22.気分上々嬢


「申し訳ありません! ゼノ……じゃなくて、せ、セピア様! 遅くなりました!」


 私がアスクとの会話に時も忘れて没頭していると、医務室のドアが開き、ホイップが慌てたように入ってくる。

 そのおかげで私は時と言う概念を思い出すことが出来たが、いや、本当に一体どれくらい話していたのだろうか。


「いや、なんで様呼びなんだよ」

「あっ、いや、あの、まだ生徒ではなくお客様だからみたいな感じです!」

「入学式を受けてないからか……無駄にシビアだな」


 言い間違えたせいで、ホイップが謎に厳しい人みたいになっていた。

 すまないホイップ……!


「そ、それでアスクくん、アリスさんの件でお話を聞きたいので、ご足労お願いできますでしょうか」

「俺とアリスは生徒なのかよ。基準が分かんねぇ」


 もはやボロボロでブレブレなホイップの敬称に戸惑いつつも、アスクは素直に立ち上がり、身支度を整える。


「まあ、俺の責任でもあるから、ちゃんと話は通さないとな」

「大変偉いと思います。話の続きはまた今度に」

「……考えとく」


 少し照れたように目を逸らしつつも、強く否定はしないアスク。

 どうやら楽しい会話は提供できたらしい。

 同年代の若者と盛り上がるトークが出来たぞ!

 これは青春ポイント急上昇だ!


『話題は血生臭いけどね』


 ……まあ、確かに戦場の話で盛り上がっていては、理想の淑女生活には程遠いが、そこは淑女初心者故致し方ない。

 大事なのは少しずつ慣れていくこと! そのためには使える武器は何でも使っていかないと。


「さ、さすがですねゼノビア様! あのアスクくんとすぐに仲良くなれるなんて」


 アスクを尻目に、こっそりとホイップがそんなことを言ってくれるので、私も鼻高々である。

 戦場トークという禁忌を犯してしまったが、しかし、仲良くなれたのは事実!

 

「いえ、これくらいは……えっへっへ」

『調子に乗るのはやいよ!』


 長年同世代の子と話してこなかった私なので、ちょっと会話出来ただけなのに、我ながらいい気になり過ぎだった。

 でも、嬉しいものは嬉しい……!


「色々とありがとうございました! あとは大丈夫です! えっと、入学式の途中ですが間に合うと思うので、急いで行かれた方が良いと思います。その後の寮案内もありますし」

「はい、了解しました」


 色々と誤算と言うか、ハプニングが発生してしまったが──しかし、万事全て好調に進む方が何事も珍しいのだ。

 つまり予想外の後の行動こそが最も重要となる。

 それを考えれば、むしろ、我ながら上手にリカバリーできたのではないだろうか。

 ……人を2人抱えたのは致命傷かもしれないが。


 まあ、あれも人助けなのだから美しい光景のはず……。

 そう、むしろあの姿こそが真に淑女たる姿ではないのか!?


『ではないと思うなぁ』


 ではないらしい。

 うぐぐ、さすがに無理のある弁だったか……何とか誤魔化す方便は考えておくとして、今は入学式に急ごう。


 そう、まだ私に学園生活は始まってすらいないのだ。

 だというのに、1つの失敗程度でくよくよしてどうするというのだ!

 人間転ぶこともある……最も恥ずべきなのはそこから立ち上がらないこと。

 私は前を向いて歩いて見せるぞ……!


『入学式に行くだけで盛り上がり過ぎでしょ』

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