちを向かないのかと、彼女の視線に一喜一憂していた。
それに自覚し、それがまた苛立ちを増長させる。
「…………ガキのおままごとに付き合う必要はないわよね――」
ユキの看病は一通り終えたはずだ。
あとは安静にしていればいずれユキが目を覚ますはずだ……、しかし、目を覚ませば待っているのは再会した時と同じ押し問答だろう。
連れ帰りたいイリエと残りたいユキの意見が正面からぶつかるはずだ。
ユキは折れない、絶対に。
だからユキが全快することを待っていれば、イリエの目的はずっと達成されないままだ。
昨日は緊急事態だったからこそ看病をしたが、だいぶ回復した今なら、ユキを背負って森を横断しても、彼女の体調が悪化する可能性は低い。
休みを挟めば、帰れないこともない。
道中でレイかモモと合流すればイリエ一人の負担も楽になるだろう。
問題はユキを引き止めようとするルイだが、せつなが興味を引いてくれている。
料理にうつつを抜かしている今の内に……、
「イリエ先輩、どこへ?」
「ちょっと、お花を摘みに」
お花を摘むの? とルイが首を傾げ、せつなに質問する。
聞かれたせつなも、さあ……、と分かっていないようだった。
「分からないのかよ。いやまあ、見逃してくれたならいいけどさ……」
試験体。実験場。当然、彼女の常識や情報は狭く偏っている。
ひとまず二人の視界から自然と離れることに成功した。廊下からユキの部屋へ向かう。
部屋に入ると、ユキはまだベッドの上で横になったままだった。
もしかしたら目覚めているかもしれない、とも期待したが、期待通りにはいかないか。
ユキが目覚めれば押し問答が繰り返されるだけだが、それでも意識が戻るな、なんて薄情なことは思えない。
当然、目覚めてほしいに決まっている。
「帰るわよ、ユキ。アンタがいるべき場所に――」
「あ、もしかしてユキという花を摘むって意味?」
背後から。
……せつなはなにをしているんだと悪態をつきたくなるが、説明してもいないのに察してくれと言うには、一緒に過ごした時間は短過ぎるだろう。
イリエだけでユキを連れ帰るなんて、土台無理な作戦だったのかもしれない……。
「能天気に見えて、ちゃんと疑うって発想はあるわけね」
「教えてくれたから」
せつなが? ……裏切ったのか、あの女。
「それならそれで、見捨てやすくなるからいいけど……」
せつなの姿はない。ルイが一人でこの部屋まで追いかけてきたのだ。
「ユキのことは盗らないって、休戦協定を結んだはずだよ」
「ええ、そうね。それを素直に信じるのね、アンタは」
「約束は守らないといけない。そう教わったから」
「ふうん。アタシは守る約束と破る約束に最初から振り分けてるの。
アンタとの約束は、最初から破るつもりだったのよ」
「そっか」
裏切り行為に、ルイはショックを受けた様子がない。最初からイリエを信じていなかったから、とも取れるが、実際はそれ以上に嫌悪する、彼の甘い考えだった。
「じゃあ破ってもいいから、もう一回約束して」
「……はぁ?」
「一回破ったくらいで友達を辞めたくないから」
「アンタと友達になった覚えはないけど」
「だったら――」
「もう一回、友達になろうよ!」
そんな風に、ルイが無邪気に笑顔を向けてくる。
イリエは苛立った。そして怖くなった……、気味が悪い。
どれだけ裏切られても、嫌われても、また一から人間関係を作り直そうとする。
全てをなかったことにして、最初から。
こんな痩せ細った土地で一人きりでいたせいで、彼は人との繋がりを貴重だと思っているのかもしれない。だから繋がったそれをどうしても切りたくないのだ。
たとえ相手が大切なものを巡って敵対した相手だったとしても。
「……ならない。アンタとは一生噛み合うことはないわね、平行線のままよ」
イリエがルイに歩み寄れば、それで解決するようなことではあるが、形だけの関係に意味があるのか。ルイはそれでいいから、と思っているのかもしれないが。イリエは……、
形だけの関係なら、ない方がマシだと、思っている……、……?
「――ともかく、アンタとは友達にならない。
休戦協定も破棄よ。だから力づくでアンタを縛り付けてでも、ユキを返してもらうわ!」
最初からこうすれば良かった。
ルイと中途半端に打ち解けるから、せつなを裏切らせてしまったのだから。
彼を縛り付けるなり箱に閉じ込めておくなりして、ユキの看病をするでも、悪化を防ぐことはできたのだ。新しい人間関係を作れば、同時に新しい問題も生まれることを知っていながら、成り行きに任せていたイリエのミスである。
子供だからって手加減をしていた。手段を選んでいたが、ここからはもう関係ない。
虐待だ、弱い者いじめだと言われようとも、追いかけられないような体にしてしまえば、
「どうして殺さないのかしら」
声の主は、いつの間にかベッドの上に座って、ユキの頬を撫でていた。
「それが一番簡単でしょう、イリエちゃん」
「レ、イ……」
「ほら、私たちは暗殺者なんだから。手っ取り早いじゃない?」
レイが指を拳銃の形に変え――、ばんっ、と呟いた瞬間、
ルイの額に太い弾丸がめり込み、
べちゃり、と。
イリエの視界が真っ赤に染まった。
やがて、
頭部を失った十歳程度の彼の体が、ばたりと後ろに倒れる。
どくどくと溢れ出る血液が、部屋の床を染めていった。
「ね? これであとはユキちゃんを連れ帰るだけ……、でしょ? イリエちゃん」
「………………ええ、そうね」
深呼吸をし、動揺して早まった鼓動を落ち着かせたイリエが――、目を見開いた。
心臓が止まったかと思った。
「え……」
そしてそれは、遠方から手元のスコープを覗き込む少女の口からも出た。
「え……、え、え、どういうこと……? なんで――ッ、どうして!?」
狙撃手であるモモが再び引き金に指をかけるが、しかし、頭部を撃ち抜いたのにじゃあ今度はどこを狙えばいいと言うのか――。
……どうしたら殺せる?
「頭を吹っ飛ばしたのに……っ、どうして立ち上がれるのよ、あの子はっっ!?」
動かないはずの、頭部を失くした体が。
二本の足で、立ち上がる。
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