第3話 協力プレイ

 祖国【U】の首都に赴いたイリエは、

 予約していたホテルで、夜中まで時間を潰すことにした。


 上司から言い渡された暗殺任務のターゲットのことは、既に尾行を終え、自宅への潜入経路、時間帯なども目算で算出している。


 不測の事態もあるだろうが、

 思い描いている予定通りに事が進めば、失敗することはないだろう。


 その場で殺さずとも、

 イリエの専売特許である毒を使えば、遅効性による、時間差の暗殺が可能だ。

 普通に殺すよりも足がつきにくい。できれば、目撃者もいない方がいい。

 仮にいても、始末することでフォローはできるが、できれば余計な殺しはしたくないのだ。


 ソファに座り、ふう、と一息つく。疲れが溜まっているのは、任務の下準備によるものではない。それは早々に終え、余った時間でユキの捜索をしていたのだ。

 本来、ユキが足取りなど残すはずもないのだが、別に逃げているわけではない。

 ただ移動するのに痕跡を潰していく方が労力がかかるだろう。ユキは無駄なことはしない。


 そのため、時間はかかるが、見つけようと思えば見つけられる足跡があるはず……、

 一応、首都近辺なので、移動するならここを経由するだろうとも思っていたが――、


「ないわね、手がかり……」


 想定内と言えば想定内だった。任務の片手間で探せば、成果は上がらないだろう。

 本格的に捜索をするとしたら、明日からだ。だから暗殺は今日中に。変更は認めない。


「さて、夜まで一眠りでも――」


 瞬間、イリエがソファから立ち上がる。部屋の外、ルームサービスを頼んだ覚えはないが、この部屋に近づいている足音が聞こえてくる。

 ……同業者ではない、か? 

 あからさまに足音を立てているなら分かるが、目的が分からない。

 一般人が用事で近づいている方がまだ納得できる。


「気づかれた?」


 ターゲットに。いや、そんなはずはない。しかし尾行している自分が尾行されていたなんて、ありふれている事例だ。自分の背を、もちろん警戒していたが……見落とした?


 それとも、尾行していることが分からないほどの手練れなのか?


 ごくりと生唾を飲み込み、はずした装備を一式、装着し直す。

 バスルームに身を隠し、ガチャガチャと捻られるドアノブの音を聞きながら、様子を窺う。


 ぎぃ、と扉が開いた。鍵がかかっているのにもかかわらず。


 ……一般人ではない。同業者か、それとも――、


(強盗なら運がないわね、まさかアタシがいる部屋を狙うなんてね!)


 足音が近づいてくる。バスルームを過ぎた時、イリエがリビングに飛び出し、相手の背中に毒針を深々と刺した――、相手の正体は、想定外の人物だった。


「あ、アンタ――!?」


 まだ毒で気を失っているはずの新人・せつなだった。


 毒を抗体で打ち消し、追いかけてきたとでも!? と驚愕しているイリエだが、既に振り下ろした毒針がせつなの背中を抉っている。

 当然、毒を塗っているのだ、しかもせつなにはまだ試していない毒である――。

 抗体を作るまでに時間がかかるはず、と思っていたのも束の間だった。


 体を捻り、繰り出された肘が、イリエの顎を強く打つ。

 壁に叩きつけられたイリエは、顎を揺らされ、そのままぼんやりと視界がぼやけ――、



 目を覚ました時、窓の外が真っ暗になっていた。


「――はあ!? 時間……っ、まずっ、任務がッ」


 ターゲット暗殺のタイミングをこのままだと逃してしまう。

 仕切り直すこともできないでもないが……、

 時間をかけて立てた計画が無駄になることは避けたい。


「先輩、起きましたか」

「アンタねえ……ッ」


 言いたいことは色々とあるが、説教をしている暇はない。

 ここで待っていろ、と命令して聞く素直な後輩でいてくれるはずもないだろう……、

 仕方がない、邪魔さえしなければいいとハードルを下げよう……、

 これ以上、時間を浪費してはたまったものじゃない。


「暗殺に向かうわ。ついてきなさい――、

 ただなにもするな、黙って先輩の技術を見て盗むことね」


「はい。わたしは先輩を監視できればそれでいいです」


 監視。どの立場でどの口が、と言いかけたが、今は一分一秒が惜しい。


 部屋から出て、ホテルの非常階段を駆け下りる。

 予定ではのんびりと向かうはずだったのだが……、

 まったく、こんなギリギリの勝負になるとは思わなかった。


「あらかじめ、先輩の毒を盛っているのでは? 

 遠隔で死を確認できれば、慌てて現場にいく必要がないと思いますが」


「そうしているならこうして動いていないでしょ」


 毒を盛るにしても、ターゲットの行動が確実に読めない以上、寸前まで待った方が確実性が上がる。実際、予定では真夜中に現場にいくつもりでも、直接、手を下すつもりはなかった。

 寸前で毒を盛り、遠目で死を確認して闇に紛れて退散するつもりだった。


 仕掛けるタイミングは食事中、もしくはクラブなどで、バーテンダーが運ぶ飲み物の中になど、想定していた手段はあったが、それらは時間が全てと言える。


 タイミングが一秒でもずれれば、違和感として足がつく。

 管理者にばれないように潜入するのも、簡単ではないのだ。


(ユキは言わずもがな、レイは単純に上手いし、モモも見た目で潜入しやすいけど……、これに限れば、アタシは苦手なのよね……っ)


 潜入。良くも悪くも好戦的で直情的なイリエにとっては、暗殺者でありながら致命的な苦手分野と言えた。潜入をしないためにも。トラップ系の武器を専門としている理由でもある。


 限れば、と言っているが、探し出せばきりがないくらい、イリエの苦手分野は多い。


(バーテンダーに運ばせる飲み物に毒を盛る? それともフルコースで出される料理に? 前者は仕掛けやすいけど、誰の手に渡るか分かったものじゃない。

 後者はシェフが最初から最後まで手に持っているから仕掛けにくいし……、もっと時間があれば、下ごしらえの段階で毒を盛ることができたのに……ッ!)


 こうなれば、『見つからない』ことは捨て、足がつくのを覚悟で外的衝撃で殺すか? 

 面倒ではあるが、証拠を揉み消すことは、不可能ではない。

 したくはないが、上司に頼めば圧力で迷宮事件として処理することもできるが……、


 ただ、暗殺者のプライドとしては、見つからずに、外的衝撃で殺す――これに尽きる。


 トラップ系統に特化したイリエだが、拳銃やナイフも、使えないわけではない……が。


(戦法を固めてから、一切触ってないのよね……、

 素人に毛が生えた程度の扱いで、上手くできる保証もない……)


 つまり自信がないのだ。ないとは思うが、万が一、失敗するかもしれない……、

 任務に問題はないかもしれないが、暗殺者としての今後の評価に関わる問題だ。


 ナイフ、拳銃を使って殺し損ねたら大問題、足がつけば問題になる。

 用意周到に時間があったにもかかわらず、トラップ専門のイリエが直接手を下す選択をさせられるほどに追い詰められた時点で、問題ではある。

 あれもこれも、せつながいなければ……っ!


 邪魔さえなければ今頃、準備万端に、ターゲットの死を確認するだけの簡単な仕事だったのに、どうしてこんなにもスリルを味わわなければならないのか。


 初心を忘れるべからずとよく言うが、

 こんな形で初任務のドタバタを思い出したくはなかった。


 考えながら走っているせいで、いつもよりも早く息が上がる。

 闇に染まる路地裏で立ち止まり、今後の計画を組み直そうとするが、しかしスライドパズルのように一枠空いているわけではない。

 ギチギチに詰まった四角いブロックは、既に動かせない予定として組み込まれてしまっている。どうしたってずらせない。


 計画自体を変えるしかない。

 パズルのピースの全てをはずし、別のピースをはめていくしかないのでは……? 

 だとすると、考える時間が圧倒的に足りない。


 知恵熱が出そうなくらい脳を回転させるイリエの鼻から血が垂れる。


 自覚ないまま、血が唇の隙間から口内へ入り込み、そこで初めて鉄の味に気づいた。


「う……、クソッ、頭が……ッ、割れるっつの……っ」


 頭を抱えるイリエを見かねたのか、これまで口出しをしなかったせつなが、


「わたしが現場に出ますか?」

「……黙って見てろって、言ったわよね?」


「先輩がそう命令するのであれば。ただ、わたしは道具ですから。先輩が使うというのであれば、命令に従います。

 時間、距離、タイミング、指定してくれれば、一つの狂いもミスもなく実行します。

 そういう風に作られましたので」


 まるで機械みたいな子だな、とイリエは思った。

 ユキも、まあ、こんな感じで心を開いている素振りはあまり見せなかったが、そこも真似しているのだろうか?


 ユキの代理というより、ユキに憧れた中学生のファンが言動を真似しているようだ。


 せつなの見た目から推測できる年齢も、恐らくはその辺りだろう。


(……突っぱねたいところだけど、でも正直ありがたいわね……元々、アタシのトラップ系は表で暴れ回る人材がいてこそ光るものだし。

 まあ、今回は全部、あいつに丸投げという形にはなるだろうけど……、あいつの手柄、にはならないか。道具の成果は使用者に還元される――。

 ふうん、なら、遠慮なく使わせてもらおうかしらね)


「……一秒でもずれたら殺すわ」

「それ以下でも正確に動きますが」


「なら、やってみなさいよ」


 売り言葉に買い言葉、でないことを願うばかりだ。

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