15

 女帝マミはヨシヲへの20発ものビンタで更に体力を失いながらも向き直り、言葉を放った。

「おっさん!」

「?!、おっさん…。」

 〇×総合病院の会長であり、6人兄妹の父カズの事である。カズは驚いてマミを見た。マミはキレている。ヤンキー口調になっていた。

「お前は、何でも1番、1番って、皆を縛りつけやがって!。おかげでジローがジョーカーになっちゃって病院ごと潰そうとしやがって、何とか止めたから良かったものの、このオトシマエどうつけるつもりなんだバカヤロウ!!」

「申し訳…ありません。」力なく詫びるカズに、

「謝る相手が違うんだよ!!、6人兄妹とノブコさんにだろうが!!、みんな誰だって1番なんだよ!!、ナンバーワンよりオンリーワンなんだよ!!。成績だけじゃなく正面から向き合ってそれぞれの良さを見てやれよ!!。いいか!!」

「…はい。」


「それから、ジョーカー!!」

「!!」

遂にジョーカーの番が来てしまった。いよいよ時が満ちたのだ。指折りの時間だ。けじめはつけなければならない。「さあやってくれ。」と言わんばかりにジョーカーは指10本を大きく開いて地面に両手をついた。

「もう覚悟はできている!」しかし、

「ああ!?、何の覚悟だ?、バカヤロー!!!!」

マミはジョーカーも怒鳴りつけた。そこでまたふらついた。かなりつらそうだった。誰もがマミの中で異変が起きていることを察知していた。それでもマミは続ける。

「お前の指を折ったら、一体誰がこの先、ここの患者さんを診てやるんだよ!!。見ろよ、患者さんたちの顔を!!。お前に診てもらいたいってみんなの顔に書いてあるじゃねぇか!!」

 ジョーカーは周りを見渡した。病院スタッフや、80名の元手下に混じって大勢の患者が不安げに見守っていた。以前ジョーカーが診ていた患者が何人もいる。

 ジョーカーは愛とともにその患者たちをも見捨てたのだ。

 なのに彼らの目には憎しみなどはなく、ジョーカーいやジロー先生の未来を心から心配している様子が伺える。

「…。」

「お前の指を折ったって何の解決にもならねぇんだよ!。それよりもお前は医者として1人でも多くの患者を助けろよ。お前の指は折られるためにあるんじゃない、ゲームなんかするためにあるんでもない、これからも多くの患者さんを救うためにあるんだよ!!。覚えとけよ、このスットコドッコイ!!!」

「…は…い。」

 ジョーカーはうつ向いたまま返事をした。その声はかすれて肩が震えていた。

 マミの言葉はいつも真実を語る。

 真実だから、より深く心に刺さるのだ。大勢の患者や病院スタッフから安堵の吐息が漏れた。ジョーカーはこれほど多くの人たちから心配されていたのだ。

 そのことに気づいたジョーカーが今後、道を踏み外すことはないとマミは思った。

「あと、これだけ忘れんなよ。ユミちゃんとノブコさんを含む、迷惑をかけた皆に…謝れ!!」

そこまで言ったマミは力尽きたように崩れ落ちた。


「マミ!!」

タケシは駆け寄って右手だけでマミの身体を抱き止めた。先程のバトルで潰れた左手は〇×総合病院の医師と看護士によって手当てされていた。

「もうやめろ。」

「だ…大丈夫。」

そう言ったマミだがかなり苦しそうだ。

 タケシの腕にに体をあずけたままの状態でマミは話し始める。

「…〇×家の兄妹達!!。ジョーカーを…、いいえジロー先生を支えてあげて…。この人は優しくて何よりも純粋なぶん壊れやすいわ。皆で導いてあげて…次は、私にはもう止められない…。」

 マミは確実に弱っていた。タケシの腕に支えられながらもその生命力は見る低下し鼓動が弱まっていくのがわかる。明らかにおかしい。マミの身体に一体何が起きているというのか?

 院長イチローが駆け寄った。

「大変だ、集中治療室へ!!、ヒデコ、サブロー、シロー、ハナコ!!」

〇×家の兄妹全員が立ち上がった。すぐにストレッチャーが用意されマミは乗せられた。

「ジロー!、お前も来い!!。この子は何としても助けるぞ!!」

イチローの言葉に意を決し、ジョーカーも立ち上がった。『ジロー先生』の復活である。

「マミ、しっかりしろ!!」

 マミはタケシの呼びかけに反応し、力なく微笑んだ。

 大勢の医師と看護士に付き添われ一目散に集中治療室を目指すストレッチャー。しかしその道のりはあまりにも遠く感じられた。

「タケシ…傷が治ったら…一緒に学校へ行きたかった…。一緒に勉強したかった…。」

「行くさ!!、勉強するとも!!、だからそんな最期みたいな言い方するなよ!」

「…それから、ごめんね…タケシの人生をここまで狂わせてしまったのは…私。タケシを…裏ゲーム界に染めてしまったのは…私だったんだから。」

マミの口から語られる真実。マミがタケシを裏ゲーム界に堕としたという。それは一体どういうことなのか。

「…」

タケシはただ黙って首を横に振ることしかできなかった。

 マミの言葉にタケシは心当たりがある。しかし現在タケシがこうなってしまったのはマミのせいではない。マミだけが原因ではない。

「それなのに…『お前が俺の1番だよ…!』って言ってくれて…ありがとね…。」

「違う!お前のせいじゃない!!。それに…、今までも、これからも、お前は俺の一番なんだよ!!」

 マミの容体は急激に悪化していた。それでも微笑もうとするマミの目から大粒の涙が溢れる。

「…これが私の『罪』なの。」

「やめろ!、そんな言い方するな!!。お前は…自分の運命を必死に生きただけだ!!。」

「あ…り…が…と…」

 消える。マミの命の灯が消えてしまう!

 それまで必死で堪えていたユミが堰を切ったように号泣して叫んだ。病院では静かにするもの、と健気にも我慢し続けていたが、もう耐えられなかった。

「おねえちゃん、嫌だよう!!!。せっかくお友達になれたのに、本当のお姉ちゃんのように思えたのに、たった1日でお別れなんて嫌だよおおおお!!!、お願いそばに居てよ!!!」

 涙でぐしゃぐしゃになった顔をこすりながらユミは叫び続けた。

 ストレッチャーが集中治療室に入る間際にジョーカーはタケシに驚くべき内容の質問をした。

「このマミという娘まさか…7年前の『帝王殺し』の女の子じゃないのか?」


 タケシは静かに答えた。「…そうだ。」と。


 『帝王殺し』という都市伝説がある。

 裏ゲーム界の頂点に君臨する帝王を、わずか10歳程の子供が完膚なきまでに叩きのめしたというものである。その子供は神か?、悪魔か?。にわかに信じがたいものだが裏ゲーム界にはそのような都市伝説が今も語り継がれている。


 それは7年前にマミが起こした、裏ゲーム界を震撼させた『事件』なのである。

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