17
一体何が起きたのだろうか?
試合開始のゴングが鳴った時、グローブを軽く触れさせて挨拶をするべくハルオは左手を突き出した。しかしマミはハルオが突き出した左腕をかいくぐり自分の左をハルオの顎に当てたのだ。
明らかな不意打ちである。だがしかし、ゴングとともに勝負は既に始まっているのだ。その最中に挨拶など、油断しているのと全く同じである!!
「ワン!!、ツー!!!!」
その左で合わせたドンピシャの距離で渾身の右ストレートを叩き込んだ。ハルオの顔面が一瞬爆発したように見えた。そこまでの実戦闘時間はわずか0.05秒。
マミの両手は目にも止まらぬ速度で激しく動いていた。あまりの激しさにゲーム機のレバーは折れ曲がりボタンは弾け飛んだ。ハルオ側のモニターからは黒い煙が上がった。
マミの人間業を超越した速度にハルオは反応することもできなかった。壊れた人形の如く、弾き飛ばされマットを転がりリング下に転落し、2度と起き上がることはなかった。
マミのKO勝ちである。帝王ハルオを倒してしまった。
これがマミの中に眠る隠された能力だった。覚醒した直後に一瞬にして帝王を葬ってしまったのである。
「す…凄い。」
マミの力は目にした人々を魅了した。その華麗で美しく、そして凶暴なプレイは見た者全ての脳裏に焼き付く。それはタケシにとっても例外ではない。ゲーム機を相手に苦労して一勝した喜びなど跡形もなく吹き飛ばされていた。「もっと強くなりたい…もっと…。」タケシに焼き付いたその思いは鼓動の高鳴りとともに、やがて欲望という黒い炎となって心を焦がし始める…。
ショッピングセンター内のゲームコーナーに集まっていた大勢のギャラリーは大騒ぎになっていた。
裏ゲーム界を支配する現役の帝王が、10歳位の女の子に敗北したのである。
ハルオは帝王の座を追われ、マミが女帝の座に就くことになる。
前代未聞だった。確かにハルオは油断していたかも知れない。しかしマミの放ったワン、ツーはわずか0.05秒の早業だった。油断などしていなくとも一体誰がかわせるというのだろう。
そして全ての試合時間を合わせてもわずか7秒。マミの持つ未知の力は一瞬にして裏ゲーム界を震撼させることになる。
現役の帝王さえも一瞬で喰らう能力である。それはゲーム界のナンバーワンに他ならない。その力は神のものか?、それとも悪魔の力か?。この力をもってすればゲーム界を支配することなど容易い。絶対的権力者として君臨することが出来る。
「…、だ。」
誰かがそう呼んだ。その言葉は水面に落ちた水滴がつくり出す波紋のように人々の間に広がった。その場にいた誰もが尊敬と畏怖の念を込めて口にした。
「帝王殺し、だ。」と。
「タケシ、帰りましょ…」
帝王だの、女帝だの、帝王殺しだの、ましてゲーム界の支配など、そんな事はマミにはどうでも良い。
マミはタケシの肩に手をかけた。呆然としていたタケシはそこで我に返った。
肩に手をかけたというより、マミはタケシに掴まって立っているようなものだった。とても苦しそうだった。その手から一刻も早くこの場所から離れたいという、マミの思いが伝わってきた。
「う、うん。帰ろう。」
そうはいったもののタケシの心の中にはもうマミが起こした『帝王殺し』の光景が焼きつき、深く刻まれてしまっていた。既に心を焦がされ逃れられなくなっていたのだ。
2人が急いでゲームコーナーを後にしようとした時、「おい!」と呼び止める者がいる。帝王の座を失ったハルオの元手下たちだ。
「どうするんだ、こいつを?」元帝王ハルオが捕らえられていた。帝王でも勝てなければ負け犬だ。指折りマッチで敗れた者は勝者に指を折られるのだ。
「アンタ達で好きにしなさいよ。」マミ。
正直、ハルオの事などどうでもいい。それよりもマミの体調がみるみる悪化していた。マミは力なく答え、2人はゲームコーナーを後にした。
マミとタケシがゲームコーナーから少し離れた頃、何かが折れたような音とともに悲鳴が上がった。元手下たちによってハルオの指折りが執行されたようだった。
**
マミはこの直後から10日も40℃の高熱に侵されることになる。
即、病院へ搬送されたが病院では対処法を見つけられなかった。全く原因を掴むことが出来なかった。あらゆる検査を行っても悪い所は見つからなかったのである。しかしマミはみるみる弱ってゆく。大人でも40℃の高熱が10日も続けば死に至る。
日ごとにやせ細り弱っていくマミ。彼女の両親も病室で見守ることしかできなかった。マミの両親は医師に懇願した。マミを救ってほしい、必要なものがあれば自分たちの身体のどこを使ってもらってかまわない、と。しかしそのような無茶な願いが聞き入れられることは無かった。
遂には死をも覚悟した。それほどにマミの衰弱は激しく、呼吸器を装着され体に繋がれるチューブは日を追うごとに増えていった。わずか10日間でミイラの如く骨と皮だけに変貌したマミの姿に、かすかな希望さえも吹き消されてしまっていた。
しかし、絶望の闇を彷徨った10日後、奇跡的にマミは目を覚ます。
両親の顔を見て「お父さん、お母さん…、心配かけてごめんなさい…」と言葉を発した。父も母も溢れ出る涙を拭うこともせずにただマミの頬に触れた。2人交互にマミの頬を撫でた。
その後マミは日ごとに回復し、ひと月後には普段の生活を送れるようになったのである。
それでもマミは2度とゲームに触れることは無かった。マミ本人は『帝王殺し』と呼ばれた能力を使ってしまったことが原因だと理解していた。次にこの力を使えば死ぬ。はっきりと自覚していた。
ハルオとのたった0.05秒の闘いで10日間も生死の狭間を彷徨うことになってしまったのだ。次にこの力を使えば確実に命を落とすだろう…。『帝王殺し』は現役の帝王をも瞬殺する脅威の能力。しかしその実態は、本気でその力を使えば自らをも死に至らしめる禁忌の能力だったのである。
これこそがマミが生まれながらに背負ってしまった、そして誰も知ることのない『運命』だった。
マミはあの日以来ゲームをしていない。ゲームの全てを拒絶した。
ゲーム界は騒がしかった。誰もが『帝王殺しの少女』の事を探していた。裏ゲーム界の頂点に君臨する帝王ハルオを一瞬にして倒してしまった謎の少女の正体を知ろうと躍起になっている。
マミに倒されたハルオが帝王の座から陥落して以降、帝王の座は空位となっていた。そして多くの腕に覚えのある者たちがその玉座を狙い、水面下で血で血を洗う抗争を繰り広げていった。裏ゲーム界は群雄割拠の戦国時代へと突入していったのである。
もしここで『帝王殺し』が再び現れれば裏ゲーム界の情勢は一気に変わる。
『帝王殺し』を頂点とした裏ゲーム界のヒエラルキー(生態系ピラミッド)が確立されるのだ。そしてその支配は彼女が生きている限り続くことになるだろう。
だがマミは現れない。現れる理由もない。マミは帝王ハルオを倒し忽然と姿を消したため、その素性を知る者もいない。
誰にも正体を知られる事無く、数年の時を経て『帝王殺しの少女』は都市伝説へと変貌していく。その下で数多くのゲーマーたちが裏バトルに興じ、そして多くの血を流していったのである。
**
帝王ハルオの事件から4年が過ぎた頃、ゲーマーたちが喰い合いする裏ゲーム界で一度も敗北せずに勝ち残った少年がいた。荒れ狂う裏ゲーム界の戦国時代を生き残り、遂に4年間も空位だった帝王の座に昇りつめ天下統一を果たしたのである。
その少年こそ…タケシ。
幼い日、初めてマミとゲームコーナーへ行きゲームの楽しさを知った。
ハルオに騙され指折りマッチに誘い込まれ、指を折られそうになったところを『帝王殺し』に覚醒したマミによって助けらた。それと引き換えにマミは10日間も生死の境を彷徨うことになる。奇跡的にマミは一命を取り留めたものの、ゲームを辞めてしまった。
しかしタケシはゲームから離れることが出来なかった。あの時垣間見た帝王殺しの技。その恐ろしいまでに華麗で美しく、そして凶暴なプレイが脳裏に焼きついて離れなかった。一瞬にして虜になっていた。「強くなりたい…もっと…。」タケシに焼き付いたその思いは鼓動の高鳴りとともに、やがて欲望という黒い炎となって魂を焦がした。
幼い日の自分を捨て、何かにとり憑かれたようにタケシは変わった。
どれ程の努力を重ねたのだろうか、タケシの腕前は鬼神のごとき技を繰り出し幾人もの強敵を打ち倒していった。誰一人として彼に敵うものはいなかった。
「こんなものではない…、もっと強く…!」
裏バトルを挑まれれば必ず受けた。そして完膚なきまでに叩きのめす。何人もの腕に覚えのある者たちが帝王タケシに挑み、そして瞬く間に葬られて裏ゲーム界の礎となっていった。
タケシに指折りマッチを挑んだ者は、敗北後に帝王タケシの大勢の手下どもに押さえつけられ、まるで割り箸のようにその指をへし折られた。
町中のゲームセンターはことごとくこの帝王タケシの支配下に堕ちていた。
タケシは裏ゲーム界を恐怖のどん底に叩き落した。
この世界では強者であるタケシこそが正義。帝王タケシはこの裏ゲーム界を欲しいままに支配していた。彼はゲームの暗黒面に堕ちたのだ。自力で抜け出す事などできなかった。
帝王タケシの恐怖による支配は永久に続く、タケシが死ぬまで…。人々はそう囁き合った。
『帝王殺し』の力で前帝王ハルオを倒したのがマミならば、その力でタケシを魅了し裏ゲーム界に堕としてしまったのもマミだった。
あまりにも数奇な運命。
そして、マミはその運命を『罪』と呼んだ…。
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