14

 ヨシヲが差し出す鉄パイプを女帝マミはなかなか手に取ろうとしなかった。

「ようし、なら俺がやる!。おい、押さえろ!」

 ヨシヲの命令に手下どもがジョーカーを押さえつけた。なぜさっきまでジョーカーの手下だったこの男が率先して指折りを執行するのか?

 ジョーカーの指に鉄パイプがさし込まれる。その時、

「待ってください!!」

1人の女性医師が前に飛び出した。〇×家の二女で末の妹ハナコだった。押さえつけられたジョーカーの真横に駆け寄りほぼ土下座に近い格好でマミに許しを請う。

「お願いします。どうか兄を、ジローを許してもらえないでしょうか!」

「( ゚Д゚)ハァ?、何言ってんの!?。指折りマッチを挑んだのはこいつだろうが!!。負けたら指を折られるのは当然だろ!!。これが裏ゲーム界の掟なんだよ!。」

ヨシヲの怒号が響く。しかし、どの口がいうのか?

「私からもお願いします。どうかジローをお許しください。」姉のヒデコだった。「ジローは私たち兄妹の中で一番優しい子なのです。優し過ぎるが故に歪んでしまったのです…。」

ハナコの横で一緒に跪き頭を下げた。

「ハナコ、ヒデ姐!!」

ジョーカーは自分を守ろうと懇願するハナコとヒデコを交互に見ながら目を丸くする。

「私たちからもお願いします!。」

「どうしても報いを受けなければならないのならば、私たち6人で受けます。」

院長イチローとサブロー、シローだ。〇×家兄妹がジョーカーの為に土下座する。

「みんな…。」

 ジョーカーは目に涙を溜めて兄妹達を見た。


**


 〇×家の兄妹たちは早くに母和世を亡くした。

 冷酷な父カズとは正反対でやさしい母だった。兄妹の誕生日には手作りのバースデーケーキを焼いて祝ってくれた。6人の子供たちはそれがどんなプレゼントよりも楽しみだった。子供たちは母和世の手料理が大好きで、中でも子供たちの誕生日に焼いてくれるバースデーケーキは格別だった。

 しかし、その年のハナコの誕生日を目前にして和世は亡くなってしまう。まだ子供だった6人は途方に暮れた。中でも一番幼いハナコは悲しみの中で塞ぎ込んでしまう。

 しかし、父カズはそんなことはお構いなしで、子供たちに「1番になれ!、1番になれ!」と厳しいノルマを課すだけだった。

 そんな父の目を盗んで台所に立ったのが6歳のジローだった。

「ハナコ、僕がケーキを焼いてあげるよ!」

ジローの言葉にハナコの笑顔が戻る。

「だったら6人でやろうよ。」という意見も出たが、ジローは1人で焼くと譲らなかった。年上のヒデコやイチローがいてくれれば心強いのだが、父が彼らに課したノルマが兄妹の中で最も厳しかったため、ジローが一人でケーキを焼きイチローとヒデコはノルマをこなす事が得策だと考えたのだった。

 だがそれは間違いだった。

 家ごと焼けてしまった。家族が母和世と暮らした思い出のたくさん詰まった家がジローの不手際でで全焼してしまったのだ。

 炎が白昼の空を真っ赤に焼いた。

 幸い怪我人も延焼も無かったが、父カズの怒りは烈火の如く凄まじかった。

「謝れ!、謝れ!!、家族全員に謝れジロー!!、お前は我が〇×家にとって害にしかならんのだ!!」

カズはジローを激しく怒鳴りつけ、落ちこぼれの烙印を押し、出来損ないと罵った。それは幼いジローにとってどれほど恐ろしく辛かっただろうか。

 この事件がジョーカーの心にトラウマとなって大人になった今も影を落としている。幼い日の火事のトラウマがジローの人生を少しずつ狂わせ、ジローは1番になれないまま父の影に怯えながら成長していく。

 1番にならなければならないという強迫観念に苛まれ続けている。

 やがてジローも必死で努力し医者になった。研修医を経て実家である〇×病院の勤務医となった。ここでジローは一生懸命働き誰よりも優しく、患者から愛される医者になった。

 それでもカズは1番になれなかったジローを認めることはなかった。

 そして遂にノブコとの運命の出会いを迎え、父カズによって無残にも引き裂かれる。ここでジローの人生は完全に狂ってしまった。

 ジローは全てを捨てた。家族も、医者という仕事も、そして患者たちも…。

 酒、煙草、ゲームに溺れ堕ちていくジローを兄妹達は救うことが出来なかった。

 遂にジローは『裏ゲーム界の帝王ジョーカー』となり、元帝王だったタケシと、そしてコンプレックスの温床だった〇×家と彼らが営む〇×総合病院にまで牙を剝く。


**


「…それは私たちの罪と言われても仕方ありません。ですから皆で償います。」

そう言ったヒデコはまだ頭を下げたままだ。

「私たち兄妹全員で。」

そう言った長男イチローもうつ向いたままだった。自分たちが暴走するジローを救ってやれなかったことに対する責任を深く感じている。

 だが今なら、ジローの暴走をマミが止めてくれた今なら、失ったジローとの時間を取り戻せるかもしれない。そのためにはどれ程の苦難も厭わない覚悟だった。

 1人の中年を過ぎた男が現れた。

「私からもお願いします。全ては私の責任・・・私が間違っていたのです。どうか息子ジローを許してやってください。申し訳ありません。」

 〇×総合病院会長であり、父親であるカズだった。ハナコの隣に跪いた。

 少し年老いてやつれた感じがする。思っていたほどの覇気が感じられない。腕には点滴のチューブ。病気なのだろう。これがジローを狂わせ「ゲームセンター荒らしのジョーカー」や「裏ゲーム界の帝王ジョーカー」を生み出してしまった〇×カズの末路なのだろうか。

「お父さん!!」

「会長!!」

兄妹たちやその場にいた〇×総合病院の医師や看護士まで口々に叫んだ。

 カズは頭を下げたまま言った。

「ジロー、すまなかった。どうか私を許してくれ。そしてノブコさんにも取り返しのつかないことをしてしまった…。本当に後悔しているんだ。」

「父さん…」

 ジョーカーは年老いてやつれた父カズを見ていた。

 だがしかし、そこにまで罵声を浴びせる者がいる。

 ヨシヲだ。

「バカヤロー、臭ぇ茶番劇を垂れ流してんじゃねぇ!!。負けたら指を失う、これが裏ゲーム界の掟だって言ってるだろうが!!、さあ、覚悟しな、負け犬さんよ!!。」

ジョーカーの指にかけられたパイプに力がかかる。

「お願いします。待ってください!!」

 ハナコの悲痛な叫びが響いた。

 全てはあの日、ジローがハナコにバースデーケーキ焼いてくれようとしたことから始まった。誰よりも優しい兄であるが故だ。それなのにジローだけがこれ以上不幸になるなど、あってはならない事だ。

「うるせー、お前らの泣き言なんぞ知るか!!」

ヨシヲはクズだ。ただ敗者の指をへし折りたいだけのクズだ。

「…もう黙って。」

遂にマミが口を開いた。マミは少しふらついていた。たかがゲームとは言え、帝王であるジョーカーを倒すほどのバトルでマミは全ての体力を消耗し神経をすり減らしている。

「もう黙って観念しな!!」ヨシヲ。

「違う!!、黙るのはお前だ、ヨシヲ!!!!!、お前みたいなクズが、私を差し置いて勝手に仕切るんじゃないわよ!!」

 マミの怒号に手下たちが反応した。素早くヨシヲを押さえつけ動きを封じた。

 マミの右手のビンタがヨシヲの頬を張った。甲高い音がロビー内に響き渡った。続いて左のビンタも入った。更に高い音が響く。

「いつも強い者に媚びて弱いものを虐げる。見ていて胸糞悪いのよ!!。恥を知りなさい、恥を!」

 タケシの指折りと引き換えにマミに無理矢理デートを迫った、あのやり口。

 そして、剣道でタケシに叩きのめされた後、30人もの手下を連れてタケシをリンチし、重傷を負わせている。

 更に帝王の座を譲り、ジョーカーをぶつけてタケシを潰そうとした。その結果ジョーカーが病院ごと潰してしまおうとしたため患者や医師、スタッフが路頭に迷いかねない事態を引き起こした。

 最後には、ジョーカーが敗れると素早く手のひらを返しその指を折ろうとする。

 こんなクズは、例え世界中が許しても『裏ゲーム界の女帝マミ』が決して許さない。

 マミのビンタは何発も何発も続いた。やがてヨシヲの頬は林檎のように腫れ上がっていった。それでもマミは止めなかった。

 20発ほどマミに殴られたヨシヲの顔面は風船のように膨れ上がり今にもパンクしそうになった。

 またしても股間が水浸しになっている。

「ヨシヲ、女帝マミの名において命令する。逆らうことは許さない。お前のようなクズは10年間〇×総合病院の全てのトイレを掃除して心もきれいにしなさい!。毎日手下たちが監視するから。」

「…」

「そう、不満があるのかしら?。分かったわ。誰かゲーム機を準備しなさい!。私に勝てば免除してあげるわ。その代わり、負けた時は覚悟しなさいよ!、指折るわよ!!!!」

ヨシヲは震え上がった。

「ヒィィィィ…!、わかりました!!!」

殺される。女帝マミの実力はジョーカーを倒した際に目の当たりにした。ゲーム機を破壊しタケシの手の骨を砕く程だ。とんでもない技だった。戦ったら殺される!。それで負けたら全ての指が折られる!。それが怖くてジョーカーに帝王の座を譲ったのに。元々ヨシヲはゲームが下手糞なのだ。

 何故マミがこれ程の実力を隠していたのかはわからないが、逆らえばヨシヲの立場は更に悪くなる。何より指を折られるのが怖いのだ。

 ヨシヲは観念した。10年間トイレ掃除の刑が確定した。

「わかったら今すぐ始めなさい、このノロマ!!」

「ひぃぃぃ!!!」

ヨシヲはトイレに駆けていった。


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