6.夢の舞台へ
「来てしまいましたね。フェルグラント魔法学園に」
『うわっ、しゃべり方の違和感すっごい! いってっ!』
小さくなってアクセサリーのように首にかけられたレイヴを指先で弾く。
すると彼はわざとらしく痛がってみせるが、勿論、そんなに痛くはないはずだ……多分。
レイヴは魔剣というだけあって、普通の存在ではなく、その実体も固定されてはいない。
要するに縮むのが得意技なわけで、戦場でもどちらかと言えばこうして持ち歩いていることが多かった。
そんな彼に成長した私の姿を見せようと思ったのだが、返って来たのはかなり渋い反応で、正直なのはいいことだが実にがっかりである。
自分でも似合わないとは思っているのだが、一応はこの話し方こそが私なりの淑女の規範であり、メアリー先生の恋愛小説の物まねでもあった。
あの修業の日々から二週間、私は自分なりの淑女磨きを完遂し、今は大きな湖の畔に位置する立派なお城を、馬車の中から眺めているところだった。
何を隠そうあのお城こそがフェルグラント魔法学院、その校舎である。
もう100年の歴史があるので古城と呼んでも差し支えないほどなのだが、そんな深い歴史とは裏腹に城を築く真っ白な石壁は綺麗なもので、先日建築されたのかと勘違いしてしまいそうなほどだ。
さすがは魔法学園、外見からしてもう普通ではない。
『違和感はともかく、ちゃんと喋り方はそれっぽくなったんだね』
「別に生まれつきあんな話し方だったわけではありませんよ。ただ、戦場で出世していくうちに、地位も上がって話し方もそれ相応なものにしろと言われまして……」
『そういえば出会った時はもっと普通だったっけ。もういつもの偉そうなやつに慣れ過ぎて分からなかったよ』
「偉そうにするのも仕事だって言われたんですよね」
確かに部下に舐められていては話にならないのは事実なので、偉そうに話せというのも分かる話ではあるのだが、しかし、私の場合は不器用過ぎてそれがやり過ぎになっていたかもしれない。
レイヴの言う通り私もすっかりそれに慣れてしまって、普通の話し方を思い出すだけでも一苦労だった。
多分、こんなことで悩むの私くらいだろうな……。
『ずっと本を読み漁ってると思ったら、何か教本でも読んでたの?』
「ああ、あれは恋愛小説よ」
『結局それ!?』
「何を言うメアリー先生の小説以上の教本などあるはずがないだろう。長年の生活で凝り固まってしまった私の口調を直すためには脳を芯まで桃色に染める必要があってだな」
メアリー先生を馬鹿にされては冷静でなどいられない。
ついつい熱くなって反論してしまう私だが、そのせいでボロが出まくりだった。
『興奮して戻ってるよ、ゼノビア』
「おっと、まあ、こんな風に割と付け焼刃ではあります。今は小説に浸かりすぎてその影響をもろに受けている子、みたいな状態ですから」
良い小説というのは読者を物語の世界に引きずり込み、しばらくその世界から帰って来れなくするものだ。
そのフワフワとした効能を利用して、こうして口調矯正に役立てたというわけなのだが、勿論、時間が経てば元に戻りかねないので、人と多く話すことでこれを馴染ませていく必要がある。
黙っていれば勝手に淑女扱いされるかもしれないが、それは許されないというわけだ。
『不安な方法だなぁ』
「何とかなりますよ。なんと言っても、今の私は美少女ですから!」
『うーん、中身はそのままなのが謎の違和感を生んでるよね』
「不安な気持ちは分かります。ですが、永久に訓練を続けているわけにはいきません。目指すべきは完璧ではなく、戦いの中で成長できる体作りなのです」
『口調は穏やかになったけど、言ってる内容は変わってないんだもんなぁ』
レイヴはかなり不安がっているが、しかし、今の私はアスターのおかげで見た目は整っている。
勿論、モテの為に真に重要なのは内面の美しさであり、外見はそのサポートに過ぎないというのは、恋愛小説でも学んだことではある。
だが、サポートが充実していればこそ、本隊が十全に力を発揮し、同時に成長できる余地が増え、積極的な作戦展開が可能になるというものだ。
今の私には歴戦の強者が隣に控えているようなもので、つまり安心感だけはあった。
「さあ、いつまでもお喋りに華を咲かせていても仕方ありません。いよいよ乗り込むとしましょう。夢の舞台へ」
『雨の部隊へ?』
「雨天下での出撃ではない」
ギロリと睨むと、レイヴは目を逸らすように黙り込んだ。
おっと、ついついまた目付きが悪くなってしまった……これだけは気を抜くと即座に露呈するから、最も気を付けなければならない。
自分の目を両手でマッサージしながら、私は城へと歩を進め始める。
これからの日々に思いを馳せながら。
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