18
〇×総合病院集中治療室前の廊下。
そこには大勢が詰めかけ固唾を呑んで閉ざされた扉を見つめていた。
タケシ、ユミに加えて病院の医師や看護士、スタッフ、そして患者達。マミに助けられた者が大勢集まっている。
〇×総合病院を破壊しようとしたジョーカーをマミがバトルで倒し、結果的に病院とそこに関わるすべての人々が救われることになったからである。そのマミが今、集中治療室で治療を受けている。誰もが彼女の生還を祈るような気持ちで切望していた。
ここにいるのはマミに助けられた者たちだけではなかった。
ジョーカーの手下だった者まで集まっている。マミの生死によってゲーム界の未来は大きく変わる。甦ったマミが女帝として君臨し支配するのか、もしくはその地位が空位のまま再び血で血を洗う戦国時代へ突入してゆくのか、その行く末を見届けるためにここにいるのだった。
そして廊下の隅の長椅子の端にはマミの両親が座っていた。2人とも星雄に刺された傷は回復し数日後には退院を控えている。
マミが集中治療室へ運び込まれてから数時間が経過しようとしていた。
マミには〇×家の医師6人兄妹と選りすぐりの看護士そして医療スタッフがついている。きっと助けてくれる、そう信じていた。
病院の外にも人だかりができ始めていた。
大勢の人々が出入りする〇×総合病院に80名ものチンピラまがいのゲーマー集団が雪崩れ込み占拠してしまったというのは前代未聞の事件であり、またもニュースに取り上げられ全国中が知るところとなっていた。
しかも〇×総合病院には、1カ月前の『星雄事件』の被害者であるマミの両親と、彼らを救ったタケシが入院している。そして自らも人質となり足に傷を負っていながらも、3人の世話をするマミの姿が報道され全国の注目を浴びていた。今回の事件の取材が進むにつれ、マミがゲームバトルでこの事件を解決し、しかしながら彼女は今、命の危険に晒されていることまで明るみに出てしまった。
この事件は今、全国の関心と注目を集めることになってしまっていた。
時間が経つとともに病院を訪れ取り囲む人々の数は膨れ上がっていく。その大半は、野次馬というよりはマミの行動に感動し、彼女が無事に回復することを切実に願う者たちだった。
**
不意に閉ざされていた集中治療室の扉が開きジョーカーことジローが姿を現した。その神妙な表情からはマミの回復の希望が薄いという事がひしひしと伝わってくる。
ジローはマミの両親の前に立った。そのまま2人の前に勢いよく両膝と両手を床につき深々と頭を下げた。それが何を意味するのか、その場にいた全員が理解していた。
「てめぇ、何の真似だそれは!!、マミの治療はどうしたコラァ!!!!」
タケシがジローに掴みかかろうとする。
「・・・・・」俯いたまま黙り込むジロー。
「タケちゃん、お願い。待って。」タケシをなだめようとするマミの母。
怒り狂うタケシに対してマミの両親は極めて冷静だった。
「ジロー君、顔を上げなさい。」
マミの父が静かに声をかけたが、ジローは小刻みに震えるだけで動く事は出来なかった。
事実、マミをこのような状況に追い込んでしまったのはジョーカーことジローなのだ。ジローがヨシヲの口車などに乗り病院を襲撃し、指折りマッチを挑まなければ、マミは帝王殺しの力を使うことは無く命の危機に晒されることは無かった。
それなのにマミは倒したジローの指を折らず、医師として多くの患者たちを助けろと言った。マミ自身の命が危険だというのに、それを差し置いて、敵として対峙したジローの未来を指し示した。
人としての道を踏み外し、病院をも襲ったジョーカーことジローさえも救ったのだった。
このままマミが死んでしまうようなことになれば、ジローはその死と罪悪感を乗り越えて医者としての使命を全うできるだろうか?。いや、できるわけがない。
ジローはガタガタと震え始めた。
マミの状態は極めて悪い。
7年前のバトルでは、わずか0.05秒で技を繰り出し7秒で決着がついている。それでも10日間も生死の狭間を彷徨うことになった。
比べて今回は全力で戦い、さらに制限時間いっぱいまでもつれ込んだ。マミの身体にかかった負担は比較にならないほど大きかったと考えられる。
はっきりと解っているのはそこまでだった。マミの身体のどこに負担がかかったのか、どのような治療を施せばよいのか、その答えはまるで闇の中だった。様々な検査が行われたがその結果のどこにも悪い所は表れなかったのである。なのにマミは生死の狭間を彷徨い続けている。そして症状は悪化してゆく一方なのだ。
もはや〇×総合病院の医療は、マミの原因不明の症状に対して無力に等しいのである…。
「もう一度言う。顔を上げなさい。」
マミの父の言葉にジローは恐る恐る顔を上げた。そこにあったのは、マミの両親のとても穏やかな表情だった。
「マミの名は『真実』と書いて『マミ』と読みます。」母親。
「マミがあなたを助けたのは、そうする事が一番正しいと思ったからで、それがマミにとっての真実だからです。」父親。
ジローは震えていた。
この両親はいつか娘が誰かを救うためにこの力を使い、そして再び自らの命を危険に晒すことを知っていたのだ。
この両親は、いつも自分より他の誰かを想うマミという娘の中にある『真実』を理解し、それをずっと見守って来たのだ。
マミは7年前、帝王ハルオに指を折られそうになったタケシを命を賭けて救った。そして今日ジョーカーとなって道を踏み外してしまったジローを救ったのだ。その代償として今、集中治療室で命の危険と戦っている。
父親は語る。
「マミは他人の痛みがわかる優しい子です。小さな頃から聞き分けが良く私たちを困らせたことなどありません。思春期で反抗的になることもありませんでした。それどころか毎日遅くまで私たちの手伝いをしてくれるし、それなのに成績だって非の打ち所がない。そして間違ったことや筋の通っていないことが嫌いで、誰にだって立ち向かってゆく。マミは、私たちの自慢の娘なのです。ですが…」
苦しそうに話す父親に代わって母親が続ける。
「マミは…、本当の親の顔を知らないのです。本当の…、家族を知りません。17年前、子供のいなかった私たちは生後間もない頃のあの子を孤児院からひきとったのです。あんなにいい子を…あんなに優しい子を…捨てた親がいたなんて今も信じられません…。」
話しながら母親もこらえきれなくなりハンカチを握りしめながら嗚咽を漏らした。
マミの家族に秘められたあまりに衝撃的な真実に誰もが声を失った。タケシも信じられない気持ちでいっぱいだった。マミと両親が実の親子ではないなんて信じられる訳がない。タケシはこの賑やかで明るい家族にずっと憧れていたのだから…。
タケシに「マミと結婚してうちのムスコになってくれ!」と言った父親。
耳まで真っ赤になったマミ。
笑いながら見守っていた母親。
そんな明るく幸せそうな家族に、まさか血の繋がりが無かったなんて。
マミの母親はさらに続けた。
「そして、マミは私たちと血が繋がっていないことを知りません。この『真実』を、いつかマミに話さなければ…、伝えなければ…と、思いながらも出来ないまま今日になってしまいました。」
「私たちはマミに親らしいことを何一つしてやれなかった…。幸せにしてやれなかった…。何と不甲斐ないことでしょう…!。親失格…なの…です。」
父親は自らの膝を掻き毟り号泣していた。
…いや、そんなわけはない!。タケシは思わず拳を握りしめた。
星雄に襲われた時、自分たちの事はいいからマミを連れて逃げるようにと、命がけでタケシに託してくれたではないか。これ以上の親がいるだろうか。それほどまでに想われて、マミはこの両親の娘でいられて、今まで幸せだった。いや、今も幸せだ。そしてこれから先の未来もだ!!
一緒に過ごして来た17年間は、血よりも濃いものをもたらしている。
たとえ血が繋がっていないとしても、この家族は本物以上の親子なんだ!!
「私たちはマミにもう、これ以上何もしてやれない…。だがアナタは違う。ジロー君、医者としてどうか最期の一瞬まで諦めないでやってください、…お願いします!!」
マミの母親の震える声が集中治療室前の廊下に虚しく響き渡った。
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