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集中治療室は慌ただしかった。院長イチローをはじめ〇×総合病院の精鋭たちが懸命の治療を行っていたがその効果も虚しく、マミの命の灯は消えてゆく。みるみる小さくなってゆく鼓動と次第に温かみを失ってゆく肌。計器類は延々とけたたましいアラーム音を響かせ続ける。
この先、マミのいない人生など考えられない。マミ以外の誰がタケシを叱ってくれるのか。誰がタケシを学校へ連れて行き、勉強を教えてくれるというのか。マミの両親が営む定食屋は誰が手伝うのか。マミの父が「タケちゃん、マミと結婚してやってくれ!!」と言った時、マミの母が笑い、そして…誰が顔を赤らめるのか。
そしてこの先、「タケシの1番になりたい…。」などと言ってくれる女性は誰なのだろうか。
それはマミしかいない。
呼吸器のマスクの中でマミの唇が微かに動いた。
「さ・・・よ・・・な・・・、」恐らくこれがマミの最期の言葉になる!!
「バカヤロー!!!!」
マミの言葉をタケシの怒号が遮った。タケシは半狂乱で暴れ出した。
「静かに!、落ち着いてください!」という看護士の言葉もまるで無視し、マミの呼吸器のマスクを剥ぎ取った!
これでは癇癪(かんしゃく)を起こした子供と変わらないではないか!!。あまりにも幼稚になってしまったタケシの言動を見かねたジローが恫喝した。
「何やってんだ、お前は!!」
「うるせぇぇ!、てめぇら外野は黙ってろ!!」タケシ。
これには現場が凍りついた。必死でマミを救おうとする〇×家の医師たちや看護士、スタッフまでもを「外野」呼ばわりである。この状況で集中治療室内の空気が一気に悪くなり、緊張の糸が張りつめた。皆がどうしたらよいか分からなくなる。
そんな中たった一人だけ冷静に見守っているのは、麗羅。
「…それが正解よ、王子様(笑)。」
タケシは突然マミにキスした!!
「!?」
集中治療室にいた誰もが困惑し呆然とした。この状況で、しかもこのタイミングで、この男は一体何を考えているのだ!!。今まさに命の灯が消えようとしているマミに無理矢理のキスである。不謹慎きわまりない…というより犯罪ではないか。何を考えているのか?。頭がおかしくなったのか?。それとも、遂に変態としての本性を現したのか?。
しかも、タケシの所作はあまりにもぎこちない。マミの軟らかな唇は押しつぶされ、前歯同士がぶつかり合って音をたてた。虚ろだったマミの瞳は見開かれ空中を睨み、力なく横たわっていた手はベッドのシーツを鷲掴みにした。
タケシは漆黒の炎を自分の口に含み無理矢理口移しでマミに与えていたのである。
タケシの失われたゲーム運、運命を引き寄せる魂の一部、帝王の力、それらが具現化した漆黒の炎は今、タケシによる口移しでマミの体内に注ぎ込まれた。
「お姫様は、王子様の口づけで目を覚ますものよ。」麗羅。
「てめぇ、コノヤロー!!」
タケシの顔面に怒りの拳が叩き込まれた。
「何しやがるんだ!、は…はじめてなんだぞ!!。それなのに…こんな下手くそなキスしやがって!!!!」
マミの拳だった。怒り狂っていた。
「・・・・・・。」
タケシは何も言わなかった。流れ出す鼻血もそのままに、浴びせられるマミの罵声を噛みしめるように聴いている。タケシの表情は見たこともないほど穏やかだった。
「17年間も守り続けて来たファーストキスが…!!、こんなかたちで…舌まで入れやがって、チキショー!!」
マミの怒りは止まるところを知らない。タケシに次々と怒りの罵声をぶちまけていく。
「タケシ、てめぇ、責任とれよコノヤロー!!!!!」般若の如き怒りの形相でタケシの胸ぐらを掴み前後に激しく揺さぶる。
マミが元気になっている!
絶望的だと思われていた死の淵から戻ってきた。
それがわかった瞬間、今まで千切れる寸前まで張りつめていた空気がふわりと緩んだ。誰もが安堵の表情を浮かべ、緊張のあまり吸い込んだままになっていた空気をやっと吐き出した。
マミの表情がほころび、笑顔が戻り、やがてそれは泣き顔にかわってゆく。大きな瞳に溜まった涙が大粒の雫となって幾つも幾つも溢れ出した。
「ありがとう…。」
全員が安堵の表情を浮かべていた。
〇×総合病院の集中治療室。『帝王の力』と『帝王殺しの力』が相殺されたのだろうか、マミは力強く自分の足で立っていた。
マミは代わるがわる両親に抱きしめられ、なかなかタケシのもとへ行くことが出来ない。タケシは少し離れたところでマミを見ていた。彼女を抱きしめる両親は涙を流し、マミもまた両眼に涙を溜めていた。血は繋がっていなくとも本物の親子以上に家族らしいとタケシは思っていた。
それを取り囲むように、ユミ、〇×総合病院の看護士やスタッフたち、イチロー、ヒデコ、サブロー、シロー、ハナコが並んでいる。さらに大勢の患者や、ジョーカーの手下だった者までいて、集中治療室は歓喜の渦でごった返していた。
ジローはその部屋を、何も言わず静かに抜け出した。
**
暗闇に浮かぶ〇×総合病院の周囲はマミの回復を願う人々が持ち寄った『祈りの灯』で埋め尽くされていた。
マミの回復が知らされると人々はほっと胸を撫で下ろし、見ず知らずであるにもかかわらず涙を流す人までいた。誰もがマミの回復を喜んだ。幾千もの灯が静かに揺れ病院を優しく照らしていた。
その模様はまたもニュース番組で放送され、インターネットにも掲載され、さらに各個人のSNSにもアップされ、瞬く間に全国に広まっていった。
その中に不釣り合いな赤色灯が点滅する。警察車両だった。
「ジョーカーこと〇×ジローだな?」
数名の刑事のうちの一人が、病院のエントランスまで出て来たジローに問うた。
「どんなに改心しても、罪は消えないぞ。償うんだ。」
ジローは手錠をかけられ連行されながら病院を出た。
ジョーカー=ジローによる病院襲撃事件は既に全国中に知れ渡っていた。〇×総合病院に数十台のバイクで突入した後占拠し、さらに破壊してしまおうとした。また、あろうことか、ひと月前の星雄事件の被害者の一人であるマミを殴り鼻を折るなどの重傷を負わせている。
もはや犯罪、いや、テロである。
「・・・・。」ジョーカーは何も言わなかった。
大勢の人だかりができ、野次馬や報道メディアに取り囲まれた。
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