19

 ジローをはじめ〇×総合病院の精鋭たちが決死の治療を試みたが、いくら待ってもマミを回復させることはできなかった。

 マミのいる集中治療室の大きな扉がが解放された。マミが生きているうちに最期のお別れが出来るようにとの病院側の配慮なのかもしれない。

 全身に医療機器やチューブが繫がれた若いマミの姿が痛々しい。誰も何も言わなかった。マミの両親でさえ言葉を発することが出来なかった。ただ無言でマミの手を握りしめ涙を流すだけだった。

 その後ろで立ち尽くすだけのタケシ。マミの最期かも知れない今でさえも、このままでは何も出来ずに終ってしまう。心がじりじりと削られるような焦燥に駆られる。

 〇×総合病院の全ての力を結集しても、マミをチューブだらけにすることしかできなかった。それどころか原因をつきとめる事さえできなかったのである。現代医療の限界というべきだろうか。

「申し訳ない…」

 イチロー、ヒデコ、サブロー、シロー、ハナコ、看護士、スタッフ、誰もがあまりの無力さに唇を噛み無念の涙を流した。


**


 室内に静かで優しい風が吹いた。何とも心地よい風だった。

 気がつくとマミに寄り添う両親の傍らに真紅の衣装に身を包んだ女性が佇んでいた。アラビアの姫を思わせる衣装にヘッドベールとフェイスベールで素顔を覆い、ヘッドアクセサリー、ネックレス、イヤリング、ブレスレット、など様々な装飾品を纏っている。とても幻想的で病院の集中治療室には似ても似つかない容姿だった。真っ赤なフェイスベールとヘッドベールの間から、睫毛の長い漆黒の瞳が何でも見透かすようにマミをを見ている。

 自称占い師、麗羅。

 マミの両親やタケシに加えて、ユミ、医師たち、看護士、スタッフ、患者達、そしてジョーカーの手下だった者まで集まるこの集中治療室に誰にも気づかれずにどうやって入り込んだのだろうか。麗羅の登場はいつでも唐突である。あまりに唐突過ぎてここにいる誰もが無言で息を呑む。

 過去に幾度かタケシの前に麗羅が現れた時、それは大きな転機が訪れる前触れでもあった。

 タケシのゲーム運の消失を予言し、星雄による籠城事件の発生を告げ、そして今回の〇×病院での事件を前に「再び災いが迫っている」と伝えた。そして全てが現実となった。

 今、麗羅がここに現れたという事は更なる「何か」が起こる前兆なのだろうか。 

 麗羅が口を開いた。「マミさん、死んじゃうのね…。」と。あまりにも冷淡だった。死を前にしたマミに対してそっけなさ過ぎる。

「覚醒した『帝王殺し』の力がマミさんの魂を損傷させているわ。人間界の医学では魂を救うことはできないの…。」

麗羅は語る。マミの今の症状は魂が傷つけられたことによるものだと。

 魂の損傷・・・。マミは『帝王殺し』能力によって魂に傷を負っている。

 「帝王殺し」と呼ばれたマミの力が宿主であるマミ自身を喰らってゆく。自分の能力に取り殺されてしまうとは何と皮肉なことか。

 現代医学は心身における症状に対してのみ有効である。身体の傷や心の傷に対してはケアを行うことはできるのだが…魂に対して治療を行う事などできはしない。

「現代医療の限界、いえ人間界の医学の限界よ。」

 事実、現在マミは死の淵にあり、現代医療ではその原因すら突き止められなかったのである。

 魂をケアする治療など誰も聞いたことがない。もしも、それが存在するとすれば宗教の中だけなのだろうか。

 そもそも、麗羅は先程「人間界の医学」と言った。一体どのような目線で言っているのだろうか。


「…ところで、」突然、話題を転換する麗羅に全員が困惑する。

「今日はマミさんに頼まれたものを見つけて来たのだけど、受け取ってくださる?」 

 マミが今にも死んでしまうかも知れないという局面で他にするべき話などあるのだろうか?。誰もが麗羅の感性を疑った。だが当の麗羅は全く意に介してはいない。

 麗羅の手のひらには、どこから取り出したのか、燃え上がる炎が乗っていた。

 さらに驚くことに、それは漆黒の炎だった。まるで手のひらの上で闇が燃えているようだったのだ。

「何なんだ、この炎は…?」タケシ。

「あなたが1カ月ほど前に無くしたものよ。アナタたちは『失われたゲーム運』などと呼んでいるけれども。」

「な…、何だって!!??」タケシは凍りつく。

 驚愕しながら覗き込むと炎はタケシの動きに合わせてその強さと形を変えていく。タケシと共鳴していることは明らかだった。

「俺のゲーム運なのか!!、本当なのか!!」高まる鼓動を抑えることができない。

「そう言ったでしょう。正確にはアナタの『運命を引き寄せる魂の一部』よ。これを失ったことでアナタの人生は激変した。全ての運を逃がしてしまった。それはアナタが一番よく知っている。」

 麗羅の手の上で燃える漆黒の炎。これが全ての元凶だというのだ。失われたタケシのゲーム運、すなわち運命を引き寄せる魂の一部なのだという。

 その力と共に裏ゲーム界の帝王として君臨していた頃、タケシは「暴君」とまで呼ばれるほど恐れられていた。大勢の手下を引き連れゲームセンターを荒らし回った。何軒ものゲームセンターを破産させ潰していった。気に入らない奴は指折りマッチで叩き潰す。全ての人や物がタケシの思い通りに動いた。タケシは裏ゲーム界の覇者となった。

 しかし、ゲームの力を失い裏ゲーム界の帝王の地位から転落した後のタケシの人生は惨めなものだった。学校一の嫌われ者ヨシヲにまで敗れ、マミを奪われてしまった。落ちぶれたタケシは世界中から嘲笑された、あの屈辱は生涯忘れることはできないだろう。

 麗羅は続けた。

「マミさんに頼まれて私はこれを探していた。そして、公園の裏の空き地に落ちていた(なぜそんな場所で!!)のを発見したわ。普通、自分の魂の一部を公園の裏の空き地で落とす??。そこで一体何をしていたのか、何があったのか、それもアナタが一番よく知っている。」

「…。」

 あれは、まだタケシが裏ゲーム界の帝王として君臨していた頃、そう、初めて麗羅に出会った頃、帰り道に酒を飲んで一人で酔っ払っていた。さらに公園の裏の空き地で野良犬と縄張りを争い喧嘩した…などと口が裂けても言えやしない。

 今になって思えば(いろんな意味で)大切なものを失ったのはきっとその時だったのだ。

 だが、それよりも、この真実に辿り着いた麗羅とは一体…。

「お前は一体何者なんだ…?」

「世の中には知らない方がいいことも、沢山あるわ。そんな事よりも、マミさんに感謝することね。傷ついた足でも毎日私のところへ来てくれたんだから。そうでなければこんな面倒くさい事を引き受けたりしないわ。」

マミが麗羅に頼んでくれていたのだ。失われたゲーム運を取り戻しタケシがもとに戻れるように。

 マミはいつでも自分の事よりも他人の事を考えている。たとえタケシが再び裏ゲーム界の帝王となってしまったとしても、それでタケシが救われるのならば…。

 弱い者や困っている者を必ず助ける。それがマミの中に宿り彼女を動かす『真実』なのだ。

「さあ、早く受け取りなさい。」

麗羅の手の中で燃える漆黒の炎はタケシと共鳴して一段と激しさを増すのだった。

 遂にこの時がやって来たのだ。

 タケシが再び裏ゲーム界の帝王に返り咲く、この時が!!


 正直な話、この時タケシの頭の中からマミの事は吹き飛んでしまっていた。

 マミの事は大切に思っている。ジョーカーとのバトルを経てお互いの気持ちを確かめ合い、相思相愛の両想いであることがわかった。決して消えることのない強い絆で結ばれた。

 だがしかし。

 タケシがこれまでの青春時代を懸け、苦労を積み上げて手に入れたゲームの力が、再び自分のもとに戻って来ようとしている。一度は失ってしまったが、『帝王の座』に返り咲くことが出来るのだ!!

 とても正気を保ってなどいられなかった。瞳孔の開き切った視線を向けて麗羅のもとにある漆黒の炎に震える手を伸ばす。

「・・・・のだけれど。」と麗羅が呟いた。ベールの隙間から覗く大きな瞳が悪戯っぽく笑っているように見えた。

「な…!?、何だと!!」驚愕するタケシ。

「ここにあるアナタの『帝王の力』でマミさんの『帝王殺し』の力を相殺させることが出来れば、マミさんを救えると言ったのよ。」

「!!」

 マミの魂を傷つけている『帝王殺し』と力に、タケシの『帝王の力』をぶつけて相殺させ、マミの魂を救うことが出来るというのだ。果たしてそれは真実なのか?。にわかには信じがたいことだが、麗羅の言うことである。タケシにとって、幾度も訪れた転機を予言した麗羅の言葉は、極めて信憑性の高いものである。

 

 ここで、タケシに究極の選択が突き付けられた。帝王の座か?、マミの命か?、どちらか一方を選択せねばならない。

 再び帝王となり裏ゲーム界を支配すれば、全てはタケシの思い通りとなる。待ち望んだ帝王タケシの復活となる。しかしマミは助からない。

 マミを救うのならば、タケシの力をマミに与えることになる。タケシは二度と元に戻れずに一生『負けの王者』のまま生きていかなければならない。

 マミを救うという事は、すなわち、帝王タケシとしての未来を捨てることを意味した。

 ここにいる誰もが息を呑んでタケシの決断を見守る。タケシはマミを救う決断を下せるのか?


**


 既に日没からかなりの時間が経過していた。

 夕闇に包まれる〇×総合病院の周囲に訪れた人々の数は減るどころか増える一方だった。誰が始めたのか、各々が一本づつのキャンドルを灯していた。その幾百、幾千もの小さな灯が巨大な総合病院を囲んだ。

 それは、ニュースやインターネットでマミの窮地を知った人々が彼女の生き方に共感し、回復を願う祈りの灯だった。その数は一つ、また一つと増え続ける。マミを想う炎が光の海となって闇の大海原を進む箱舟のように〇×総合病院を浮かび上がらせていた。




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