第31話 地下空洞

「「――ユキ(様)!!」」


 二人の声が重なり、呼ばれたユキが目を覚ます。


 気を失っていた……? 戦闘中に? 

 暗殺者としては引退したつもりとは言え、それでもルイを守るメイドとして、戦闘スキルに関しては据え置きだった。

 戦闘中に意識を失うなどあってはならない……、気絶はそのまま死を意味するのだが……、


「生きてる……」


 現状把握が遅れたことに内心で舌打ちをする。

 薄暗いが、光がまったくないわけではない。

 蜘蛛の巣状の亀裂から光が漏れている……、それで互いの顔が見えるのだ。


「ここは……?」


「廃墟の真下よ。大量の白骨が地面の下から出たおかげで、地中が空洞になっていたみたいね……。ルイが掘り進んだ先に、少し広めの空間があったのよ。

 白骨たちも知らなかったみたいね……、だからまあ、一応は安全地帯かしら」


「っ、ルイ様はどこ!?」

「アタシたちがアンタを助けたことには一切触れないのね。いいけど……」


 不満そうなイリエには内心で謝っておく。

 彼女が顎でくいっと示す方向へ向くと、土だらけの両手を慌てて隠すルイの姿があった。


「あ。……ユキ、怪我はない?」

「ルイ様こそ……、その土だらけの手は……」


 イリエはルイが掘り進んだ、と言った。

 その手で、柔らかくない土を、掘ったのか?


 爪が全部剥がれてもおかしくないし、ルイなら気にせず続けるはずだ。


「そうやってすぐ心配するから隠したのに……、でもほら、もう治ったから大丈夫」


 ばぁ、とルイが両手を見せる。


「それはルイ様が不死だからです。本来、大丈夫な怪我ではないですからね? 

 それを頭に入れて、これから行動してください。

 不死だからと言って、怪我をする覚悟で行動されては、私は心配で心臓が持ちませんよ……」


「分かってる、けど……今日は仕方がなかったよ」


 実際に助けられたユキだって分かっている。

 ルイが行動したことで、この空間が発見できたというのであれば、ユキは彼に命を救われた。


 もしもルイが黙って危険から遠ざかっていれば、今頃、ユキは大量の白骨たちの餌食になっていたはずなのだ。


 イリエとせつなも……、

 彼に引っ張られる形で地中に落とされ、全方位に立ち塞がる、逃げ場のない状況から、逃げ延びることができた。


 その小さな背中と細い腕に、助けられた。


 得体の知れなかった相手の人間味を直接受け取り、

 彼女たちも、ユキと同様にルイに寄っていく……、つまりだ。


「ねえ、ユキ……、ルイは、なんなの? 

 アンタは、アンタたちは一体、なにを抱えてこの場所にいるわけ!?」


 ユキ以外の事情に首を突っ込まなかったイリエが、ルイに興味を持った。

 元を辿ればやはり、ユキに関することではあるのだが、以前よりもルイを知りたいと思っているのは事実だ。


 ルイが抱える事情。

 ユキが成し遂げたい目的。


 イリエ自身、なにか力になれるのではないか。

 いや、力になりたいのだと、前のめりに関わろうとしてくれているのがよく分かる。


 でも……、とユキはこの期に及んでまだ躊躇っている。

 自分レベルの実力で倒れる有様だ。イリエやせつなに、堪えられる戦場ではないと知っているからこそ、言葉が上手く出てくれない。


 言いたくない。ルイとの二人だけの秘密……ではないにせよ。


「あなたたちには――」


「ユキッッ!!」


 イリエの怒声。

 もしも近くに白骨がいれば、気づかれていただろう。


 彼らに耳があれば――。白骨であることに助けられたか。


「本当に、死ぬわよ?」


 誰が、とは言わなかった。誰もが、かもしれない。


 ユキでありイリエでありせつなであり――ルイであり。


 不死であっても『殺す』方法があることを、イリエは知っている。


 ユキの体が強張った。暗殺者であれば身近な言葉であるにもかかわらず。


「……全員で生き残るために、教えなさいよ」


 ユキは……、深い溜息を何度か吐いてから――答える。


「嫌です………………とは、もう言えませんね」



 ユキも腹をくくったようだ……、

 だが、本当に腹をくくるべきは、イリエの方だっただろう。


 聞けばもう逃げられない。今の段階で、既に逃げられない状況ではあるのだが、まだなにも知らない傍観者でいられたはずだ。

 それをわざわざ壊してまで首を突っ込むということは、部外者だから、という逃げ道を潰したことを意味する。


「部外者を盾に、悪魔が逃がしてくれるとも思いませんがね」


「ユキ?」

「いえ。では、どこから話すべきでしょうかね――」

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