3


 裏ゲーム界の帝王としてのタケシは死んだ。もはや生ける屍と化していた。

 格下のヨシヲ相手のサッカーゲームで、自爆のオウンゴールのみで敗北するという前代未聞の屈辱を舐めたあげく、帝王の座を明け渡した。指折りの執行寸前に幼馴染のマミに助けられた。その代償にマミはヨシヲとデートしなければならなくなった。

 無様だった。悔しさが腹の底からマグマの如く噴き上げる。そして、熱い涙がこみ上げてくるのだった。

 日曜になればマミはヨシヲの命令を何でも聞かなければならない。それはヨシヲの女になることに他ならない。マミが涙を流すことになるのは目に見えている。

  タケシにはマミを守れない。彼女を守るためには、デートの日までにヨシヲをゲームでぶちのめし帝王の座に返り咲くしかない。

 絶頂期のタケシならば容易い事だっただろう。あの程度の相手なら一瞬で倒せたし、誰が相手でも負ける気がしなかった。

 しかし、力を失った今のタケシには王座奪還などどう転んでも不可能だった。

 ヨシヲに帝王の座を追われてからも必死の思いでゲームに打ち込んだが、腕前が回復することは無かった。旧型のシューティングゲームで63回も失敗し、格下のヨシヲにまでサッカーゲームで惨敗したのは偶然などではなかった。

 ありとあらゆるゲーム運が消え失せていた。

 友人の家でテレビゲームをした。負けた。

 学校でトランプゲームをした。負けた。

 パチンコでも、競馬でも、カジノでも…ボロ負けした。バッティングセンターでは1ゲームで20球もデッドボールを喰らうほどだった。

 タケシは何をやっても負けに負けまくり、『負けの王者』と化してしまった。そして人々は彼を『帝王タケシ』ではなく『負けの王者タケシ』と呼ぶようになった。嘲り笑った。

 そして街には『ゲームセンター荒らしのジョーカー』という男が現れた。虎視眈々と帝王ヨシヲの首を狙っていると言われていた。ジョーカーは昔のタケシと同じように裏バトルで倒した何人もの敵の指を折った。そして幾つものゲームセンターを破産させ勢力を拡大していった。

 ジョーカーだけではなかった。大勢の腕に覚えのある猛者たちが一斉に蜂起した。狙うはヨシヲの首、いや、帝王の座だ。

 裏ゲーム界は『世紀末』から新たに『戦国時代』を迎えていた。巨大な権力だったタケシが倒れ、裏ゲーム界に混乱が訪れていた。パワーバランスが崩れ秩序を失っていた。

 帝王ヨシヲの時代は長くは続かないだろう。あっという間に倒される。その時マミはどうなる?。帝王の女だったマミを、学校一のマドンナである彼女を、次の帝王が放っておくだろうか?。

 マミには地獄の日々が待っている。

 タケシの世話を焼き、口うるさく叱ってくれたマミ。いつも近くにいた幼馴染の彼女が遥か遠くに離れてゆく。

 そしてその原因を作ってしまったのは、他ならぬタケシ自身だった。

 マミは常に真実を語った。

「…あんたなんか只の『裸の王様』よ!!!」

その通りだった。だから今こうやって屈辱にまみれた生き恥を晒しているのだ…。

 このままではいけない。何とかしなければ!!。

 しかし、どうすることも出来なかった。今のタケシは『負けの王者タケシ』なのだから…。

「負けの王者タケシか…。」彼自身も自分の事をそう呼びそうになっていた。


 負けの王者タケシ。しかしその伝説は突然崩れ去る。


**


 数日後。

 マミとヨシヲがデートする日曜日が刻々と迫っていた。

 タケシはヨシヲとの指折りマッチで行われたサッカーゲームでオウンゴールのハットトリックを決めて敗北した。前代未聞のウルトラⅭだった。そのタケシを救うため、マミはヨシヲの言いなりとなってデートに応じる。ヨシヲの女にされる。

 すべてはタケシが蒔いてしまった種だ。何とかしたいがタケシには成す術がなかった。

 あの日からマミとは口をきいていなかった。マミの方からも話しかけては来なかった。どちらも気まずい事この上なく、距離が遠ざかっていた。

 負けの王者タケシ。

 タケシはその呪縛から逃れることが出来なかった。目の前の信号が必ず赤になったり、おかずの魚を野良猫に盗まれたり、食事の白米の中に石が混入していたり、もはや日常生活にも支障をきたすほどの負けっぷりだった。トイレに入れば必ずトイレットペーパーが切れていた。

 あれから何度も、タケシは1人で駅周辺の路地裏を彷徨った。

 あの真紅の占い師、麗羅を探すためだ。タケシの転落を予言したあの占い師ならば何か知っているはずだ。見つけ出して聞き出す。何が原因でこんなことになったのか?。そしてどうすればこの状況から抜け出せるのかを。

 しかし真紅の占い師、麗羅はタケシの前に現れることは無かった。

 タケシは今も現状を打破できずにいた。


 今日はタケシの通う学校で剣道の授業がある日だった。

 タケシの通う高校では男子生徒には週1回剣道の授業が行われる。そして今日は試験を兼ねた試合が行われる日だった。

 剣道の授業開始と同時に対戦相手が発表された。

 よりによって相手はヨシヲだった…。

「マミとのデートが楽しみだぜぇぇ。俺なんかもう勝負パンツ買っちまった(笑)。マミのやつ、どんな下着で来るのかなぁ。ひん剥いて調べてやらねぇとなぁ。楽しみで待ち切れねぇ!。暇つぶしに遊んでやるぜ、来やがれ、負けの王者タケシ!!。」

ブチブチブチッ!

 タケシの頭の中で大きな音がして何かが切れた。ヨシヲはマミをもはや人間の女性として見てはいなかった。

 完全に玩具にするつもりか!。欲望のはけ口にする気か!!。そんな事は絶対に許さない。何が何でも止める。刺し違えてでも止める。

 そうだ殺す!、殺す!!、殺す!!!、殺す!!!!、殺す!!!!!。

 頭の中で何かが麻痺し始めていた。理性で押さえつけていた何者かがタケシの心の深い闇の中からゆっくりと顔を出して来た。それは獣(けだもの)だった。いや、地獄で飼われていた「狂獣」だった。激しい憎悪によって目覚めの時を迎えた地獄の狂獣が鎖を喰いち千切った音が響いていたのだ!!。

 試合が始まるとヨシヲは調子に乗って真正面から突っ込んできた。

「くたばれ、負けの王者タケシ!!」

完全に、タケシを負けの王者としか思っていない。そのせいで竹刀を振りかぶった姿勢は隙だらけだった。ヨシヲ本人もそれを知っていた。

 しかし相手は負けの王者タケシなのだ。オウンゴール3連発でヨシヲが手を下す前に帝王の座から陥落するほどのダメ男だ。負けるはずがないと、たかをくくっていた。

 しかし逆に凄惨な返り討ちに遭うことになった。

「馬鹿にしやがって、死ね!!!!」

「!?」

ヨシヲは、絶叫したタケシの背後に何か大きな影を見たような気がした。人間の物ではなかった。

 次の瞬間タケシの竹刀が消えた。同時にヨシヲは顔面に凄まじい衝撃を受けて後方へひっくり返った。タケシが超高速でヨシヲの面に竹刀を叩き込んでいた。

 クラスの全員が驚きの声を上げた。

 竹刀の動きを見た者はいなかった。見えなかった。誰一人としてその動きを見た者はいなかったがタケシの竹刀はヨシヲの面を捉え、ヨシヲは倒れた。強烈な一撃だった。その時ヨシヲは床に後頭部を打ちつけてしまった。目から火花が噴き出した。目玉ごと飛び出すかと思った。涙が止まらない。

 タケシはその場に立ち尽くしていた。自分自身に驚きを隠せなかった。

「ハハッ…、勝てる、勝てるじゃねぇかよ。馬鹿にしやがって。ざまあみろ!」

勝った。憎たらしいヨシヲを叩き潰した!

「俺はもう…負けの王者ではない!!」

ゲームでは負けたが、暴力ならば勝てる。ゲームなど所詮遊びだ。暴力こそ世界を支配するのに相応しい!!

 タケシを強くしたのは闘争心だった。必殺の一撃を放つ力を与えた。

 そしてその闘争心を支えたのは殺意だった。ヨシヲへの殺意がタケシを変えた。心の内に眠る狂獣を呼び覚ました。タケシの覚醒が始まったのだ。

「タケシィ!、この野郎ブッ殺してやる!!」

これはもう試合などではなかった。一度やられたヨシヲが再びタケシに襲いかかった。さっきは油断していたから負けたのだと思っている。何しろ相手はあの負けの王者タケシなのだ。まぐれに決まっている!!、と。


しかし、暴力によって覚醒したタケシは既に『負けの王者タケシ』ではなかった……


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る