23 最終章
23
半年後。
あれから麗羅は姿を見せていない。あの日麗羅はマミの回復を見届けた後、何も語らず忽然と姿を消した。それきりだった。思えば、事態が急激な変化を見せる際に彼女は突如現れた。麗羅の姿なき今は穏やかに時間が流れている。一体何者だったのだろうか。何一つ語ることなく彼女は姿を消したのだった。
**
〇×総合病院には再び医師として勤務するジローと、新人看護士ノブコの姿があった。
ジローは逮捕された後、早くに釈放され戻って来た。ジロー(ジョーカー)に鼻を折られたマミも、器物を破壊された病院側も、被害届を出さなかったので罪は比較的軽く済んだ。
ジローがユミに謝罪した際に、「多くの患者さんを助けてあげてください。」と言われた。ユミの父も、〇×総合病院に入院する患者である。ユミの言葉は、再び正しい道を歩み始めたジローの背中を押す。
ノブコは春に看護学校を首席で卒業し、晴れて〇×総合病院の看護士となり小児病棟に勤務し大勢の子供達を相手に毎日忙しく働いている。
ジローとノブコは来春には結婚が決まっている。2人で手を取り合い、幸せに向かって進んでゆく。
**
マミの身体は順調に回復し、今では何の不安も無く過ごしている。
マミの体内に眠り、ひとたび目覚めればマミの命を脅かす「帝王殺し」と、タケシからもらった「帝王の力」は相殺し合ったのだろうか。マミはジョーカー(ジロー)との戦いの後、ゲームには触れていない。だから、2つの力がマミの中でどうなっているのかは分からないのだった。
それでもマミは『裏ゲーム界の女帝』として君臨している。裏ゲーム界では、マミの存在自体が抑止力となって、帝王の座を狙い指折りマッチを挑んでくるような馬鹿なゲーマー達の暴走を抑えていた。
マミがゲームに触れずして裏ゲーム界を支配できるのは、マミとジョーカー(ジロー)のゲームバトルの記憶が人々の中に強烈に残っているからである。
あの日のマミの強さは、人間のレベルを遥かに超越していた。その一部始終を撮影し動画サイトに投降したものがいた。動画は瞬く間に話題になり、ニュースでも取り上げられ、全国に広まっていった。
コントローラーのレバーを折り、ボタンを破壊し、モニターは火を噴き煙を上げた。タケシの左手は砕けた。マミが操ったマミ=フリージアはジョーカー=ボーナスを完膚なきまでに叩き潰し、ジョーカー(ジロー)の破綻していた心を救い、果ては〇×総合病院と患者、医師やスタッフまでも救う結果となった。もはや1人のゲーマーに成せる所業ではなかった。
動画のインパクトは強烈だった。もう誰も『女帝マミ』に逆らうことはできない…。
ゲームの実力のみで全てが決まる裏ゲーム界でマミの意向に逆らえば、あの常識を超えた未知の力でねじ伏せられ、指をへし折られるだろう…と、誰もがそう思っていた。マミに目をつけられることを恐れて目立つ動きをしなくなったのである。
〇×総合病院での事件は裏ゲーム界をここまで変えてしまっていた。
裏ゲーム界は、『女帝マミ』を頂点として新たな秩序を持ち始めていた
**
タケシはマミの家の定食屋でアルバイトをしている。
タケシがマミを守るために犠牲にした左手の火傷と骨折はやっと癒えたばかりだ。癒えたとは言っても動きは鈍く、力も入り辛い。そんな手ではゲーム界に復帰する事などできなかった。
しかし、ゲームとは別にやりたい事が出来た。それは…。
「料理で人を喜ばせたい。」
という事だったのだ。それを聞いたマミの父親は
「おおおお・・・息子よおおお!!!」
と歓喜した。母親も同感だった。マミは最初は、頭がおかしくなったのではないか?と心配したがタケシのひた向きに働く姿を見て、思い直した。
タケシはゲーム以外に打ち込むものを見つけた。その答えが、マミの近くで料理をし、人々を笑顔にすることなのだ。タケシならば必ずやり遂げる。裏ゲーム界の帝王にまで上り詰めたように。そのためならばマミは全力で協力しようと決意した。
料理だけではない。
マミがタケシを裏ゲーム界に堕とし狂わせてしまった7年間を取り戻すように、毎日学校へ連れて行き、放課後にも勉強を教えている。
マミは厳しかった。それはタケシへの愛情からくるものだったが、傍から見れば常軌を逸しているようにも見えた。
「タケシ!、お前は17歳にもなってまだ掛け算の九九も出来ねぇのか!?、それから漢字の『フトイ』は『太い』だ!、『犬』じゃないだろうが!!、お前、もっと頑張らないとビンタだぞ!!。」
エキサイトしたマミは情け容赦ない。
「…お、おう!」
「返事の「おう。」は1回だ!!」
「…おう!」
マミの厳しさは料理においても止まるところを知らない。
「タケシてめぇ、卵も上手に割れねぇのかよ、殻が入ってるじゃねぇか!!。おい、こっちは牛丼を作ってるのに何で豚肉が入ってるんだ?、牛肉と豚肉の区別もつかねえのか、お前は!!。料理を舐めてんじゃねぇぞコラ、あとでお仕置きだからな!!」
「…お、おう!」
「「おう。」は1回!!」
「…おう!」
あまりの厳しさにマミの両親は眉を顰める。マミはエキサイトすると人格が豹変するのだ。もはや両親が知るマミではない。しかし両親は、その厳しさはマミがタケシの事を想うが故だと理解し、見守ってゆこうと決めている。2人の未来は2人に任せる。親が口出しすることではない。それがマミの両親の決断だった。
一方、タケシは喜びを感じていた…。
マミに怒鳴られるたびに、こっぴどくなじられるたびに、タケシの心は今まで味わったことのない喜びにうち震え、例えようのない快楽の海に溺れるのだった。
一体どうしてしまったのだろうか…。
タケシは勉強も料理もゼロに等しいレベルからのスタートだ。マミに罵倒されるチャンスには事欠かない。肉食獣の前に肉を担いで出て行くのと変わらない。マミに…マミ様に跪きお言葉をいただく。時にはお仕置きもいただく。この瞬間がたまらないのだ。全身の毛穴が開き欲望を垂れ流し、その快楽に身悶えする。
学校一のルックスを持つ才女、マミ。学校中の男子どもだけでなく女子までもが憧れる。事件のニュースでマミの事は全国中に知れ渡り、遠くからでもマミに会いに来たり、周囲をうろついたり、ストーカーまがいの行為をする者も後を絶たない。そのような者からはタケシと『地獄の狂獣たけし』が守る。暴力と、狂獣「たけし」の力で2度とマミの前に現れなくなるまで追い込む。星雄に包丁で刺されたり、ジョーカーに鼻を折られたような、そのような事件は2度と起こさせない。
その代わり…
…そのマミに厳しく指導され、激しく罵倒され、興奮と快楽の坩堝に堕ちる。そのことを思うと脳内からはまたしても大量のドーパミン「快楽物質」が分泌され多幸感に包まれるのだ。日々マミに厳しく責め立てられながら、今日も甘美で珠玉の時を過ごす。
「もしかして、俺は屈折しているのか…、マゾだったのだろうか?」
タケシはバイト中にふと手を止めて呟いた。
「いいえ…」
マミも昂っていた。マミが帝王の力、運命を引き寄せる魂の一部、を受け入れたせいで感情が変化してしまったのとは違うと思う。だが、勉強で、料理で、タケシを責めれば責めるほど、マミもまた興奮と昂りを覚えるのだった。そしてマミの責めに悶えるタケシを純粋に「かわいい」と思うようになっていた。もっと見ていたい、誰も見たことのないタケシの「素顔」を…。
普段なら手を休めているタケシを激しく罵倒するところだが、マミは穏やかな口調で言う。
「…これは、多様性というものなのよ。」
マミの言葉はいつも、どんな時でも真実を語る。
長い人類の歴史の中で、衣、食、住、が充たされる現在。…人々の欲望は限りない。
///終わり///
ゲーム少年Takeshiの欲望 Yoshinari F/Route-17 @Yoshinari-F
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます