11
「…さん。…ジョーカーさん!!」
「!」
手下の呼ぶ声にジョーカーは我に返った。少しの間昔の事を思い出して惚けていたようだ。
「見つけました。こいつです!!」
数名の手下がタケシを囲んでいた。その中央にいるタケシは自力で歩いていたが足取りは重かった。
「タ、タケシ!!」
マミの声が響いた。
まだタケシの身体は回復していない。退院まで残り2カ月。とても戦える状態ではなかった。
いや、仮に戦えるほど回復していたとしてもタケシはゲーム運を失っている。勝負すれば100%負ける。指をへし折られるだけだ。どのみち裏バトルなどできるわけがない。
ジョーカーはタケシを見ていた。
タケシはひと月前の事件で、幼馴じみマミを助けるために重傷を負った。立て籠り犯、星雄に腹部を切り裂かれたのだ。そこから重体に陥ったものの、〇×病院の優秀な医師や看護師たちの懸命の治療の甲斐あって一命を取り止めている。それはメディアによって全国中が知るところとなっていた。
タケシは一ヶ月の入院で立って歩くことが出来るまでに回復している。
しかし、まだ戦うにはほど遠いではないか。ジョーカーはやっと歩けるようになった程度のタケシを倒したところで最強の称号が手に入るのか?
『〇×病院の優秀な医師や看護師…』その中にはジョーカーはいない。そんな事どうでもいい事だ。ジョーカーは既に医者を辞めている。
ジョーカーは急激に自分が冷めてゆくのを感じていた。
「帰るぞ!。」ジョーカーは言い放った。「こんな奴、今は倒す価値もない。2ヶ月後にまた来る。それまでに傷を癒しておけ!!。」
ジョーカーの手下たちは困惑した。「(あれ、バトルやらないのか??)」
その一人ヨシヲはさらに落胆した。せっかくジョーカーとタケシをぶつけタケシを潰す計画を立てたのに。計画はとんとん拍子に進みここまで来たが、全てが水の泡だ。「畜生。」と、唇を噛んだ。
ジョーカーは踵を返して歩き始めた。
「命拾いできて良かったな!!。」
最後にタケシに向かってそう吐き捨てた。
タケシはジョーカーの身勝手さに苛立ったが、まだ冷静を保っていた。
タケシを潰しに来たはずのジョーカーだったが、このまま撤収するというのだ。こちらとしては好都合だ。
麗羅が病院に現れたあの夜、マミに再び災いが迫っていると言っていた。タケシは今日その時が来たのだと思ったが、このまま事態が収束してくれるのならば、取り越し苦労だけで済む。あとはジョーカーが指定した2カ月後に備えるだけだ。
それとも、麗羅の言う『災い』とは、今日のジョーカーの襲来とは全く別のものを指していたのだろうか…?
「(ここでキレてはいけない。落ち着け…落ち着いて様子を見るんだ…。)」
タケシは慎重に見守っていた…のだが、
「おい、待てよ!!」大声がロビー内に響いた。
ジョーカーの足が止まった。このままジョーカーを帰らせてしまえば全て収まるというのに、一体誰なんだ!!
「ユミちゃんに酷いことしやがって、この野郎!!」
マミだった!!。目の色が変わるほど怒っていた。いや、ブチ切れていた。
先程、ジョーカーはユミを「邪魔だ!」と蹴った。ユミは激しく転倒し大切に抱えていた花瓶は床に叩きつけられて粉々に砕けた。ユミが苦労して、入院している父のために持ってきたものだった。マミはその事を言っているのだ。言葉遣いがまるでヤンキーだった。
「(やめろ、マミ!!)」
タケシの思いとは裏腹にジョーカーはゆっくり戻ってきてしまった。
「お前は、乱暴で口が悪い女だな。」
「うるさい!、ユミちゃんがお父さんのために持ってきた花瓶を壊しやがって。帰る前に…」
「帰る前に、何だというんだ?」ジョーカー。
「帰る前に、謝れよ!!!!」
マミの絶叫がロビーに響いた。同時にジョーカーの顔面が蒼白になった。
『謝れ!』それはジョーカーが最も嫌う言葉。6歳の時、不注意で自宅を全焼させてしまったジロー(若かりし日のジョーカー)に父カズが浴びせた罵詈雑言。
『謝れ!、謝れ!!、家族全員に謝れジロー!!、お前は我が〇×家にとって害にしかならんのだ!!』
トラウマとなってジョーカーの心に刻まれた父の言葉が地雷となって爆発する。
「この女(アマ)ァ!!」
ジョーカーは発狂してマミを殴った。相手が女性でも容赦なかった。
ジョーカーは大男。その腕は木の幹ほどもある。そんな右腕で、しかもフルスイングで女を殴ったのだ。マミは激しい勢いで床に倒れそのまま何周も転がった。
「マミィ!!」「お、お姉ちゃん!!」タケシとユミが叫んだのは殆んど同時だった。
〇×病院スタッフやジローの兄妹たち全員が息を呑んだ。
ジョーカーの手下やヨシヲでさえ唖然としていた。まさか、女をフルスイングで殴るほど鬼畜だとは思わなかった。
まさに愛を捨てた外道だ…!
「おい、女!!、俺に命令するんじゃねぇ!!!」
ジョーカーは倒れたマミに向かって怒鳴りつける。
マミの放った『謝れ!』はジョーカーの内部に激しいダメージを与えていた。
マミはふらふらと立ち上がった。シャツの胸元が真っ赤な鮮血に染まっていた。マミの鼻血だった。両鼻から噴き出していた。殴られた左の頬も腫れ上がっていた。学校一のルックスと言われたマミの美しい顔はあまりにも無残に変形している。
だがマミは引かなかった。
「ユミちゃんに謝れって言ってんだよ!!」
マミはまたしてもジョーカーの拳にふっ飛ばされ地面に転がった。
唇が切れた。トレードマークのポニーテールもほどけて長い髪が顔にかかった。そして…、
鼻が折れていた。それでもマミは立った。
タケシは絶叫していた。マミを殴りやがった。2度もだ。顔面に怪我をさせて鼻まで折りやがった。今やマミの顔はあまりにも無残な荒野と化している。
ジョーカーはタケシの大切なものを傷つけた。
「ジョーカー、でめぇだけはゆるさねぇぇぇぇぇ!!!!」
病院内の空気が変わった。タケシの周囲では風もないのに空気が流れ漆黒の影が蠢いていた。影は一瞬のうちに爆発的に膨れ上がり狂獣が姿を現した。狂獣の姿は仔犬のような可愛らしいものではなく、禍々しい地獄の狂獣そのものだった。狂獣の巨大化は止まらなかった。コンクリートの柱をへし折り、ロビーに所狭しと停められたリッターバイクを次々とひっくり返した。それでもまだ止まらない。狂獣の躰は受け付けのカウンターまで押し潰し建屋の壁や天井まで破壊しそうな勢いだった。
タケシの殺意の大きさを物語っている。
『ギャオオオオオオオ・・・・・・・・・・!!!!!』
狂獣の咆哮は大地を激しく揺らした。病院中の数百枚の窓ガラスが割れて落下した。
院内はパニックに陥っていた。医師や病院スタッフ、患者、見舞い客、そして80名の手下ども、皆が阿鼻叫喚の病院内を逃げ惑った。
「マミ、俺がこいつを倒す!!」
タケシが叫んだ。
マミはタケシの傍までやって来た。
「だめだよ。暴力は暴力を生むだけだ(#1)から…。タケシ、ごめんね。」
「?」
マミはそう言うとタケシの腹部、星雄に刺された傷の上を優しく拳で叩いた。
「ぐあぁぁぁぁ…マミ、何しやがる!!!」
それでも堪えられないほどの激痛にタケシはのたうち回る。もうジョーカーを倒すどころではなくなってしまった。
狂獣「たけし」の巨大化が止まっていた。
マミは優しい声で「おいで、よしよし。いい子、いい子。」と「たけし」の巨大な前足を撫でた。
マミに気づいた狂獣の躰はすぐに小さくなった。だが身長2mくらいのところで止まりそれより小さくはならなかった。戦闘態勢も崩していない。「ありがとうね、守ってくれようとしているのね。ありがとう…。」マミは狂獣「たけし」の首筋を何度も撫でた。そして抱きしめた。狂獣「たけし」もそっと首を低くしてそれに答えた。それは恋人同士が抱き合うようだった。
マミがジョーカーを振り返った。狂獣を脇に従えたマミは戦場に赴く女神のような神々しさがあった。
「面白い女だ!!、乱暴で口が悪くて、さらに化け物を手なずけるとはな。気が変わったぞ!!。俺とゲームで勝負しろ。お前が勝てば何でも言うことを聞いてやる!。謝罪でも何でもしてやろうじゃないか!!。お前だって俺に喧嘩を売るってことは、(ゲームの)腕に自信があるってことなんだろう!!。」
ジョーカーが叫んだ。ジョーカーはゲームの勝負を挑んで来たのだ。自分の得意なゲームにマミを引きずり込む作戦か!!
「…だったら、賭けるんだろうな?」
マミは受けるつもりのようだ。
「何をだ?」ジョーカー。
「お前の『帝王』の称号だ!!」マミ。
ゲームの帝王ジョーカーを相手にしてこれ以上ない挑発だった。
「このアマ!!、調子に乗りやがって!!。よし、お前が勝てば『帝王の座』もくれてやろう!!。但し、指折りマッチだ。賭ける指は10本。これでどうだ!!!!」
プライドを逆撫でされたジョーカーは激高していた。指折りマッチまで追加してきた。しかも負ければ10本全ての指をへし折ると言う。
ジョーカーは、ここまでやればマミが怯えるだろうと思っていた。
「(さあ、怯えろ、狼狽えろ。醜く歪んだ顔には泣きっ面がお似合いだ。)」
しかし、
「上等よ!、その言葉を忘れんなよ!!」
マミは毅然と受けて立った。
腹部の激痛にのたうち回るタケシはマミを止めることが出来なかった。
(#1)ジョン・レノン (ビートルズ 1940~1980)
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