16
7年前。
当時10歳だったマミとタケシは2人で近所のショッピングセンターへ出かけた。
マミが「タケシ、デートしようよ!。」と誘ったのだった。まだ10歳のマミとタケシにとってショッピングセンターは未知の世界で、その売り場の華やかさに圧倒されながら2人は店内を見て回っていたが、
「タケシ、ゲームやった事ある?」
「ううん、無いよ。」
「ちょっとやってみようよ!」
「そうだね!、やろうやろう!!」
そう言いながら2人はショッピングセンター内のゲームコーナーへ足を踏み入れた。
マミもタケシもゲームは初めてで、どちらも下手くそだったがその楽しさに魅了されてしまった。夢中になっている間に時間が過ぎていった。
「ゲームって楽しいね、タケシ!」
「うん!、でもマミ下手くそじゃん。」
「アンタだって下手くそじゃない、ははははは!!」
「そうだね、ははは!」
その後マミは1人でトイレに行き、タケシは1人で遊んでいた。
ボクシングゲームだった。コンピューターが相手だが勝てない。どうしても勝てない。気がつくとタケシの後ろで応援してくれている男がいた。
「頑張れ!。右だ、次は左!。休まないで打ち続けて!。そう、うまいぞ!。あと少し!!」
男の声の通りに、タケシは夢中で操作した。ただ勝ちたい一心だった。今なら心強い。名も知らぬ男だが応援しアドバイスてくれる者がいる。
そして遂に勝った!。相手はコンピューターだったが、見事に倒したのだ。初めての勝利を手にしたタケシの喜びは格別なものだった。
「やっ、やったー!!!!!!!!!」
「やったな、頑張ったな!」
2人はハイタッチを交わした。タケシは男に感謝した。応援してくれたおかげで勝てたのだ。そして、「(マミにも見せてやりたかったな。)」タケシはそう思った。
「上手くなったじゃないか!。今度は俺とやってみないか?、俺の名はハルオ。」
ハルオと名乗った男は優しい笑顔でタケシを誘った。
「うん!」
**
マミが戻って来た時にはゲームコーナーには大勢の人だかりができていた。その中央でゲームの対戦が行われているようだった。
周囲を取り巻く人々が口々に何か言っているのを聞いたマミは、急な胸騒ぎに襲われて人垣の中へ割り込んだ。
「かわいそうに…。」
「もう助からないな…。」
ボクシングゲームをしながらタケシが号泣していた。大声を上げて泣くその姿が事態は尋常でないことを物語る。
誰かと勝負している。
「いやだよう!、いやだよう!」
「いいか、ボーヤ。俺と対戦するってことはつまり、指折りマッチをするということなんだぜ。この『裏ゲーム界の帝王ハルオ様』と勝負するというのなら、お前が負ければ指をもらうぜ!。」
「そんなの知らなかったんだよお!!」
「これは、言わば社会見学ってやつだ。さあ、しっかり勉強しな!!」
タケシはハルオに誘われてボクシングゲームで対戦し始めたのだ。
気がつくとタケシとハルオは10名ほどの男たちに囲まれていた。それが、裏ゲーム界の帝王の手下たちだと後から知った。そして先程タケシを誘ったこのハルオこそ、『裏ゲーム界の帝王ハルオ』だったのだ。
タケシは騙されたのだ。
言葉巧みに指折りマッチに誘い込まれた。
気づいた時は手遅れだった。指折りマッチは始まっていた。そして周囲はハルオの手下に囲まれていた。逃げ場はない。タケシは泣き出した。
ハルオの表情は先程までの優しい笑顔ではなく、生贄を目の前にした悪魔の笑みに変貌していた。
「ほれ、ほれ、早く反撃しないと。終わっちまうぞ!」
ハルオはわざと軽い攻撃ばかりを繰り出して、タケシを嬲っている。そうやってタケシの恐怖心をいっぱいまで引き出し、その後で指を折る。それがハルオにとって最高の瞬間なのだ。とんでもない男だった。
「うわあああああん、いやだよう!」
号泣するタケシはもうゲームどころではない。涙と鼻水を垂れ流して操作もままならない。じわじわとポイントの差が広がっていく。
このまま負けてしまえば間違いなくタケシの指は折られる。相手が子供だからといって容赦などしないだろう。
この帝王ハルオという男はショッピングセンターのゲームコーナーで、しかもタケシのような子供相手に、このような行為をするとはゲスすぎる。
いや、ゲスどころかクズである。
「その勝負、私が代わるわ!!」
マミが大勢の人垣の間から中央へ飛び出した。タケシと交代したところで何とかできるとは思えなかったが、今日タケシをデートに誘いゲームコーナーまで連れて来てしまったのはマミだ。絶対にタケシの指を折らせる訳にはいかなかった。
それ以上にマミは、このような汚いやり方で子供を騙して指折りマッチへ誘い込むハルオという男が許せなかった。マミの怒りが早くも沸点に達しようとしていた。
「いいだろう。その代わり負ければお前の指をもらうぜ、お嬢ちゃん?」
「…わかったわ!。」
「だめだよマミ!!、勝てないよ、指を折られちゃうよ!!。それより逃げよう!。隙をついてこっそりと!!」
タケシが涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔で叫ぶ。
「…ボーヤ、全部聞こえてるぜ(笑)!」帝王ハルオ。
手下たちがタケシとマミの周囲をかため逃げ道を塞ぐ。
「ああああああ…あ!?。」
タケシはパニックに陥っていた。
このハルオという男には絶対に勝てない!。先程タケシにした的確なアドバイスといい、ゲーム中の技術といい、『帝王ハルオ』と呼ばれるこの男の実力は計り知れない。そんな事は今のタケシにでさえ分かった。
マミの指を折られる!。そして、タケシにはマミを守ることが出来ない…。そんな思いがタケシの心を混乱させている。
その一方で、マミは冷静だった。
絶対に負けられない戦いだ。マミは集中した。集中力が高まるにつれてマミは更に冷静になっていった。そして体の奥から未知の力が湧き上がって来るのを感じていた。この力は決して表に出してはいけないのかもしれない、と思った。それが何の力なのか、マミにはまだ解らなかったが、その力がマミを包み込むとマミの心は異様なほどの静寂に包まれ、研ぎ澄まされていた。マミは何かに覚醒しつつあった。
勝たなければいけない、負けるわけにはいかない。…そう考えれば考えるほど、力が漲って来るのだ。体の奥から溢れ出し、覚醒を更に加速させる。
このボクシングゲームでさっきまでタケシと遊んでいた。操作方法は解っている。あとは作戦だ。その作戦に全てを賭ける。
隣ではタケシがまだ号泣し続けている。
「タケシ、絶対助けるからね…。」
危険な勝負になるだろう。できる限り短時間で決着をつける必要がある…。
**
カンッ!
ボクシングゲームの試合開始を告げるゴングが鳴った。
ハルオがゆっくりとリング中央へ迫って来て、ゆっくりと左のグローブを上げた。試合開始の一発目はお互い相手のグローブに軽く合わせるのが挨拶である。
「お互い、フェアーに行こうじゃないか、ヘッヘッヘッ…。」ハルオはマミがグローブに触れに来るのを待った。
しかしマミはそれを無視したのだ!!
「ワン!!、ツー!!!!」
リング中央で何かが爆発したように見えたのと同時にハルオが後方へ吹っ飛び、更にリングから転げ落ちてそれきり動かなくなった。
一瞬の出来事だった。
「何て子供だ!!、汚ねぇぞ!!!」ハルオの怒号がゲームコーナーに響き渡る。
「それはお互い様でしょ。」
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