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 剣道の授業中、暴力という力に覚醒し始めたタケシは既に、それまでの『負けの王者タケシ』とは別人に変貌していた。

「俺を舐めるな!!、死ねヨシヲ!!!!」

タケシの雄叫びが響き渡った。その剥き出しの闘争心、剥き出しの殺意にクラスの全員が怯えた。暴力ならば絶対に負けないという自信に満ちた雄叫びだった。

 ヨシヲはタケシの背後に巨大な黒い影を見た。今度ははっきりと見えた。それは禍々(まがまが)しい怪物の姿をしていた。強烈な殺意が実体となって出現したのだと思った。「殺される!!」そう思った時、またしても顔面に衝撃を受けた。紐でしっかりと結ばれているはずの面が剥ぎ取られてしまうほどの威力だった。激しく転倒し再び後頭部を床に打ちつけてしまった。

 ヨシヲは仰向けになって目を覚ました。気を失っていたのだ。

 タケシが見下ろしていた。ヨシヲは震え上がった。『地獄の狂獣タケシ』がまだヨシヲを見ていた。

 ヨシヲはタケシに勝てない。たて続けに2度も負けている。もう殺されると思った。タケシの攻撃からは明確な殺意を感じた。こいつはもう負けの王者タケシなどではなかった。だがもう手遅れだった。

 タケシが手に持った竹刀が折れていた。攻撃の凄まじさを物語っていた。

 タケシはその裂けた先端をヨシヲの面に当てがった。

「…?」

 ヨシヲを見下ろすタケシの視線に『情け』など無かった。

 ぐいっ、と面の格子の間に押し込んだ!。バキバキと音を立てて隙間に喰い込んでいった。

「ぎゃぁぁぁぁぁぁ…!!」とヨシヲの断末魔の悲鳴が響き渡った。クラス全員が震え上がった。誰もタケシを止められなかった。タケシはヨシヲの眼を狙っていた。

 ヨシヲは両足をバタつかせて抵抗した。しかし倒れた姿勢のため分が悪い。逃げることもままならない。このままでは割れた竹刀で両眼を貫かれてしまう。

「やめてくれぇぇぇ、お願いだぁぁぁ!!」

「『…下さい』だろうが!!、誰に向かって口きいてんだゴルァ!!!」

「やめて下さいお願いしますう!!、タケシ様ぁぁぁ、マミには…マミさんにはもう手を出しませんから!!、約束しますから助けてくださいぃぃぃ!!!!」

そこでタケシは手を緩めた。床が異様に濡れていた。ヨシヲは失禁していた。タケシの竹刀はヨシヲの眼球の手前ギリギリの所で止まっていた。

「このへんで勘弁してやる。だがマミに手を出しやがったらお前の両眼をもらうからな!!」

「ひぃぃぃ…!」

ヨシヲは泣いていた。号泣していた。まるで玩具を取り上げられた子供のように大声を上げて泣いていた。

 誰も声をかけなかった。

 

 成り行きとはいえ、タケシはマミを守ることが出来た。それだけで十分だった。


**


 放課後。

 帰ろうとしたタケシは校門前で30名を超える集団に囲まれた。中には以前タケシの手下だった者もいた。それぞれにバットや木刀、竹刀、ナイフ、チェーン、ロープ、手錠、鞭、蝋燭など多彩な凶器で武装していた。

「(武器のバリエーションが豊か過ぎるぞ…)」

その人垣の間からヨシヲが現れた。不敵な笑みを浮かべていた。

 ヨシヲがこの人数を集めた。帝王の権力は未だ失われていない。剣道での敗北は裏ゲーム界のバトルではなかった。したがってヨシヲの帝王の座を脅かす事にはならなかったのだ。しかし、剣道の授業でタケシにあれほど追い込みをかけられてもなお、タケシに挑んで来るとは立ち直りが早すぎる。

「随分社会復帰が早いじゃねぇか、ヨシヲ。今度は数で勝負とは馬鹿馬鹿しい作戦だな。」

「殺してやるぜタケシ!。この人数の前でいつまで余裕をかましていられるかな?」

「アタマ数の勝負で勝ったところで何の自慢にもなりゃしねぇぞ。」

次第に語気が荒くなっていく。

「俺たちはどんなに弱い奴にも全力を尽くすだけだ!!」

「そりゃ強い奴が言う台詞だろう、この小便小僧が!!」

タケシの放った「小便小僧」にヨシヲは激高した。剣道の授業での悪夢が甦る。

「こっこっこっ…殺せええええ!!!!」

帝王ヨシヲの絶叫に乱闘の火蓋が切られた。30名を超える男たちは大音声を発していた。大気が揺れ大地は轟いた。学校周辺は騒ぎになっていた。近隣の住民も何事かと集まって来た。もう警察に通報されているのだろうか。遠くからパトカーのサイレンのようなものも聞こえる。

 1対30。

 このままでは死人が出る。どう考えてもタケシが死ぬ。30名の凶器を携えた荒くれ者達に嬲られている。肋骨が折れていた。呼吸が出来ない。既に虫の息になっていた。それ以外にも様々な武器で叩きのめされていた。地面に這いつくばる。そうすると蹴りが来る。顔を守れば腹を蹴られる。ありとあらゆる凶器がタケシめがけて振り下ろされる。瞬く間に血まみれにされていた。

 30名の頂点に立つヨシヲはタケシが死ぬまで決して暴行を止めないだろう。タケシを待っているのは確実な死だった。

「タケシ、マミは俺がもらう!。裸にひん剥いて俺がかわいがってやるからなああああああ!!!!」

 ヨシヲはまだマミに執着していた。薄汚い妄想を捨ててはいない。いまだにマミを自分の玩具にする事を考えている。

 こんな奴に情けなど不要だった。剣道の授業中に殺しておくべきだったのだ。

「ヨシヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲ・・・・・・・!!!!」

タケシの絶叫が響いた。怒りに理性が吹き飛んでいた。まさに地獄の狂獣だった。地獄の狂獣が再び鎖を喰いちぎり自由の身になった。

 30名の荒くれ者は全員一斉にそれを見た。

 ヨシヲも見ていた。

 タケシの背後に黒い影が蠢いていた。それはどんどん膨れ上がり人間の倍ほどもある巨大な怪物の姿になった。禍々しさは剣道の時とは比べ物にならなかった。

 狂獣が吠えた。咆哮がこだました。鼓膜を引き裂くほど凄まじい咆哮だった。

「!!!!!…。」

30名の荒くれ者は震え上がった。こんなの聞いていない。大勢でタケシを痛めつけるだけだ、と聞かされただけだ。それなのに…

 狂獣の咆哮に張り詰めた糸が切れた。皆ヨシヲを置いて蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。一体何が起こっているのか頭では理解できなかった。ただ、本能が警鐘を鳴らしている。すぐにここから逃げろ!!、と。


 近隣住民たちは震えながら見ていた。

 不良の喧嘩にしては異様な「妖気」のようなものが漂っていた。死臭ともいう。何かがおかしいと思っていた矢先、タケシと呼ばれた血まみれの不良生徒が豹変した。何かにとり憑かれたように見えた。誰かが殺される!。悪い予感しかしなかった。

「お前ら俺を置いて行くなよ、戻れ!!」

そう叫ぶヨシヲを振り返る者は誰一人いなかった。所詮は烏合の衆だった。ヨシヲなんかのために命を投げ出そうという奇特な者はいなかった。

 たった一人取り残されたヨシヲの前に満身創痍のタケシが立っていた。目は虚ろで、全身から血を流していた。肋骨をはじめ数本は折れているかも知れなかった。しかしタケシ本人は意に介していない。

 タケシはヨシヲの正面に立った。

「ゆ、ゆるして…」ゴッ!!

 タケシはヨシヲにしゃべらせなかった。手にしていた鉄パイプを振り下ろした。ヨシヲの額が割れた。幸いパイプが細かったため致命傷には至っていなかったが流れ落ちるほどの出血があった。決して許さない、この場で殺すと決めていた。

「た…す…け…」「駄目だ!。」

これも言わせない。左腕のみでヨシヲの胸ぐらを掴み動きを封じた。そのまま右手の人差し指と中指の2本でヨシヲの両眼を貫くつもりだった。

 ヨシヲは白目を剥いて口からは泡を吹いていた。そして股間はびしょびしょだった…。

「約束通りお前の眼をもらうぜ!」

 タケシはそう叫んで腕に力を込めたが、どうやっても動かすことが出来なかった。何かの力に抑えつけられたように。そう、蛇に睨まれた蛙のように。

 気がつくと何処からやって来たのか、いつ現れたのか、真紅の衣装に身を包んだ女性が佇んでいた。頭、顔を覆うベール、全身を飾るアクセサリーが一際目を引く。

「お前は…!!」

 タケシは目を疑った。真紅の占い師、麗羅。彼女がタケシの前に遂に現れたのだ。

 何日も駅周辺を探し回ったのに出会うことが出来なかった。会って聞きたかった。なぜ絶対無敵を誇ったタケシのゲーム運が消失してしまったのか。今タケシに何が起こっているのか。どうすれば元に戻れるのか…。

 だが今となってはどうでもいい。

 タケシには暴力がある。暴力はいい。暴力は素晴らしい。暴力は全て解決してくれる。しかもスピーディーに確実にだ。今ヨシヲを殺せば金輪際、ヨシヲに心を乱されることが無くなるのだ。マミを守ることも出来る。

 全て解決だ。

「今からこいつの両眼を抉(えぐ)り出して殺す。その後で少し聞きたいことがある。」

「あら、だめよ。」

麗羅は涼しげに答えた。今から目の前でタケシがヨシヲを殺すと言っているのにこの落ち着き様は何なのだろう。まるでヨシヲの事には一切興味がなく、殺されてしまってもいいような受け答えともとれる。

 ベールの間から艶やかな眼差しがタケシを見ていた。何でも見透かしてしまいそうなほど大きな漆黒の瞳で見ていた。

「あなたには時間がないわ。」

「…?」

「これを見て。」

 そう言って麗羅はタケシの前に腕を伸ばした。その手の平にはどこから取り出したのか、かなり大きな水晶玉が乗っていて、大勢のパトカーに取り囲まれた家を映していた。そういえば遠くから聞えていたサイレンはある一定距離から近づいて来てはいない。全てのパトカーがこの家に急行したためだ。こちらの乱闘現場に1台もパトカー回せないほどの事件が起きているというのだろうか…。

「映っているのは、俺の家じゃねぇか!!」タケシの絶叫。

「違うわ。その隣よ。」

 マミとタケシは幼馴染で、家が隣同士だった。

「マミ!!」

 無数のパトカーに包囲されているのはそのマミの家だった。


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