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 〇×病院はこの街では一番大きい部類の病院である。

 マミの両親とタケシが入院してから1ヶ月が過ぎようとしていた。マミの両親は全治1ヶ月の診断で回復も順調だったので退院時期が近づいていた。

 一方タケシの傷は深かった。まだあと2ヶ月の入院を必要としていた。マミの両親が退院したら3人でタケシを看病してくれるという。断ったが聞き入れてはもらえなかった。

マミの両親は、タケシは一家3人の命の恩人なのだからお願いだから看病させて欲しいと言ってきかない。その気持ちは分かる。タケシは諦めた。

 マミは今日も〇×病院へ通った。

 彼女の足の傷はかなり良くなっていた。初めのうちは歩くことさえ大変だったが、今は抜糸も済み仰々しい程に巻かれていた包帯も取れていた。

 以前より足取りも軽く、病院へ向かい歩いていく。

 その途中で、いつも漆黒の「たけし」が仔犬のようにマミを迎えに現れる。「たけし、お迎えありがう!」マミの言葉に答えるように小さな躰でマミの周囲をクルクルと回った。少し距離をおいてみると仔犬にしか見えないが、その正体は「地獄の狂獣」だ。ひとたび暴れ出せば手が付けられなくなる。1ヶ月前ヨシヲの手下30名を震え上がらせ、マミを人質に立て籠った星雄を喰い殺す寸前まで追い込んだ。

 ただ、マミのいう事はよく聞いた。あの狂獣がマミによく懐いている。立て籠り事件以降「たけし」が暴れた事はない。

 マミの前に迷惑な男どもが押し寄せた時それを追い払ったことが数度あるくらいだった。

「かわいいー、犬?」

いつの間にかマミの近くに花瓶を抱えた10歳くらいの女の子が立っていた。マミと一緒に歩く「たけし」を珍しそうに見ていた。

「ありがとう。この仔『たけし』っていう名前なの。」

マミはそう答えた。

「いいなー。私もペット飼いたいなぁ。」

女の子は少し寂しそうな顔をした。ペットではなく「地獄の狂獣」なのだが。

「一人でお見舞いなの?」

マミは女の子に聞いてみた。

「うん、パパのお見舞い。パパ昼間からお酒を飲んで暴れるの。だから、いま入院してる…。」

アル中か。〇×病院は総合病院で様々な患者が入院している。

 おそらく、この女の子の母親はいないのだとマミは思った。そうでなければ小学生の女の子が一人で花瓶を抱えて見舞いに来るだろうか。女の子は無邪気に「たけし」を見ていた。

「触ってみる?」

「い、良いの?、噛まない?」

「(多分)大丈夫よ。」

マミは女の子の花瓶を持ってあげた。花瓶には美しい花が活けられておりずっしりと重かった。女の子は自由になった両手で「たけし」に触れた。「たけし」はじっとしていた。漆黒の体毛が風が無くてもゆらゆらと揺れている。女の子は心の中の寂しさを紛らわせるように夢中で撫でていた。「たけし」はくすぐったそうだったがじっとしていた。

「私はマミ。よかったらお友達になりましょ。」

「ほんと?!、私ずっとお姉ちゃんがいたらいいなって思ってたの!、私はユミ!」

「名前そっくりだね!」マミ。

「あはは、ホントだね。」ユミ。

「それじゃあ行きましょうか。」マミはユミに花瓶を返した。

「うん。ありがと、お姉ちゃん!。」

 マミは一人っ子で、はじめて「お姉ちゃん」と呼ばれたのでドキドキした。マミとユミは並んで歩き始めた。

 2人が病院に入る頃「たけし」の躰は静かに消えた。


 **


 マミとユミは病院のロビーでまた会う約束をして、ちょうど別れるところだった。

 突然大地を揺らす轟音が響き始めた。轟音は外からだった。最初は微かに聞こえる程度だったが、それはどんどん大きくなり病院のガラスをビリビリと揺らし、遂に入り口のドアをブチ破って侵入してきた。

 排気量1リットルを超える大型バイクの群れだった。バイクが〇×病院へ乗り込んできたのだ。病院ロビーは数十台のリッターバイクにたちまち埋め尽くされた。悲鳴と怒号が響き渡り大勢の病院関係者や患者たちが逃げ惑った。マフィア同士の抗争、殴り込みかと思うほどの世紀末的惨状だった。

 マミとユミも咄嗟に壁際まで逃げた。ユミは素早い動きにも花瓶を落とさなかった。それほど大切な想いがこの花瓶に詰まっているのだ。小学生の女の子がずっしりと重い花瓶をわざわざ持って見舞いに来ること、それは入院する父親への想いに他ならないのではないか。


「ジョーカーさん、奴はこの病院にいます。」

ジョーカーと呼ばれた男と手下の男が巨大なバイクから降り立った。ジョーカーは大男だった。やぶれたジーンズ、履き古したブーツ。そして分厚い革ジャンには鎖や鋲などの金属がやたらと付いていた。

 『ゲームセンター荒らしのジョーカー』。現在の裏ゲーム界の頂点に君臨するのがこの男だった。

「探せ。」

というジョーカーの命令で約80名ほどの手下たちが病院内に散った。誰かを探している…というよりも病院自体が占拠されていく。まるで囚人が病院を襲っているようだった。病人の布団を剥いだり、看護師に悪戯をしたり、ナースステーションで酒盛りしようとしている者までいる。

 やがて、ロビーに巨大なゲーム機が運び込まれてきた。一体この病院内で何をしようというのか。

「なに、これ…。」

病院のロビーにはあまりにも不自然な巨大なゲーム機にユミは驚きを隠せない。思わずゲーム機に近寄ってしまった。

「邪魔だ!!」

ジョーカーがユミに蹴りを入れた。こんな小さな女の子を蹴った!!

 ユミは激しく転倒し大切に抱えていた花瓶は床に叩きつけられて粉々に砕けた。活けられていた名も知れぬ美しい花束も反動で周囲に飛び散った。

 上体を起こしたユミの目に涙が溢れた。声が出るのを必死にこらえた。

 ―病院内では静かにするもの。

 健気にもユミはそれを守ろうとしていた。しかし涙は止めることが出来なかった。瞳から溢れる涙を拭うことも出来ずにユミは声を殺して泣いた。その姿を見て、マミがキレた。

「何てことすんの!!!!」

大男ジョーカーに渾身のビンタを喰らわせようとした。しかしジョーカーにあっさりと止められ、マミは逆に捕らえられてしまった。

「乱暴な女だ。」

「お前が言うな!!、放せっ!!」

マミの腕を掴んだジョーカーの後ろから

「マミ、久しぶりだなへっへっへっ…」

聞き覚えのある嫌な声がした。

 

 ヨシヲだった。


 ひと月ほど前、「ゲームセンター荒らしのジョーカー」はヨシヲから裏ゲーム界の帝王の座を譲られた。

 それまではヨシヲが裏ゲーム界の帝王だった。ヨシヲは指折りマッチで負けるのが怖くて、それならば負ける前に帝王の座を譲るのが得策だと考えたのだ。そこで裏ゲーム界の覇者に最も近そうなジョーカーにその話を持ち掛けたのである。これで、不敗の帝王という称号が手に入るし、何より指を折られる心配がなくなった。何たるチキン!!!!

 釈然としないのはジョーカーだった。

 何しろ、ヨシヲはゲームが下手くそである。そもそも帝王としての資質がない。タケシとサッカーゲームで勝負した時もタケシの自爆ゴールによる勝利で帝王になった男なのだ。果してそんな奴から譲られた帝王の座に価値などあるのだろうか?。そんなものがこの裏ゲーム界の頂点なのだろうか?。

 ヨシヲはそんなジョーカーの考えも計算済みだった。

「ジョーカーさんの気持ちはごもっとも。では、私の先代の帝王タケシを血祭りにあげてはいかがです?。奴を倒せばジョーカーさんが晴れて帝王に…。そう、本当の1番になるんですよ!。あいつはいま〇×病院にいるのです。」

ヨシヲの薄汚い策略が見え見えだった。こいつはジョーカーをタケシにぶつけて、タケシへの恨みを晴らそうとしているだけなのだ!

「…。」

ジョーカーは無言だった。

 ジョーカーは、帝王タケシのゲーム運が突然消えてしまったという噂に半信半疑だった。裏ゲーム界の帝王だったタケシがある日突然その力を失い帝王の座を開け渡してしまった。ヨシヲのような奴隷クラスの者にだ。そんなことが現実に起こるのか。

 ジョーカーは、それを確かめるためにヨシヲの口車に乗った。


 ジョーカーは前帝王タケシと勝負するために〇×病院を強襲したのである。

 タケシを叩き潰すことで真の帝王となり、裏ゲーム界の頂点に立とうとしていた。





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