4.可愛いは(修行で)作れる!

「先ほども言ったようにゼノビア様はそもそも可愛いのよね~。だから傷を隠して髪を整えて、その小動物を見るだけで殺せそうな目付きを直せば、後は素材の味そのままで行けると思うわ。まずは髪ね」


 アスターが最初に取り掛かったのは直毛すぎて獣の毛並みのようになっていた私の髪である。

 孤児院時代はこの銀色で美しい髪を良く褒められたものだったが、今では銀ではなく錆びた鎖のようになってしまい、質感は殆どやすりだった。

 汗が嫌いなので湯浴みはそれなりの頻度で行っていたはずなのだが、何故ここまでザラザラになってしまったのか、謎だ。


「多分、熱が原因だと思うわ。ゼノビア様は鎧のまま炎に突っ込むから髪が熱で変性しちゃったのねぇ」

「ドラゴンの口に突っ込むのは、髪質を引き換えにしていたのか」

『むしろドラゴンの炎に突っ込んでダメージが髪だけで済んでるのが凄いよ』


 過酷な戦場での日々は私が想像していない部分にもダメージを与えているらしかった。

 まさかドラゴンが髪を荒らす原因になっていたとは……他にも肌荒れの原因にもなってそうだな。


「でも安心して頂戴。私の用意したこのとっておきのエキスを使えばちょちょいのちょいで」


 そういって謎の液体で私の髪を湿らせ始めるアスター。

 何をされているのかも分からずぼんやり待っていると……気付けば私の撫でると手が切れるとまで言われていた髪が、まるで一枚の絹のようにフワフワのサラサラになっているではないか!

 そんな馬鹿な!? あのハリネズミにも負けない強度を誇っていた私の銀髪がこんなにあっさりと!


 軟弱な!

 いや、軟弱でいいんだ!?

 もっともっと軟弱になっていけ私!

 

「魔法か!?」

「魔法のように人を美しくするけれど、あくまで科学的な事象よ! 私が長年研究した成果で、特定の花のエキスを用いればどんな髪も綺麗に整えられると分かったのよ。いやー、これに気付くまでは大変だったのよ~? 戦場で日々、髪に合う液体を探した甲斐があったわね」

 

 これまでの毎日を思い返すように遠い目をするアスター、その姿にはどこか深い貫禄がうかがえた。

 なるほど、アスターのおしゃれは戦場においては現地調達で何とかしていたらしい。

 何という執念だろうか……私は彼女の可愛さと美しさへの真摯で努力家な一面に感動すら覚える。


 かの戦場では彼女を笑うものもいたが、私はそうは思わない、いや、思えなかった。

 彼女の姿はその努力相応に美しいが、最も美しく光り輝いているのはその内面であり、黄金のような精神性にあるのではないだろうか。


「そんな研究までしていたとは、さすがだなアスター。ドラゴンに傷つけられた毛髪をも倒すその腕前、ドラゴンキラーと言えよう」

『物騒な言い方にしないでもらえます?』

「まだまだ褒めて貰うには早いですわ。ここからが腕の見せ所!」


 こうして髪に続き目や肌、果ては服装から髪型、爪や唇に至るまでアスターの手によって改造され、数時間後──そこには信じられない光景が広がっていた。





「ゼノビア様、目を開けていいわよ」


 しばらく目を瞑っていた私は、少しの眩しさを感じながらゆっくりと目を開く。

 そこには銀髪の謎の女が足を組んで椅子に座っていた。

 とんでもなく儚げで可憐な美少女だった。


 その座り方こそ女性らしくないものだが、しかし顔立ちは端正でお人形のように整っていて、またレースやフリル、リボンで飾られた華美なその服装は作り物のような美しさを際立たせていた。

 どのパーツをとっても少女然とした出で立ちで大変愛らしいのだけど、ただその眼光だけは鋭く、人を威圧するパワーに満ちている。

 なんだこの眼力の鋭い美少女は。


「気配も見せずに私の前に座るとは、何者だ?」

「貴女様ですわよ。ゼノビア様」

『鏡を前になにコントみたいなことしているのさ』

「私なのか!?」


 驚いてガタンと椅子から立ち上がると、目の前の謎の美少女も立ち上がる。

 信じられないことに目の前にあったのは大きな姿見だった。

 こんな勘違いは人類の勘違いではなく獣の勘違いだと思われたが、しかし、それくらい衝撃的な変化だったのだ。


 ほ、本当に私なのかこれが。

 目付き以外、完璧なご令嬢ではないか!

 目付き以外!


「目付きも普段よりマシになっているはずよ。あとはテープとか張って緩和する方向性もあるのだけどねぇ……うーん、どちらかと言えばゼノビア様のその目は強い心からくるものだと思うから、訓練で直していきましょう」

「なるほど、見た目を整えた後は訓練というわけか。兵士のやることと同じだな。まずは鎧を着て、剣の持ち方を覚える」


 形から入るのは重要なことだ。

 意識も変わるし、何より実践的と言える。


「ゼノビア様だからと言って手は抜かないわよ。いや、ゼノビア様だからこそ手を抜けないわ。厳しく行きますわよ!」


 メラメラとその青い瞳を燃やすアスター。

 どうやら儚げでお淑やかな令嬢への道は辛く厳しいものらしい。

 だが、ひるむ私ではない。

 むしろ、厳しければ厳しいほど、成長の実感が沸いて嬉しいくらいだ。


「うむ、頼むぞアスター……いや、アスター先生」

「いい響きじゃないの~! アスター先生ちゃんにお任せあれ!」


 残された期限は刻一刻と過ぎ去っているが、アスター先生ちゃんに任せれば、何とかなる気がしてきた。

 しかし、完全に人任せではなく私の努力と根性も試される。

 なさねばなるまい……モテモテの学園生活の為に!

 いざ修行の日々!


『可愛いってそんな目に炎宿しながら手に入れるものだっけ?』


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る