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 マミの両親に加えて、ユミ、医師たち、看護士、スタッフ、患者達、そしてジョーカーの手下だった者までが心配そうな面持ちでタケシを見つめていた。タケシの一挙一動を固唾を呑んで見守る。

 まさか、マミを見捨ててタケシが帝王に復帰するなどとは誰も思ってはいなかったが、この1ヶ月のタケシの心境を思うと不安が残る。万が一、億が一にもタケシがマミの命を見捨て、己の欲望を優先させるような男だったとしたら…。そんな男の一番になりたいと願ったマミが余りにも不憫でならない。

「俺の答えなど決まっている!」

 タケシは麗羅から受け取った『炎』を治療ベッドに横たわるマミの胸の上に置いた。誰もが胸をなでおろした。マミを救うために己の欲望―『裏ゲーム界の帝王』としての未来を、迷うことなく捨てた。タケシもまたマミを一番大切に思っていた。


 炎はマミの体内に吸収され、マミは復活する…はずだった。


 しかし、しばらく待っても何も起こらなかった。

 マミのか細い声が呼吸器のマスクの間から漏れた。

「いらない。…そこまで(タケシを犠牲に)して、生き延びたくない…。」

 マミは『炎-タケシの帝王の力』を受け入れなかったのである。タケシの『帝王の力』でマミの『帝王殺しの力』を相殺してしまえば生き延びられるというのに。

「タケシ…ごめんね、アンタをゲームの世界に引きずり込んで人生を狂わせてしまったのは私…。それなのに…こんな私を一番だと言ってくれて…ありがとう。」

「…。」タケシには返す言葉がなかった。

「それから、お父さん…お母さん。」

「マミ!」父と母は握りしめたマミの手をずっと離していなかった。

「…17年間、私は幸せでした。本当の娘のように…ずっと、大切に育ててくれてありがとう…。」

「そのことを知って…?」

 マミの手を握りしめた両親の手がブルブルと震えた。

 いつか娘に伝えねばならない『真実』をマミは既に知っていた。知ったうえでも…本当の親子ではないと知っていながらも「お父さん、お母さん」と呼んでくれていたのだ。何と優しい娘なのだろう。視界がにじんでマミの顔がよく見えなかった。

「…私にとって…、2人が私の本当のお父さん、お母さんなんだよ…。」そう言いたげに、声は出さずにマミは一度瞬きをした。その瞳からは大粒の涙がこぼれ落ちる。

「マミ!、マミ!!」

強く握りしめた手にさらに力がこもる。

「…これは、…私の運命。そして…私の罪…」

「大変です!!、脈拍、血圧共に低下しています!!」

マミの声を遮り看護師が絶叫し、それと同時にマミが繋がれている幾つもの計器がけたたましいアラーム音をたてた。


**


 マミの運命は罪なのか?

 

 7年前、マミは帝王ハルオとの指折りマッチからタケシを守るために戦い『帝王殺し』の力に覚醒した。その力は帝王ハルオを倒した後、10日もの間マミを生死の狭間に追いやってしまうほど恐ろしいものだった。

 しかしタケシは、華麗で美しくそれでいて凶暴なその力に魅了され心を焦がされ、果て無き強さを求め裏ゲーム界へ自ら足を踏み入れる。マミはゲームの世界から離れてしまったが、タケシは後に裏ゲーム界の帝王にまで上り詰めてしまうのである。マミの命の危険と引き換えに守ってもらうことしかできなかったタケシはもういない。

 裏ゲーム界を手中に納めたタケシは、限りない強さを求めるという欲望に翻弄され、裏ゲーム界の暗黒面に堕ち、暴虐の限りを尽くすことになる。 


 7年前のあの日、帝王ハルオとバトルしなければ…、せめて帝王ハルオと出会わなければ…、

 いや…、マミがタケシをゲームコーナーなんかに誘わなければ…、タケシの人生は、その運命は狂うことはなかった!!。

 それを思うと、マミの中には後悔しか残らなかった。


 裏ゲーム界に染まり暗黒面に堕ちたタケシはマミと疎遠になり裏ゲーム界に呑み込まれてゆく。

 マミの中には後悔や寂しさばかりが雪のように降り積もる。元のタケシに戻って欲しい…子供の頃の優しかったタケシに。そしてタケシと一緒に学校に通い、一緒に勉強し、同じ思い出を作りたい。それが、ささやかなマミの願いだった。 

 しかし、その願いは叶わなかった。

 マミは10人以上の手下を引き連れたタケシと対峙し、タケシを表の世界に引き戻そうとしたこともある。それは一度や二度ではなかった。だが、タケシが元のタケシに戻るには裏ゲーム界の闇は深過ぎた。


 やがてタケシは麗羅の忠告された通りにゲーム運を失い『負けの王者タケシ』に転落する。苦汁を舐めるような屈辱の日々が待っていた。

 そして、タケシは指折りマッチでヨシヲに敗北してしまう。タケシの指を折ることを見逃す代わりにヨシヲが提示した条件は、マミがヨシヲの女になり薄汚い欲望の奴隷となることだった。マミはその要求を呑み、身を挺してタケシを救おうとした。

「…それは仕方のないこと。」

 すべてはタケシを裏ゲーム界に堕とし彼の人生を狂わせたマミ自身の罪だと考えていた。その罪を償うためマミはヨシヲの奴隷となる。

 マミの決意とは裏腹に、タケシは剣道の授業中に暴力に目覚め、ヨシヲを倒してしまう。結果的にマミも救われるかたちになったのだが、タケシは『負けの王者』から狂気を纏った『地獄の狂獣タケシ』へと変貌してしまった。

 マミは、彼女自身がタケシの狂気を納める鞘になろうと決意したのだった。


 さらにマミの運命は荒波に呑まれてゆく。

 星雄による籠城事件が起こった。タケシはマミの両親と共に刺され重傷を負いマミも足に深い傷を負ってしまう。それでもタケシが星雄を倒し、マミは救われたのである。

 そして、タケシの殺意が実体化した『狂獣』の出現。暴走した狂獣が世に出れば世間は大騒ぎになりタケシは破滅してしまう。狂獣を『たけし』と名付け手懐けることで、狂獣が世間の目に触れることを回避し、なんとかタケシを守ることが出来た。マミはタケシの狂気を納める鞘となったのだった。


 マミは傷がまだ癒えない足でも両親とタケシ、3人の看病をし、さらに何度も麗羅のもとを訪ねた。「タケシの力を元に戻すにはどうすれば…?、助けてあげたい、協力して欲しい。」と。

 タケシのゲーム運、いや、『運命を引き寄せる魂の一部』はタケシが何年もの努力によって磨き上げてきたものだ。血の滲む苦労の末に手に入れたのだ。その努力だけは酌んでやりたかった。

 ゲームはタケシにとってたった一つの誇りだったからだ。

 麗羅はマミに協力すると約束してくれた。しかし、それと同時にマミに纏わりつく死の香りを嗅いでいた。近い将来、マミに再び災いが迫っている。

 本能なのだろうか、マミ自身もそれを感じていた。マミの身体の中で『帝王殺し』が再び目覚める時が迫っていた…。


 タケシとマミの両親が入院する〇×病院で、マミはユミという少女に出会い友達になった。

 その病院を裏ゲーム界の帝王ジョーカーの軍団80名が襲った。その目的は〇×病院に入院している裏ゲーム界の『元帝王』タケシを見つけ出し叩き潰すことだったのだ。そして〇×病院までも破壊しようとしていた。

 星雄に刺された傷が癒えていないタケシは戦うことが出来ない。さらに病院が潰されれば患者や医師やスタッフたち大勢が路頭に迷うことになる。ジョーカーがユミを足蹴りし大切な花瓶を破壊したことがマミの逆鱗に触れ、マミはジョーカーと戦うことを決意する。

 マミはジョーカーに殴られ鼻まで折られている。

 タケシが『地獄の狂獣』を操って戦いに介入しようとしたがマミはそれを制止した。タケシの狂気を抑える鞘になるという役目を果たした。

 タケシはマミが死をも覚悟して戦いに臨んだことを知っていた。なのに、その戦いを止めることが出来なかった。マミに叩かれた傷口が痛み、身動きすらできなかった。頼みの綱の狂獣も制止されマミに手懐けられてしまった。

 マミと帝王ジョーカーの一騎打ち。マミが『帝王殺し』の力を使えば反動で彼女は死に至るだろう。だが、このジョーカーという男だけはどうしても許せない。幼いユミを足蹴りし見舞いの花瓶を破壊した。タケシを叩き潰すためだけに病院を襲い、更に破壊してしまおうとしている。一体どれ程の人々を犠牲にしようというのか。しかもジョーカーはかつてこの病院の医師ジロー先生だったというではないか!!

 マミの覚悟は決まっていた。

 何としても、自分の命と引き換えにしてでも、ジョーカーを止める。たとえこの男がどれだけ悲しい過去を背負っていたとしてもだ。

 マミの命懸けのゲームバトルは熾烈を極めた。ゲーム序盤で『帝王殺し』に覚醒しジョーカーの圧倒的な優勢をひっくり返したものの、バトルは制限時間いっぱいまでもつれ込んだ。

 そこでまさかの機材トラブルが起こる。コントローラーが高温に焼け、身動きできなくなるマミ。絶体絶命。その危機を救ったのはタケシだった。

「お前が××××、×××××、××××、××××(お前が命懸けで、戦うのならば、俺の手などくれてやる)!!!!!!」

マミの代わりに高温に焼けたコントロールレバーを握ってマミの手を守り激痛に耐えるタケシの叫びは、既に言葉になってはいなかった。それでもマミは理解した。タケシはマミが命がけであることを分かってくれている。そして、マミを後押しするために、タケシ自身も覚悟を決めてくれたのだと。

 マミは導かれるままタケシの手の上からコントロールレバーを握り、そして最後の大技を繰り出した。そこに一切の迷いはなかった。タケシの思いを決して無駄にはしない!!、たとえここで命が尽きることになったとしても!!。

 マミの体内に眠る『帝王殺し』が解き放たれた。それに耐えきれなかったゲーム機のコントロールレバーは折れ曲がり、ボタンは叩き潰され、ジョーカー側のゲーム機からは黒煙と炎が噴き上がった。マミの手を高温のゲーム機から守っていたタケシの手の平は肉が焼け爛れて重度の火傷を負い、更に骨まで砕けていた。

 マミは、タケシの左手と引き換えにジョーカーを倒し、病院、患者、医師、スタッフ達を守り切った。そしてジョーカーにまでも、患者を救うという使命を指し示し、救ってしまったのだった。

 

 自分の事よりも他人を思いやるマミの生き方は、実の親子ではなくても愛情を注ぎ育ててくれた、彼女の両親から受け継がれている。それは本当の血の繋がりよりも濃いものだった。マミはその瞳に映るすべての弱い人や困っている人に、今まで自分が両親から与えられた愛情を分け与えようとしているかのようだった。

 そんなマミの運命が…、17年間の人生が…、罪なはずがない。

 こんなところで死んでしまってよい訳がない。


 マミは生きるべき人間だ。


 …だが、マミを救うために一体どうすればいいのだろう…!!



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