10

 ジョーカーの部下80名が〇×病院を占拠し、入院中のタケシを探している。

 ナースに悪戯をし、入院患者の布団を剥ぎ、点滴を奪って飲んだ。院内で乱痴気騒ぎを繰り広げていた。

「ジロー先生!。もうやめて下さい!!」

1人の若いナースが叫んだ。ジョーカーの事を『ジロー先生』と呼んだ。このナースはジョーカーを知っているようだ。

「その名で呼ぶな!!。俺は『裏ゲーム界の帝王ジョーカー』だ!!、こんな病院ぶっ潰してやる!!」

ジョーカーは絶叫した。怨念のこもった叫びだった。そこへ、

「ジロー!!」

院長、〇×イチローが現れた。

「ジロー!!」

副院長、〇×ヒデコが出て来た。

「ジロー!!」

医師、〇×サブローもやって来た。

「ジロー兄さん!!」

医師、〇×シローも。

「ジロー兄さん!!」

医師、〇×ハナコ。

 〇×家の兄妹がジョーカーの元へと駆けつけて来た。兄妹全員がこの病院の医者だった。

「ジロー、馬鹿な真似は止めて!!。」長女ヒデコが悲痛な声をあげた。

「もっと兄妹で協力してやるべきだった!ジロー、すまない。」イチロー。


**


 ジョーカー(本名、〇×ジロー)は6人兄妹の次男だった。ジローの一家は彼以外は何をやっても優秀で、家族全員が医者として活躍するほど成績優秀な一家だった。

 だが、ジローだけは何をやっても親に認めてもらえなかった。

 幼い頃にジローは1人で台所に立って火事になり家を全焼させている。

 この事件で、父カズは烈火の如く怒り、まだ6歳のジローに罵詈雑言を浴びせた。

「謝れ!、謝れ!!、家族全員に謝れジロー!!、お前は我が〇×家にとって害にしかならんのだ!!」

とまで言った。それは幼い日のジローの心に深い傷を残しトラウマとなった。大人になった今もそれは変わっていない。ずっと父の影におびえて暮らした。

 ジローの父カズは1番しか認めなかった。2番ではダメだった。他の兄妹はそれぞれ1番になれたのにジローだけはどうしてもなれずに父に認めてもらうことが出来なかった。

 それでもジローは必死で努力し医者になった。研修医を経て実家である〇×病院の勤務医となった。ここでジローは一生懸命働いた。誰からも愛される優しい医者になった。それでも父カズは1番になれなかったジローを認めてはくれなかった。

 そして遂に事件が起きた。

 ジローに彼女が出来た。ノブコという笑顔が素敵で気立ての良い女性だった。実家に挨拶に来てくれた。ストレートのロングヘアーに白いワンピースのいで立ちでノブコはやって来た。息を呑むほど素敵だった。ジローの兄妹たちともすぐにうちとけた。良い関係を築けそうだと思った。

 だが、父カズだけは違った。

「…で、成績の方は?」和やかな雰囲気が一転して凍りつく。

「え?」

「キミの成績は?と聞いているのだ。1番なのか?。」カズの視線がノブコを刺していた。

「父さんやめろよ!」ジローが割って入ろうとした。

「お前は黙っていろ。なるほど、三流の男には彼女も三流というわけだな。」

「・・・・・!」呆然とするノブコ。その瞳から一筋の涙が流れた。なぜ初対面でこのような酷い仕打ちを受けなければならないのか分からなかった。。

「母親は子供を男に育て上げるのに20年かかるというのに、他の女が20分で男をバカにしてしまうのだ(#1)。キミのことはよく知らないが、私にはわかるのだ!。」

父カズは、ノブコが息子の彼女であっても容赦なかった。ほとんど病気だった。ノブコは席を立ち出て行ってしまった。その顔は涙でくしゃくしゃになっていた。ジローの兄妹たちは困惑して何も言えなかった。

「このクズ野郎!!」

ジローは父親にそう吐き捨ててノブコを追った。


 ノブコはジローの前から姿を消した。勤め先も辞め住んでいた部屋も引き払っていた。行き先は分からなかった。ジローは途方に暮れた。しばらくしてノブコから手紙が届いた。

「ジローさんごめんなさい、さようなら。」

それだけ書かれていた。便箋の所々に涙の痕があった。彼女は泣きながらこの手紙を書いたのだ。

 ジローも泣いた。ノブコからの手紙を握り締めて大声で泣いた。

「こんなに悲しいのなら、こんなに苦しいのなら、愛などいらん!!(#2)」 

 何日も何日も泣き続けると、やがてジローの中で涙は枯れて憎悪が溢れて来た。

 愛するから失い傷つく。

 愛するから失い悲しむ。

 愛するから失い苦しむ。

 ジローは〇×病院も辞めてしまった。診ていた患者も見捨てた。すべてがどうでもよくなった。


 ノブコの思い出とともに全てを捨てた。


 イチローも、ヒデコも、サブローも、シローも、ハナコも、堕ちていくジローにどうしてやることも出来なかった。兄妹で誰一人としてジローを救うことが出来なかった。

 ジローは荒れた。酒、煙草に溺れて街を徘徊するようになった。あてもなく街を彷徨い歩いた。まるでこの街で失ったノブコの残り香を探しているようだった。

 ある時、何気なく入ったゲームセンターでジローの運命が変わった。

 今までゲームセンターになど入ったことがなかったのに、初めてプレイした対戦ゲームで他を圧倒しての1位に輝いたのだ。ジローにとって人生初めての1番だった。ジローにはゲームの才能がある!!。その達成感が…勝利の喜びが…ジローの何かを変えた。少しずつ何かを狂わせた。心の中に黒い焔を宿していた。ノブコを失った空白を埋めるように、より危険でスリリングな戦いを求めて裏ゲーム界に足を踏み入れた。

 ジローが暗黒面に堕ちるまでそう時間はかからなかった。

 裏バトルでの指折りマッチを繰り返し、倒した敵幾人もの指を折った。やがてジローは『ゲームセンター荒らしのジョーカー』と名乗り、80人もの手下を率いるようになった。

 目指すは裏ゲーム界、真の帝王の座。

 裏ゲーム界、真のナンバーワンの称号だ。


 前帝王タケシをここで倒し、ジョーカーが裏ゲーム界の真の覇者となるのだ!!





(#1)Robert Frost(ロバート・フロスト 米国の詩人 / 1874~1963)

(#2)サウザー (南斗鳳凰拳継承者    ~199X)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る