13

 指折りマッチが始まる前、一体誰がこのような展開を予想しただろうか。マミはバトルゲームで帝王ジョーカーと互角に戦っていた。


 ジョーカーの怒り狂った怒号が響く。

「自分の物差しで測れだと?、お前に何がわかる!!!?。1番になりたくてもなれなかった、俺の苦悩がわかるのか!!。お前は勉強も、ルックスもトップなんだろ?。そんなお前に俺の何がわかるというんだ!!」

 ジョーカー=ボーナスは攻撃のモーションに入っている。

「わかるわよ!!。勉強はただ好きでやってるだけ!。ルックスはアンタら男達が勝手に創り上げたスタンダードじゃない!!。今の私を見ても、そんなこと言ってくれる人はいる?。成績やルックスなんかじゃなく、私には…なりたいものがある!!」

 マミは感極まって涙ぐんだ。左の瞼と頬が腫れ上がり、唇は切れ、鼻は折れ渇いた血がこびりついていた。トレードマークだったポニーテールの髪もほどけて顔にかかっている。学校一と言われたマミの面影は…あの美しい面影はどこにもなかった。

「それ以上まだ望むのというのか、お前は!!。そこまでして何を望むんだよ!!!?」

 来る!。ジョーカー=ボーナスの攻撃が。

 マミ=フリージアは動けなかった。レバーに触れることが出来れば動く事はできるだろうが、高温に焼けていて触れた途端に大火傷してしまうだろう。

 一巻の終わりだ。

 一撃を喰らえばマミ=フリージアの負け。たとえジョーカー=ボーナスが攻撃して来ず、このまま時間切れになっても負け。

 〇×病院はジョーカーと80名の手下に破壊され、患者は放り出され、医療従事者とその家族は路頭に迷う。

 そしてマミはジョーカーの手に堕ちる。指を折られ全裸に剥かれる。

 

 回避する唯一の方法は、残り1分足らずの間にジョーカー=ボーナスを倒すしかない。

 再びあの大技を決めるしか方法がないのに…


 …どうする、マミ=フリージア。


**


 気がつくとマミのすぐ後ろにタケシが立っていた。タケシはマミの背後からそっと抱きしめるように両手を伸ばした。

「え、ちょっ!!、タケシ…!、それはまだ早…!!」

真っ赤になって慌てふためくマミ。しかしそれはマミのかん違いだとすぐにわかった。

 タケシの手がマミの手元まで延び、左手で高熱に赤く焼けたコントローラーを握ったのだ。皮膚の脂分と水分が熱ではじける音とともにタケシの肉が焼ける匂いが立ち込める。そしてもう片方の右手でマミの手をその上へと導いた。タケシはマミの手が焼けないように、自らの手でカバーするつもりなのだ。だが、このままではタケシの手は重傷を負い再起不能になってしまうだろう。

「タケシ、何やってんの!!、早く放して!!!、アンタの腕が!!!!」

「いいから!、このまま奴を倒せ!!、それが出来るのはマミ、お前だけなんだ!!。この病院を、多くの患者を、そしてその子の父親を救えるのはお前だけなんだよ!!」

ユミの父はアルコール依存症でこの病院に入院している。

「ユミちゃん…。」

「お、お姉ちゃん…。」

ユミと目が合った。

「俺にはこんな事しかしてやれない。この高温から守ってやることしか…。マミ、俺に遠慮せず思いっ切り打て!。俺には奴を倒すことはできん、お前の手で決着をつけろ!。そして、お前が××××、×××××、××××、××××!!!!!!」

タケシは絶叫していた。タケシの手は長くは持たない。もはや一刻の猶予もなかった。

 マミは覚悟を決めた。


**


 マミ=フリージアは直立し頭上で両腕を交差させる。そのまま肩幅に足を開き少し体をひねった。長い髪とエキゾチックな紫色のスカートが風に靡いて長身の体に絡みついた。その姿はトップモデルがポーズをとっているような存在感と美しさを兼ね備えていた。男女関係なく誰もが息を呑んだ。これが彼女の本来の構えだった。

「お前は、どれだけ望めば気が済むんだよ!!」

 ジョーカー=ボーナスの連打が襲いかかった。

 全身全霊の技を繰り出した。ジョーカー=ボーナスの秒速10数発にも及ぶ突きのラッシュがマミ=フリージアに襲いかかった。まるで2本の腕が何本にも分裂し一斉に攻撃しているようだった。

 それを迎え撃つマミ。

 わずかに一瞬、マミ=フリージアの周囲に空気が集まり長い髪とスカートが微かに揺れたように思えた。次の瞬間マミ=フリージアの身体は目にも止まらないスピードで高速回転していた。集まっていた空気がまるで爆発したかのように弾き飛ばされ竜巻の如く激しく吹きつけた。そこから数え切れないほどの手刀を繰り出し、ジョーカー=ボーナスが撃ち込んできた突きのラッシュを全て捉えた!!。その数はジョーカー=ボーナスの攻撃を遥かに上回っていた。

 秒速20発!!。

 その技は、もはや人間の域を超えていた。マミの操作はフリージアの限界をも超えさせた。一体マミのどこにこれほどの力が眠っているのか。

「1番になれなかったですって?。アンタは、ノブコさんにとって1番だったでしょうが!!。勉強?、ルックス?。そんなものよりノブコさんはアンタの心を見ていたはずよ!!。アンタだってそうでしょ?、アンタにとってもノブコさんが1番だったはずよ!!、ノブコさんがアンタの父親に責められた時『ノブコは俺の1番なんだ!!』って、どうして言ってやらなかったのよ、どうして守ってあげなかったのよ!!。他人の…アンタの父親の価値観じゃなく、自分の価値観で測れよ!!。アンタは既になってるじゃないの、ノブコさんの1番に!!。…私も…1番になりたいの!!」


 ジョーカー=ボーナスの身体はまたも数メートル上空まで跳ね上げられ地面に叩きつけられた。

 ジョーカー側のゲーム機全体がスパークし始めたと思った瞬間、黒煙と炎を噴き上げた。

「まさかぁぁぁ、この俺があああああ!、このジョーカーがああああああああ!、こんな欲望にまみれた小娘にぃぃぃ!!!」

ジョーカー=ボーナスの体力は0%。マミ=フリージアはジョーカー=ボーナスを倒した!!。

 この勝負を見守っていた患者や医師や病院スタッフ、果てはジョーカーの80名の手下までもが驚きの喚声を上げた。


「私の望みが欲望だとして、それを望み続けることが欲望にまみれる事なのだとしても、

 …それでも私はなりたい…

 1番になりたい…

 私はタケシの…1番になりたい。」


 マミは、帝王の座をかけた指折りマッチでジョーカーを叩きのめした。マミの勝利である。

 敗れたジョーカーは帝王の座から陥落する。そして… 


**


 マミの手を高温のゲーム機から守っていたタケシの手の平は肉が焼け爛れて重度の大火傷を負い、更に骨まで砕けていた。煙を上げるゲーム機のコントロールレバーは折れて傾き、幾つもあるボタンは全て割れ、外れているものもある。それこそがフリージアを操るマミの攻撃の凄まじさを物語っていた。

「タケシ!、大丈夫?!、しっかりして!!!。ごめんね…ごめんね…。」

 タケシはマミにそれ以上心配させまいと、無理に笑顔を見せようとしたが、腕の激痛に耐えられず上手く笑えなかった。タケシが負った怪我はきっと完治できない。何らかの後遺症が残るだろう。それはつまり、タケシの失われたゲーム運が戻っても帝王の座に復帰できる可能性はないという事を意味する。二度とゲーム界に復帰することすらできないのだ。

 

 タケシはもう、ゲームはできない・・・


 だが、タケシに悔いはない。タケシはマミの尊厳を守ることが出来た。2度とゲームが出来ない程度で済むのならば、安いものだ。

「マミ、気にするな…。見事な勝負だったぜ。やっぱり、お前は凄い奴だぜ…。」

 これまで培ってきたゲームを失い、タケシの心にたとえ大きく深い穴が開いたとしても、今ならそこにはマミがいる。タケシもマミの事を大切に思っている。

「お前が俺の1番だよ…!」

その言葉にマミの表情が輝いた。

 それはマミがこれまでで一番聞きたかった言葉だ。

 マミの瞼と頬は腫れ上がり唇は切れ、そして折られた鼻から流れた鼻血がこびりついていた。それでもタケシは今までで一番美しい笑顔だと思った。

 マミはユミの悲しみを晴らすためにジョーカーと戦った。それはやがて病院と患者と医師までもを守る大きな戦いとなっていった。

 壮絶な戦いの末にマミは勝利した。ボロボロに傷ついても、ジョーカーを倒し、彼らを守ったのだ。

 これがマミ自身の為だったのならば、マミは戦おうとしなかっただろう。

 マミが動くのは常に誰かの為、弱い人や困っている人の為だけなのだ。ゲーム運を失ったタケシの為に傷ついた足で何度も麗羅のもとへ通ってくれたように。

 それがマミの信念で、そこがマミの一番良い所だ。

 そんなマミの透き通るほど美しい心に、タケシも惹かれている。


**


 『帝王殺し』という都市伝説がある。

 裏ゲーム界の頂点に君臨する帝王を、わずか10歳程の子供が完膚なきまでに叩きのめしたというものである。その子供は神か?、悪魔か?。にわかに信じがたいものだが裏ゲーム界にはそのような都市伝説が今も語り継がれている。


**


 80名の手下がマミの前に跪いた。マミの命令を待っている。

 ジョーカーが破れた現時点をもって裏ゲーム界に『女帝マミ』が誕生し、裏ゲーム界は彼女の支配下となった。この80名は問答無用でマミの手下となり、何でもマミの命令を聞く。それが裏ゲーム界に身を置く者の宿命(さだめ)なのだ。

「さあ、この負け犬の指をへし折りましょうや!。へっへっへ!」

 手下となった1人が、白熱した指折りマッチで精魂尽き果てたジョーカーを蹴り倒した。そして女帝マミに鉄パイプを差し出して言った。

ヨシヲだった。もう女帝マミの手下になりきっている。つい先ほどまでジョーカーにべったりとつき従い御機嫌を伺っていたというのに、どこまで変わり身が早いんだ此奴は。そういう所が皆から嫌われる。


 マミは指折りマッチで、しかも10本の指を賭けての指折りマッチでジョーカーを倒した。

 指折りは執行されなければならない。

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