5.漢!淑女道!

 アスターとの修行の日々はかつての訓練兵時代を思い出すほど過酷だったが、同時に深い充足感もあった。

 その充足感足るや、問題点を彼女に指摘されるたびに私は目から鱗が落ちる気分にさせられて、もはや感動すら覚えたほどだ。

 そもそも、これまでまるで考えてこなかった女子力という分野……それを一週間で何とかしようというのだから、どれだけ厳しくしても厳しさが足りないとさえ言えるだろう。

 

 故に私も全身全霊、身を粉にして励む心積もりだったのだけど──雑魚過ぎてそんな気持ちになるのすら烏滸がましかったかもしれない。

私はこの修行で思い知った。

 可愛さとは巨大で地道な、努力という名の基礎工事の上に立つ巨像なのだと。

 そして私には、その基礎がまるで存在しておらず、欠陥工事もいいところだった。


 もはや問題点が多すぎて、一週間という期間がとんでもなく短く感じるほどに私の修行は前途多難だったが、アスターはそんな私に辛抱強く付き合ってくれた。

 いや、冷静になって振り返ってみれば本当に私は酷かった。

 例えば──


「ゼノビア様! 足がガニ股すぎるわ! ボストロールでもそんなのっしのっしと歩いたりしないわよ!」


 と、豪快過ぎる歩き方を怒られてしまったり、或いは──


「ゼノビア様! 腕をブンブン振り過ぎよ! ゴブリンが棍棒振り回しててもそんな風切り音しないわよ!」


 と、脇の閉まらない腕の動かし方を注意されたり、加えて──


「ゼノビア様! 口元に力が入りすぎて石像みたいになっているわ! 何故常にへの字なの!」


 と、横一文字に深く閉ざされた固い唇を指摘されたり、更には──


「ゼノビア様! また目に刺すような光が宿っているわよ! そんな目で男の子を見たら、みんな女の子になっちゃうわよ!」


 と、睨むような目の力の入れ方まで矯正された。


 前言の通りアスターの指導は厳しいものだったが、その甲斐あって私の女子力はメキメキと物理的に音をたてながら成長していき、約束の最終日……そこには一人の乙女が、いや、二人の乙女が、夕日を背景に向かい合って立っていた。


「ゼノビア様、よく頑張りましたわね」


 パチパチと拍手と共に私の研鑽を讃えてくれるアスター、しかし、これは一人では成しえなかった偉業だった。


「いいや、頑張ったのは私じゃない。アスター、君の方じゃないか」

「でしたら二人の成果に……感謝を」


 私たちは互いに握り込んだ拳をガツンっとぶつけ合い、目的の達成を喜んだ。

 これで私も──美少女だ!


『いや、美少女はそんな漢らしいことしないから!』


 熱がこもり過ぎて、少し漢臭くなってしまっていた我々をレイヴが諫める。

 しまった! 美少女は互いに拳をぶつけ合って友情を確認したりしない!


「あらやだ! ついつい訓練の日々を思い出しちゃったわ!」

「だが今拳をぶつけ合って分かったが、明らかに私の拳がたおやかになっていた。丸みを帯びたというか、とにかく柔らかい衝撃になっていたように思う」

『すごい部分で修業の成果を実感してる……』

「あんな男らしい動作ですら女性らしさを出せるのなら、もう無敵ね!」


 あんな何気ない……何気ない?動きですら柔らかくなるとは、恐るべしアスターの修行。

 私が思っている以上にあの修業は私の身を乙女へと進化させていたようだ。


「あとは話し方も淑女にして上げたかったけれど、残念ながらタイムリミット……本当にごめんなさいね」

「何を言うアスター、君のおかげで立派にモテライフを満喫できそうだ」

『いや、その話し方のままだと難しいと思うけどね。そんな感じで大丈夫なのかなぁ』


 アスターに鍛えて貰ったのはあくまでの外観や所作である為、確かに内面についてはまだまだ不安な部分は多い。

 こんな状態でアスターが離脱してしまうことをレイヴが恐れる気持ちは分かる。

だが、いつまでの師を頼っているようでは立派な生徒とは呼べないのもまた事実だ。

 

「ここから先は己自身で己を鍛えていく。アスター、次に会う時は立派な淑女としてだ」

「うふふ、期待してるわ」


 胸を張ってアスターを送りだす私だったが──実のところ、まるで己を磨く手段を思いついてはいなかった。

 ……まあ、何とかなるだろう!

 恋愛小説の主人公のような話し方をすればいいのだろう? 余裕余裕!


『何やらすっごく不安な気分になってるよ』


 何故か怯えるレイヴをよそに、いよいよ魔法学園に乗り込むことになる私。

修行で自信を付けた為にかなり余裕を持って臨んだのだが……それが間違いだったと気付くのは学園に乗り込んだ最中だった。

 私はまだなんちゃって淑女に過ぎなかったのだ……。

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