剣鬼と呼ばれた少女、強すぎて婚約破棄されたので魔法学園では儚げに淑やかに生きて愛されたいと思います
齊刀Y氏
1.あまりにも強すぎた少女
「ゼノビア、真実の愛を見つけたんだ……君が戦場に行っている間に」
戦場から帰って来た私を、ゼノビア・セプミティアを待っていたのは別れの言葉だった。
思えば全く家を顧みず、戦場に明け暮れる日々だったので、当然と言えば当然の別れなのだが、ようやくあの血生臭い場所から帰ってしばらくはゆっくり出来ると思っていた私にはかなりの衝撃的展開だった。
思わず返す言葉も忘れて、ぽかんと口を開いたままに突っ立ってしまう。
なんと隙だらけの恰好だろうか……ここが先日までいた戦場であれば死んでいるところだ。
だが、ゴブリンにアンブッシュ(待ち伏せ)を食らい、部隊が十字に離散してしまった時ですらここまで驚くことはなかった私である。
そんな私のメンタルを大いに揺るがした彼を誉めるべきなのかもしれない。
それとも真に恐るべきものは戦場ではなく日常に潜んでいるということなのだろうか。
きっと両方だろうな……。
「それに今の君に僕など足手纏いだろう? 君の為にも婚約は破棄する方がいいと思うんだ。なんたって君は強いんだから」
呆然とする私に続けて投げかけられたのは、慰めの言葉ではなくとどめの一撃である。
ひびの入った私の心はこの言葉で完全に砕け散り、頭の中も顔色も、全てが灰のように真っ白に染まった。
まるで死体に槍を刺すような周到さ……我が婚約者様はもしや一流の戦士になれるのでは?
「私の為に……だと?」
「ひっ、い、いや、君にはもっとふさわしい人がいると思うんだ」
別に睨んだわけでも凄んだわけでもないのだが、生来の目付きの悪さが彼を怖がらせた。
嗚呼、一番辛いのは言葉ではなく、その化物を見るような瞳かもしれない……。
思えば私の人生は、何処にいても誰といても恐れられるものだった。
走馬灯のように、私の血と汗と傷の記憶が脳裏に流れていく。
★
親に捨てられ孤児として育った私は、孤児院の仲間たちと平凡な毎日を送っていたが、ある日、騎士が孤児院にやってきたことで人生が一変する。
その騎士に生まれ持った魔力の多さを見抜かれると、そのまま騎士団へと移り少女兵として訓練に勤しむことになったのだ。
いつまでも孤児院にいられるわけでもないので、就職先が決まったことは大変有り難いことであるし、感謝すべきことでもあるのだが、それを鑑みても訓練の日々は辛く苦しかった。
ぶっちゃけ恨みすらした。
今は感謝もしているが。
途中で逃げ出す脱走兵も後を絶たなかったが、私はと言えば逃げる度胸もないしそんな要領の良さもないので、なし崩し的に訓練を受け続け、そして流れ作業的に戦場へ送られることになった。
以降、今日に至るまで南方からやってくる魔物の群れと戦い続ける日々を送った。
問題はここからで……そこで私は割と大活躍してしまったのだった。
剣と魔法の才覚に優れていた上に、魔剣と呼ばれる武器をも手にしてしまった私は自分で言うのもなんだが異常に強く、英雄への道を上り詰めていくことになる。
日に数百の魔物を倒しその返り血を鎧に浴び続けた私は『真紅の剣鬼』という有り難くない二つ名を頂戴し(せめて剣姫でありたかった……)その武功により、こうして騎士となり婚約者も手に入れ、孤児の頃を考えると恵まれすぎと言える程の地位を手にしたが、その代わりに失ったものはどうやら女子力だったらしい。
戦争は女の顔をしていないというけれど、私はそんな場所に慣れ親しんでしまったが為に、ご覧の通り話し方も女性らしさを失い、見た目も屈強に育ってしまった。
発達した広背筋と三頭筋のせいで脇が閉まらないほど筋肉もついてしまったし、手にも腕にも切り傷が溢れんばかりに刻まれている。
それでも婚約者がいるし立派な女!くらいには思っていたのだが、その拠り所も今日潰えた……。
「相応しさなど男女の間に必要なものではない……戦場では必要だが日常では不要。大事なのは互いを思いやる心と、共に手を取り歩いていく日々なのではないのか」
「君に手を取り歩いていくお供など必要ないだろう。こ、婚約というのはそもそも女性という存在を守るためのもので……」
何とか食い下がってみようとしたものの、彼の怯えた目が元に戻ることはなかったし、私に優しい言葉が投げかけられることも、もうなかった。
どうやら何もかも手遅れらしい。
私の不徳の致すところでもあるとはいえ、彼もなかなか情けない……。
いや、それだけ私が恐ろしいものになってしまったということか。
ことここに至っては別れる以外の選択肢は2人を不幸せにするだろう。
別れてもまあ私はかなり不幸な気分になるのだが、目の前の彼は不幸にはならない……むしろ本当の愛が成就するのだから幸福だろう。
であれば、私が引くのが1番良いと思われた。
不幸な者は1人で十分だ。
……戦場の合理性なんてこんなところでは必要ないだろうに、私はそんな判断をしてしまった。
「分かった、別れよう。不出来な婚約者で済まなかった……本当の愛とやらが実ることを祈っている」
「あっ、ああ! ありがとうゼノビア! 本当にありがとう!」
そこで言うべきなのは、果たして感謝の言葉であっているのかは疑問しかないが、彼は深く深く頭を下げ、そして去っていく。
後に残されたのは、独り身となった寂しさを全身で感じて凍えるように寒くなった私1人である。
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