第35話 ラプンツェルの少女たち
話している間にも、白骨たちが次々と落下してくる。
このままではイリエたちは全員、彼らによって埋もれてしまうだろう……その前に。
視覚に頼っているわけではない白骨たちには通用しないだろうが、それでもイリエは足下に小さな瓶を叩きつけ、もくもくと白煙を立ち上らせる。
「――上へ!」
今や廃墟内のどこにいようと白骨たちで埋め尽くされている。
逃げようにも逃げ場がないのが現状だが、
かと言って、地下空洞に居続けるのは悪手の中の悪手だ。
地上に出なければ、反撃すらままならない。
立ち上る白煙を破って出てきた四人。イリエ、せつな、ユキに抱えられたルイだ。
誰もなにも言わないが、それでも空気が言っていた――、どうする?
白骨をまともに相手していたらきりがない。
しかし逃げようにも、王国は悪魔による見えない壁によって、全員が脱出不可能だ。
順序としては、蠅の王をなんとかすれば、白骨たちは動かなくなるだろうが……、白骨たちは蠅の王にとって、壁役である。
白骨をなんとかしなければ蠅の王に刃は届かない……、では白骨たちをどう対処するか――。
これでは堂々巡りである。
周囲を見回せば、地下空洞へ落下しなかった白骨たちがいる。
横一列に並んでいるように見えるが、ずっとずっと後ろまで続いているだろう。
軍隊の行進のように、整列しているのだ。
間を縫って走り抜けるか? どこから引っ張り出したのか、彼らは剣を持っている……、
背中を切り裂かれたら終わりだ。
足を止めれば、八つ裂きにされてしまう……。
「いっそ、隕石でも落ちてこないかしら……」
思わずこぼれたイリエの笑み……、分かりやすい現実逃避だった。
群れの真ん中にでも落ちてくれれば、迫る白い波に大穴が空くのに――。
「あら、そんな奇跡を期待している時点で、暗殺者失格ねえ……」
不意に、白骨の中から声がした。
邪魔なものを腕で押しのけるように、彼女が姿を見せる。
「天災であるユキちゃんがいても、さすがに難しい状況かしら。
たとえモモちゃんを殺せなくとも、動く白骨死体くらいはどうにかできるかと思っていたけど……、やっぱり数には敵わないってことかしら?」
「れ、レイ……!?」
はぁい、と手を振る彼女とは、久しぶりの再会だった……、交代制で真夜中のルイの対処にあたっていたため、近いようでいて、顔を合わせるタイミングがなかったのだ。
不眠不休に近いユキとせつなは、会っていたようだが……、
だからイリエ自身は、レイの顔を見るのが久しぶりである。
「アンタ、無事だったのね……てっきりもう……っ」
「死んでると思っていたの?」
そこまではっきりとは……、しかしモモがああなっている以上、レイが見過ごすはずがないとは、心のどこかで思っていた。
止められなかったのであれば、レイも同じように悪魔のアバターになってしまっているか、殺されているか……、姿を見せないということは、そういうことだろうと思い込んでいたが――、
どうやら心配は杞憂だったようだ。
レイがいてくれれば、心強い。
彼女がいればこの最悪の状況を覆せる、とまではいかないまでも、戦闘能力だけで言えば、ユキに匹敵するのだから――。
ユキが万能型だとすれば、レイは特化型だ。
大きな斧を振り回し、白骨たちを散らすことに関して言えば、イリエが妄想したように、隕石が落ちてきたのと同じくらいの結果は出せるのではないか、と考えてしまうが……。
「レイさん」
「なにかしら、ユキちゃん」
久しぶりの再会ではないとは言え、追い詰められた状況での助っ人に少しくらい喜んでもいいとは思うが、ユキは一切、表情を緩めなかった……、引き締めている。
警戒を強め、レイを観察する。
まさか、姿こそ同じであるものの、彼女はもう既に悪魔に利用されて……?
そう言えば。
白骨の中に混ざっているのに、どうして彼らはレイに手を出さない?
まるで……、
群体に混ざった、一人のようではないか。
「あなた……、悪魔と契約をしましたか?」
一瞬、レイの表情から笑みが消え、冷たい空気が足下に溜まったが、一瞬だけだ。
すぐにイリエがよく見るレイに戻る。
「……ふうん。さすがはユキちゃんね、私の体に悪魔が入り、利用されていると考えるよりも、もう一歩先をいくなんて。私と悪魔が対等だと判断した理由はなにかしら?」
「理由はありません。あなたなら悪魔を利用すると思っただけです。
利用されそうになったら交渉し、互いに利益が出るような状況に持っていく――、
あなたの交渉術は、目立ってはいませんが、飛び抜けていますから」
ただで操られるわけがない、そういうキャラクターが、レイの行動をユキに読ませた。
「対等の契約、ですって……っ、じゃあモモは!? モモのことも、知ってるの!?」
アバターとして、肉の塊になってしまった彼女のことを。
操られている、もしくは悪魔側に寝返らなければならない理由が、モモを救うためである、と勝手に解釈していたイリエだったが、対等な契約となれば話は変わってくる。
悪魔との契約とは、すなわち『シンデレラ・オーバー現象』だ。
人間離れした能力を得る代わりに、悪魔に体を明け渡すという――、
「ん? それは違うわよお。私は悪魔に体を預けるつもりはないもの」
「そ、そうなの……? じゃあ、モモを救うために――」
「あ、モモちゃんはどうでもいいの。あれは単なる実験だから」
……実験?
「そう。悪魔本来の姿に近づけて、悪魔をこっちに降ろせないかと思って。
で、坊やは不老不死だから、体を自由に作り変えることができるけど、普通の人間だと難しいでしょう? 具体的にどれだけ体が耐えられるのか、と思ってねえ。
今のところ、数十分は持つらしいけど……、モモちゃんもそろそろ時間の問題かしら」
ベルゼブブも肉体の違和感に気づいているらしい。
自身の能力は発揮されているが、変化させた肉体の機能は、徐々に停止していっている……、
浮遊しているから関係ないかもしれないが、
それでも動きに精細を欠いている、とは自覚できるのだ。
「アンタが……ッ」
「ん?」
「――アンタがモモをあんな姿にしたのかッッ!?」
「いやね、私じゃないわよ。悪魔の仕業でしょう?」
確かにそうだ、実行したのは悪魔である……だが。
引き金を引いたのは悪魔でも、拳銃を渡したのはレイである。
だから――、レイが殺したも同然なのだ。
「まだ死んでないと思うけど……、まあ時間の問題ねえ」
「幼馴染……でしょ? 仲間……親友だって、言ってて……」
「否定はしないけど。でも目的のためには利用する……、だってチームとして最初に決めていたじゃない。ヘマをしたら見捨てるって。
そこで絶対に助けるって言わないのだから、利用するのは目に見えているけど……」
「レイ……ッ!!」
「許してほしいとは思っていないわあ。私も私で譲れないものがあったの。モモちゃんで言う弟くんたちみたいにね。だから、なにがなんでもここから脱出しないといけないの――」
モモの家庭環境を知っていながらも、彼女はモモを犠牲にした。
恐らく、イリエのように、残された弟たちの面倒を見る気はないだろう。
レイにとっては、モモに手を下したのは自分ではなく悪魔という認識だからだ。
外に出たいのはイリエたちも同じだが、モモを犠牲にしてまで、とは思わない。
もしもそれしか手がなかったのだとしても、実行するかどうかは即決できない。
暗殺者とは言え、存在するセーフティ。
人を殺す罪悪感ではなく、大切な仲間を見捨てて自分が助かる罪悪感だ。
さすがにイリエは、そこのセーフティには引っ掛かった。しかし……、
レイは、あっさりと通り抜けたようだ。
元から壊れているのか、それとも――、
それだけ彼女にとって譲れないものが、外にあるのか。
「だからね、悪魔との契約はこっち――、
私が外に出るためには、ある人物を殺さないといけないの……、悪魔からの暗殺依頼かしら」
暗殺ではないけどね、と付け足しながら。
レイが指を差した人物は……、イリエの背後にいる。
「そ。ユキちゃん」
「はっ、アンタがユキに、勝てるとでも思ってるの……?」
思わず笑ってしまったイリエを、レイは見下すように、
「私はなんのために、モモちゃんを犠牲にして実験したと思っているの?」
肉体を変化させて、死亡するまでの時間を計るためだった。
元を辿ればそれは、悪魔を、本来の姿に近い形で、現実世界へ降ろすためだ。
イリエが四足歩行の動物を動かし、戦うよりも、
二足歩行で、元の姿と似た体重や腕力の方が当然、動かしやすいように。
「いくらユキちゃんでも、一体ならともかく、数体の悪魔と戦うのは難しいでしょう?」
ベルゼブブ相手にこの有様だ。拮抗できるだけ異常なのだが、そこへさらに、数体が一気に押し寄せてくれば、ユキでもどうしようもないだろう。
ユキが殺される絵が、容易に想像できてしまう。
「アバター……、そうよ、悪魔を降ろすための、アバターがいないじゃない!!」
モモを使ってベルゼブブをこうして降ろしているが、他にこの閉鎖空間内に人間がいるとは思えない……、まさかルイを? せつなを? ……イリエを?
しかし正式な契約をしなければ肉体改造もできないはずだ……、
外側から勝手に改造できるなら、最初からやっているだろう。
それ自体が必殺の攻撃になるのだから。
だから、モモはレイに騙され、契約させられたのだろう……、レイの口八丁に乗せられて。
彼女はレイを信じていたからこそ、乗ったのだろう……にもかかわらず、レイは――っ。
親友の信頼を裏切り、利用した。
彼女の方が、よっぽど悪魔だった。
「アバターがいなければ悪魔は降ろせない。どうするわけ?」
「それくらいは考えてるわよお。もういるもの。さすが、早いわねえ。
まあ、悪魔たちの邪魔がなければ数日もかからずにヘリで辿り着けるものだしねえ――」
イリエたちは道中で墜落させられたからこそ、森の中を歩き、数日かかってしまったが、実際はもっと早くここへ辿り着けたのだ。
ヘリでなければ、もっと早く辿り着ける距離でもある。
連絡してから、さすが、素早い対応だった。
「白骨に紛れて分かりにくいかしらね。でもいるわよお、あちこちに」
「…………、え?」
声を漏らしたのはせつなだった……、そして、
「みんな……っ」
「あらあ、実験場ぶりの再会かしら。
でも残念、彼女たち、すぐに意識を失うのよねえ」
プロジェクト・ラプンツェル――、その試験体の少女たち。
かつて、せつなと共に切磋琢磨した、クラスメイトたちだ。
「壊れてもいい試験体は、まだまだあるから、遠慮なく使っていいわよお?」
そして。
バキバキ、グチャグチャ、という不快音が。
少女の肉体を、壊し始める。
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