第27話 人間か人形か

「で、外でなにしてるわけ?」


 外壁を調べているせつなを見つけた。

 壁の外側へ出ようとすると見えない壁がある。衝撃を与えると、電流が走ったように弾かれる。既に調査済みのことだ。

 これ以上、ここを調べても分かることはないと思うが……、


「イリエ先輩たちは、一か所を入念に調べただけでしたので。

 わたしは一周全てを確認しておこうと思います」


「一周って……、一か所がそうなら全部そうでしょ」


「それを確かめるための調査です」


 無愛想に聞こえたのは、喧嘩をした自覚があるイリエの思い込みか。

 ……喧嘩、したわけではない。イリエは自分の思い込みを訂正する。


「確かめる、ね。夜までに終わらないでしょ」

「はい。なので、明日、明後日と続けていくつもりです」


「夜は?」

「もちろん、ユキ様についていきます」


「ふうん。それで。アンタはいつ寝るわけ?」

「わたしに睡眠は必要ありません」


 あるから倒れたんだろ、と口から出かかったが、なんとか止める。


「……そう。そうよね、アンタは人間じゃない。

 だから睡眠も取らずに活動し続けても体に問題はないと、そう言いたいわけよね?」


「はい、そういうことです。わたしたちがユキ様よりも秀でた一部分になります」


 まるでそれ以外が肩を並べている、とでも言いたげだ。

 今のところ、せつなはユキの全てにおいて劣っている。これから合わせていくのだろうが、睡眠を削り、活動し続けることを秀でた部分として上げている時点で、追いつけるはずがない。


 自分は人間じゃないと思い込んでいるせつなは、遅かれ早かれ壊れるはずだ。

 代替品がいる、と彼女は自覚しているからこそ、無茶ができるのかもしれないが……実験そのものが成功することはあれど、せつな自身が成功することはないだろう。


 間違いなく。それだけは絶対だと言い切れる。


 自身が壊れるまでデータを取り、結果を求め続ける――上からの命令に従うままにだ。


 イリエたちも大概ではあるが、さすがに感情はある。

 上司に(本気で)反抗こそしないものの、わがままくらいは言うのだ。

 しかしせつなにはそれがない。そういう感情が欠落している。


「――人形」

「……はい?」


「アンタは人形ね。せいぜい、ご執心してる先生とやらに遊ばれてれば? 

 可愛く着飾ってもらっちゃって、随分とまあ、満足そうね。

 ……似合ってないのよ。アンタは――」


 そこから先の言葉を、イリエは飲み込んだ。


「期待してるわ、無数にある中の一つの試験体としてね」



 その時、せつな自身も自覚がなかった。

 だが、気づけば彼女の体が、飛び出していたのだ。


 背を向けたイリエに飛び掛かるように――せつなの手には、ナイフが握られていて。


 殺しの技術。

 それは当然、暗殺者にも通用するものだ。


 しかし、毒使いであるイリエに毒が効くように、脅威を知っているからこそ、対策をしない毒使いはいない。利用しているからこそ光も闇も知っているのだ。


 つまり暗殺技術を知る者は暗殺技術を甘く見ない。

 背後からの殺気に気づいたイリエがせつなの手首を掴み、真下に引く。

 勢いを殺されたせつなが地面に叩きつけられた。


「……いい度胸ね」

「あれ……? どうしてわたしはナイフを持って先輩に飛び掛かったのですか?」


「そんな言い訳で言い逃れできるとでも思ってるの……?」


 ナイフを手離させるために腕を締め上げようとしたが、それよりも前に、せつなが観念したのか、ナイフを手離した。彼女は、本当にイリエを襲うつもりがなかったのかもしれない――、

 そうなると、今の行動は一体なんだったのだ、という話になる。


「……アンタ、怒ったの?」


「怒る? わたしが、ですか?」


 覚えがない、とでも言いたげだ。

 どうして怒ったのか……そもそも自分は怒っているのか? 

 自覚していないせつなが、うんうんと考え込んでいる。


 せつなが自身で見つけることは不可能だろう……だから。


「アンタはさ、人形って言われたことに、腹を立てたんじゃないの?」


 思い当たる節はそれしかない、とイリエが告げる。


 もちろん、せつなは答えた――、


「は?」


 ぽかんと口を開けて、そんなわけないですよと自分らしくない感情を見ようとしなかった。


 受け入れようとしなかったのだ。

 受け入れてしまえば、自分はユキから遠ざかっていくと思い込んで――。


 試験体としては、失敗作だと烙印を押されたようなものなのだから。


「わたしは……」


 せつなはその先の言葉が紡げなかった。

 頭では分かっているのだろう、口さえ動けば言葉を紡げる……。

 声を出そうとしているのに声が出ないからこそ、目を見開いて戸惑っているのだ。


「試験体、の……人形で……」

「もっとはっきりと言い切りなさいよ」


 なんとか絞り出せた声にも、イリエが厳しく指摘した。

 内緒話をするような音量で言われたところで、自分自身で『人形』という扱いに納得がいっていないことがばればれだ。


 イリエはせつなに、人形だと断言してほしいわけではない……、

 断言こそしてほしいが、人形であるか人間であるかにはこだわっていなかった。


 曖昧を認めない。

 流されることを許さない。


 人形だと言うのであれば、もう構わない。

 だけど、人間だと――言葉に出すほど欲があるのならば、まだ見捨ててやらない。

 それが先輩としての立ち振る舞いだ。


「どうなの?」

「わたしは……っ」


 鼓動が早くなる、思考が回転する。

 今まで使ってこなかった脳が新しい動き方を見せ、それについていけていないのだ。


 ルールという基準があり、それに乗っ取って判断していたこれまでとは違う。

 前例がない……しかしルールこそ変わっていないのだから、これまでと同じように判断すればいい――もちろんそれができたら困っていないのだ。


 ルールを守るべきだ。

 だが、自分の感情が、それを阻んでしまっている。


 だからせつなは、答えが出せないでいた。


「うう……」


「ちょっ、アンタ、やっぱり寝なさいって。

 ユキと同じ活動時間でまともに考えられるはずがないんだから!」




「私がどうかしましたか?」

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