第4話 炎の中のシルエット

 せつなの手際は見事だった。

 イリエの指示に一寸の狂いもなく動き、ベストなタイミングでターゲットを暗殺。

 おかげで目撃者もおらず、痕跡を残すこともなかった。


 認めたくはないが、鮮やかな仕事捌きは、ユキの面影を見るほどだった。


「……ふん、まだまだね。これくらい、暗殺者なら当たり前にできることだから」

「はい、当然です。ユキ様ならもっと、手際良く短時間で暗殺していたと思います」


 そりゃそうよ、と同意する気持ちもあるが、ユキなら寸前で計画を変えざるを得ない状況にはならないだろうとも言い切れる。

 せつなに邪魔されたからとは言え、任務中に気を抜いていたイリエも悪いだろう……、


 反省だ。


「これで任務は終わりですか?」

「そうね。……ふぁあ、一仕事終えたら眠くなってきたわね……」


「六時間近く眠っていましたけど」

「あれは気絶って言うのよ」


 というかアンタのせいでしょ、と文句を言いかけた時だった。



 ――爆発音。


 闇夜を照らす赤い炎が、ビルの一棟を丸ごと包み込んでいた。


 ……近い。大通りを挟んだ向こう側で、騒ぎが起きている。

 もしや自分たちがヘマをして騒ぎに繋がったのではないかと思ったが、そうではないようだ。


 まったくの別件だろう――、本来なら、余計なことに首を突っ込んで巻き込まれてしまえば、自分だけでなく組織にも迷惑がかかる可能性がある……、距離があるなら退散するべきだが、騒ぎとは手がかりだ。

 可能性は低いかもしれないが、それでも調べない理由がない。


「ユキ様らしくはないですが」

「そうね。でも、いかずに後々、ユキに関係していたと発覚したら? 

 後悔するくらいなら組織にダメージがあったとしても構わないわ。ここはいくべきよ」


 騒ぎの元へ向かおうとしたイリエが、


「嫌ならこなくていい。足手まといだし」

「いえ、いきます。ユキ様と先輩を会わせるわけにはいかないので」


 言いながら、手がかりを見つける手伝いはしてくれるようだ。

 矛盾しているようだが、

 せつなの目が届かないところでは、接触させないという意味だろう……、


「あっそ。好きにすれば?」



 大通りを挟んだ向こう側の騒ぎは、さっきよりかは静かだ。

 逃げ遅れた人々の悲鳴だけが、薄っすらと聞こえてくる程度……、

 時間経過による自然の摂理だろう。


 ただ、炎上したビルは今もまだ消火される気配がない。

 炎の勢いが強過ぎるのかもしれない。

 サイレンが鳴っているので、消火活動をしていないわけではないのだろうが……。


 イリエとせつなは、炎に巻き込まれない範囲内で、状況を調べていく。


 原因が分かれば、そこからユキが関わっているかどうか、手がかりが見つかるかもしれないと期待してのものだったが……、炎のせいで近づけない。

 となれば当然、得られる情報も少ない。

 ネットに呟く野次馬と情報レベルは同じだろう。

 だったら現場で調べるよりもネットを張っていた方が効率的だ。


「アンタ、ちょっと炎の中を見てきなさいよ」


 冗談で言ったら、せつなが疑問どころか、躊躇いもなく頷いた。


「分かりました」


 炎に向かって歩いていくせつなの髪に、炎が燃え移り――、


 火だるまになってもおかしくなかったが、寸前でイリエがせつなの手を引いた。


「――バカじゃないの!? なんでっ、アタシの言うことを聞くのよッ!」


 ユキを巡って敵対していたはずだ。

 イリエとせつなは決して交わらない、だからたとえ相手が先輩だろうと、せつなは無茶なことは遠慮なく突っぱねると思っていたのだが、


「このくらいの炎なら影響はないかと思いまして」

「髪、燃えてるけど……」


 気づいたせつなが、炎を握り潰した。

 炎は消えたが、開いた手の平はきちんと火傷していて、体が特別、炎に強いというわけでもないようだ。


 せつなは、炎に恐怖心がない……、その根拠は? と聞けば、


「ユキ様なら平気ですから」

「だから? アンタが炎に強い理由にはならないでしょ」


 睨み合う二人。

 何度目か分からない一触即発の空気を破ったのは、影だった。


 炎に照らされて生まれた地面に浮かぶ影ではなく、


 炎の中に見える、シルエット――、


 イリエの視線が引き寄せられる。



「……子供?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る