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 マミの家は両親が自宅の店舗で小さくて古い定食屋を営んでいた。マミは毎日学校から帰ると店を手伝っている。タケシも両親が留守の日はこの店で食事をした。マミはこれほどよく店を手伝っていながらも成績は常に学年トップクラス。感心してしまう。

 しかも学校中の男どもを虜にするほど容姿端麗でちょっと気が強いけど性格も良い。

「あんた、また学校サボったでしょ!」

「うるせえ、『帝王』の俺には学校など必要ない!」

このやりとりはマミとタケシの挨拶のようなものだった。

 彼女の両親も優しくてタケシにとても親切にしてくれる。こんなにも不良でガラが悪くゲームにばかりうつつを抜かしているタケシにさえ優しい言葉をかけてくれた。

「タケちゃん、しっかり食べて栄養つけて頑張るのよ!」

「そうだぞ、人間何か1つでも誇れることがあるというのは幸せなことだからな!。おっちゃんには何にも無くってな、はははは!」

 タケシは親や教師や世間の大人達にどれだけ反抗して逆らっても、どういうわけかマミの両親の前ではおとなしくなってしまうのだった。

「おっちゃんの定食、とっても旨いぜ…。」

「良いこと言ってくれるぜ、ムスコよぉぉぉ!!。マミと結婚してうちのムスコになってくれよお~!」

「…。」

「ちょっとお父さん、何馬鹿な事言ってんの!。タケシ、食べ終わったのなら早く帰って明日の予習やりなさいよ!。明日もサボったら承知しないからね!!」

大声を出すマミは耳まで赤くなっていた。マミの両親は笑っていた。

 両親が度々海外出張で家を空けるタケシにとって、マミの家族は二番目の家族のようなものだった。

 憧れていた。こんなに賑やかで明るい家族に。


 しかし、ヨシヲに敗れ無言でマミと別れたあの日から会っていなかった。


 一体、マミの家で何が起こっているんだ。マミとマミの両親は無事なのだろうか。

 タケシは走った。全力疾走でマミの家に向かった。

 先ほどヨシヲの手下30名に受けた暴行で全身が悲鳴を上げていた。一歩進むごとに折れた肋骨はギシギシと軋み強烈な痛みを発した。殴る、蹴る、そして凶器での攻撃を受け大量に出血し意識は朦朧としていた。もはや立っているのもやっとのはずだった。

 学校からマミの家までは徒歩でも20分。走れば数分の距離だった。その距離さえも今のタケシには生き地獄だった。

 それでもタケシは激痛に耐えて走った。

 マミは無事なのか。おじさん、おばさんは?。麗羅は何も教えてはくれなかった。時間がない、行けば全て判るとだけ言った。

 事態はそれほどまでに切迫していた。


 現場は騒然としていた。10台以上のパトカー、数十人の警官隊がマミの家を取り囲んでいた。救急車まで待機していた。

 定食屋の入り口は閉ざされていた。立ち入り禁止の非常線が張られ野次馬たちが外側へ追いやられている。

『現在、犯人はこの家の娘マミさん(17)を人質に立てこもり…』

報道だ。テレビまで取材に来ている。若い男性レポーターがカメラの前で実況していた。

「何だと!?」

タケシは動揺を抑えられなかった。テレビ中継に割り込んでレポーターに掴みかかった。テレビカメラに血まみれのタケシが映り込んだ。レポーターはタケシに激しく揺さぶられながらも最後の一文を読み上げる。

『なお、両親が刺されて重体のもよう…』

「!!!!!!」

タケシはレポーターから手を放した。動揺はピークに達していた。


 テレビカメラは捉えていた。

 レポーターを放り出したタケシが店舗に向かって歩き始めていた。非常線のロープを越えようとしたところで警官隊に制止されたが振り払った。

 警官隊も深追いしなかった。店舗の外であっても犯人を刺激するかもしれないからだ。店内の様子も分からない。警察に第一報を入れた、夕刊の配達員の話では包丁を持った若い男が店主とその妻を刺したのだという。そして娘を人質にしている。武器は包丁だけだろうか?。銃火器などは持っていないのか?。このまま突入するには危険が大きすぎた。

 そこにタケシが現れたのだった。血まみれで今にも倒れそうだった。こいつが何か別の事件に巻き込まれていることは明らかだ。さらに非常線を越え店舗に乗り込もうとしている。

 訳が分からない。警官隊は混乱した。そうこうしている間にタケシは店舗の入り口にさしかかっていた。

 刺されて動いていなかったという店主とその妻の容態も気になる。長引けば命取りになる。

 もう、この少年に懸けることにした。


**


 マミの両親が営む店舗に男が現れたのは40分ほど前だった。

 学校から帰ってきたマミは手伝う準備をして店に出ていた。夕方、まだ少し早い時間だったため客はその男が1人だけだった。20歳くらいの若い男だった。何処か奇抜な感じがする赤いパーカーに緑色のパンツ。そしてパンツと同じ緑色の髪。一番視線を引き付けるのは帽子だ。両耳を覆うほどのニット帽にはカラフルな星マークが幾つもついていた。男があまりにも元気がなかったのでマミの母親が話しかけた。

「しっかり食べて栄養つけて頑張ってね!」

突然、男は突然豹変した。

「うるせえ、お前らに何が分かるってんだ、畜生!!」

激高して立ち上がった。勢いで椅子が倒れた。驚いて男を見た。刃渡りの長い包丁を握っていた。完全に異常者だった。

「きゃぁぁぁぁぁ!!!!」

マミが絶叫した。母親は腹部を刺されていた。その場に倒れた。

「どうした!!?」

父親が厨房から飛び出して来た。その父も刺されて床に倒れ込んだ。2人とも動かなかった。

「お父さん!!、お母さん!!」

 異常者はマミに迫っていた。しかし、マミはガタガタと震えるだけでそこから動くことが出来なかった。

 その時、店の扉が開いた。夕刊の配達員がやって来たのだ。

 店内の光景を目の当たりにした配達員は届けに来たはずの夕刊を投げ捨て脱兎のごとく逃げた。店を飛び出して110番通報した。警察はすぐに駆けつけた。全パトカーを集結させた。

 マミの両親が負傷していることも伝わっていたので救急車も待機していた。しかし救助隊はマミの両親を収容することはできなかった。男がマミを人質にして立て籠ったからだ。救助隊が突入すればマミが殺されるかもしれない。

 膠着状態になった。

 男からの要求はなかった。時間だけが過ぎた。

  

 店内で男はマミを背後から捕まえて彼女の両親を刺した血まみれの包丁をかざしていた。マミは震えるだけで何も抵抗できなかった。

「俺は…」男は言葉を発した。

「仕事をクビになったんだ。許せねぇ、畜生!!。俺は…俺は…」

 マミは見知らぬ男に抱きすくめられて全身の毛穴が開くほどの恐怖と嫌悪感を感じていた。荒い息がマミの首筋にかかり悪寒が走る。

「俺は…畜生!!、この社会は…くそ!!」

男の言葉はさっぱり要領を得なかった。

 要約するとこういう事だ。

 男の名は星雄。星雄はある芸能事務所に所属するタレントだった。あるイメージキャラクターを務めていた。タンバリンを振って歌えば成立する簡単な仕事だった。

 星雄はその時好きになった女性タレントにストーカー行為を働き、警察沙汰のトラブルになったようだ。そのせいで職を失い絶望し、彷徨ううちにこの店に辿り着いたのだ。そしてマミの母親の「頑張ってね。」という言葉に自暴自棄になり犯行に及んだ。身勝手極まりない。

 星雄はストーカー事件にしても、今回の立て籠り事件にしても自分の行為を全く反省してはいなかった。

 その一方でタレントとしてのイメージキャラクターの仕事には誇りとこだわりを持っていたようで、その仕事を失ったことだけをしきりに嘆いている。

「芸能界の第一線に戻ったらあんな女タレントよりももっといい女を連れて歩いてやるんだ…。」

「次は音楽業界に進出してもっと大きな仕事をしてやる…。」

叶うはずもないのに。しかも自分以外の事など一切考えていない。

「俺のキャリアはこんな事では終わらない…。」

いや、既に終わっている。こんな奴にマミの両親は刺されたのだ。

 星雄はしきりにマミの髪の匂いを嗅いでは恍惚の表情を浮かべていた。マミの身の毛がよだった。星雄は異常者だった。細身の割には物凄い力でマミには振り解くことができない。

 目の前にマミの両親が無残に倒れていた。優しかった両親がこんな姿に…。

 絶望したマミの目に涙が溢れていた。


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