第6話 シンデレラ・オーバー現象

 イリエが眉をひそめる。

 一人なのに、二人? 意味が分からない。


 せつながおかしくなった、と切り捨てたくもなったが、しかし前例はある。

 一人なのに二人――、二重人格。


 それを気配として、せつなは察知したことになるのだが……、

 そんなこと、ユキくらいしかできないと思っていた。


 選ばれただけあり、やはり代理としての素質はあるということか。

 舌打ちを混ぜながら、イリエが聞く。


「アンタは知ってる? シンデレラ・オーバー現象――」


 業界で噂になっている現象だ。

 語り部は多くとも、実体験は少ない。


 話に尾ひれがついて、大喜利に近い形として広がっていたのかもしれない。

 だから想像でそれっぽいことを噂として流していくようになるのだが……、

 広まっていた中に、あった気がする。


 炎を操り、赤い巨大な蛇を生み出す現象のことを……。


 嘘のような話も、では、真実だったと言うのか?


 だとしたら、噂になっている『シンデレラ・オーバー現象』は、真実なのか?


 せつなが答えた。


「はい。知っていますよ――疑っているようですので言いますが、実在します」


 間違いなく、と念を押して。


「世界各地に頻繁に、能力者が出現していますから。

 それをシンデレラ・オーバー現象と呼ぶのであれば、真実です」


 能力者。それは技術を突き詰め、極めた達人ではなく、


「体の仕組みから違う、技術も才能も関係ない変異種、と言いますか」


 技術ではどうにもならない差。埋められない運の世界だ。


 生まれた時からアドバンテージを持っている。そんな天災たちを――能力者と呼ぶ。


 もしもターゲットとして、たとえばターゲットを守るボディーガードとして、能力者が参戦していたとするならば。

 ……暗殺者にとってはこれ以上ない障害であり、厄介な相手であり――そう、天敵だ。


 炎を操る、なんて異端がごろごろと出てきたら、いくら経験豊富な暗殺者でも、楽に始末することはできないだろう……もちろん、ユキでもなければ、だが。


「実在したのね、能力者……」


 見るのは初めてだ。

 もしかしたら、裏方専門であるイリエがないだけで、ユキや、チームを組んでいるレイなら、既に接触しているかもしれない。

 そうならそうだった、と言ってくれれば……、

 いや、そういう話はしない二人だった、と諦める。


 たとえ能力者だろうと関係ない。

 ユキもレイも、いつも通りに障害物をどかしただけなのかもしれない。

 前線を任された二人は慣れているかもしれないが、イリエは直接戦闘すら、まだ不安が残る実力だ。能力者相手にどう立ち回れば……。


「わたしが相手をするので、先輩は指示を」

「……そうね、その方が効率的ね」


 自分が戦うものだと思っていたが、そう言えば今は二人だった……せつなが、相棒だ。

 ユキと比べれば頼りないが、しかしこれまでを見ていれば、腕が立つのがよく分かる。


 ユキには及ばないが、まあ、チームメイトとして、及第点以上であるとは認めよう。

 代理、とは絶対に認めないが。


「相手は能力者ですが、弱点は絶対にあるはずです」

「誰に言ってんのよ、アタシがそれに気づかないとでも思ってるわけ?」


 あるはずだ、まだ見抜いてはいないが。

 それでも強気に出るところは、イリエの性格上、分からないとは言えないからだ。


「さすが、先輩」


 素なのか面白がっているのか、分からない反応だった。


 ともかく、活路を見出さなければ、せつなも巻き込み、共倒れだ。



「……こんなつもりじゃあ、なかったんだけどなあ……」


 壁に背を預け、座り込んでいた男が呟いた。

 誰に言うでもなく、心の声が思わずこぼれ出てしまったような、声のトーンだった。


 こんなつもりじゃなかった。

 炎が自然発火したとでも? 

 ビルを一棟、丸々包むような火災を、だったらどういうつもりだったと言うのか。


 髪を金髪に染めた男の腕には、注射痕があり、典型的な薬に溺れた若者だった。

 そんなやつに限って、シンデレラ・オーバー現象を操る能力者だと言う……、

 力を持つべき者は他にもたくさんいるだろう……なのに、どうしてこいつが……っ!


 こんなやつに、大きな力が与えられるんだ!? ――そうイリエが吠える。


 実際は、言葉として成立していなかった。

 本当に野生の動物が威嚇するために吠えたような、ただの鬱憤を晴らすための叫びだった。


「もっと、だ……もっと、火力をよこせよ……っ、ハウラスッ!!」


 名前か合図か、偶然聞こえた雄叫びの言葉か。

 立ち上がった男の両手に炎が集まる。

 赤いグローブをはめたような立ち姿だった。


 ボクシングのような構えを取った男が、イリエとせつなを睨みつけている……、

 そして、狙いを定めて拳を前へ、勢い良く突き出した。


 突風が衝突してくる。

 ただの風ではない、皮膚を焼く熱風だった。


「くくっ、くはっっはっは! ざまあみろッ、オレを狙うからこうなるんだ! 

 誰に雇われた殺し屋か知らねえが、テメエらに簡単に殺されるオレじゃねえ!!」


 その言葉を、全身火傷の痛みに苦しみながら、イリエが聞いた。

 ……殺し屋だって? 霞む視界をこすりながら、呟く。


 今の熱風で、はめていたマスクはどこかへ吹き飛んでいってしまったようだ。


 業界内では統一しているだけで、一般人からすれば、暗殺者も殺し屋も変わらないだろう。

 実際、イリエたち暗殺者のことを殺し屋と認識している業界人もいるし、どちらの表記を使っても構わなかったりする……ようは伝わればいいのだ。


 正式には暗殺者、というだけの話。


 だから男が言う殺し屋は暗殺者で間違いない……ならば、いるのか?


 男をターゲットにしていた、任務中の暗殺者が、この場に。


「ヘマしたってわけね……、あいつをここまで追い込んでおきながら、暗殺に失敗するなんて……っ。無責任、よ……どこの、誰が……ッ」


 暗殺と言っているのだから、原則、相手にこちらの存在がばれる前に、始末をするべきだ……、全員が全員、そう上手くいくとは限らないとは言え、ビル一棟が炎上するような反撃を受ける前例は少ない。


 少ないだけであるにはある……、思い返せば、シンデレラ・オーバー現象が絡んだ能力者との戦いだったのだろう。仕方ないとは言え、だからと言って採点は甘くはない。


 自分の尻拭いもできない暗殺者は、クビだ。


「下手、くそ……ッッ」


 そう吐き捨てた時だった。


 新しい足音が場外から聞こえてきて、


 騒ぎを聞きつけた野次馬のような軽さで、顔を出した人物がいた。



「あら? イリエちゃんと……、そっちの子は誰かしら」

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