3.戦場にも美はありますわ

「恋愛への憧れはあり過ぎて困る程にある……つまり、この本のおかげで知識は万全というわけだ」

『お話を現実に取り入れようとしないで?』

「メアリー先生の言うことは万事正しい」

『なんなのさ、その謎の信頼は!』


 聞くところによるとメアリー先生はこの本の内容のように恋愛経験豊富な大人のレディだという。

 それでいて内容は娯楽的であり初心者にも優しい……教本にするにはピッタリではないか!


「決めたぞレイヴ。私はこれから女らしさの訓練を積む。そして、魔法学園では素性を隠し、謎の美少女令嬢として生きよう……いや、モテよう」

『自分で美少女って言っちゃう勇気だけは認めるよ』


 溜息混じりのレイヴの声。

 勿論彼の言っていることは分かる……私は美少女と呼べるような代物では決してない。

 美でも少でも、何なら女すら怪しいものだ。


 だがそれはまるで努力してこなかった今の私に過ぎない。

 訓練で補えないものなどこの世に何一つとしてありはしないのだ。

 これから必死にやっていけば、一か月後の入学式には間に合うはず。


「ふふふ、これから忙しくなるぞ」

『笑みが邪悪だなぁ……でも、うん、でもゼノビアが女性らしく生きたいって言うなら、僕は協力を惜しまないよ。もう戦争も終わったんだし、ゼノビアも日常的な幸せを求めてもいい頃だと思ってたんだ』

「ありがとうレイヴ、やはり君は私の生涯の友だ」

『勿論! 僕は君の一生の友さ! ただ僕もずっと戦場にいたから女性らしさって分からないんだよね』

「こういう時、普段行動を共にし続けた友というのは不便かもしれないな」


 いつも一緒に居すぎている為、その知見もまるで一緒なのである。

 悲しいことに互いの見識が狭すぎるので、レイヴが役に立つかどうかはかなり不透明だった。

 

『あっ、そうだ! 確かあの氷魔法使う人っておしゃれにうるさい人じゃなかった?』

「氷? ……【氷壁のアスター】のことか」

『そうそうその人! 色々聞いてみたらどうかな?』


 戦場で日々を過ごしただけあって、私も軍系統の知り合いは多い。

 氷壁のアスターは戦場でも抜群の武功を見せた優秀な魔法騎士で、そして変わり者で有名だった。

 なるほどアスターならば、私のこのメスライオンのような容姿も何とかしてくれるかもしれない。


「さっそく連絡してみよう。水晶、アスターにメッセージを送ってくれ」


 私は部屋の隅に設置されていた魔水晶に触れると、指示を送る。

 さて、後は返答待ちなのだが……驚くことに返事は即座に返って来た。


【ゼノビア様の及びとあればすぐに向かいますわ】





「ゼノビア様、お久しぶりねぇ! 『氷壁のアスター』推参しましたわ」

「うむ、久しぶりだアスター。前に見た時よりまた一段と美しくなったように見える」

「あら~、ゼノビア様お口がお上手! でもそうねぇ、戦場よりはおしゃれ出来るからそうなるのよねぇ~! ちょっと輝き過ぎてないかしら? 眩しかったらごめんなさいねぇ~!」


 アスターはくねりくねりとその巨体と、巨体に備え付けられたきらびやかなアクセサリーを揺らしながら、今日も今日とて豪奢な衣装で現れた。

 美しい青い髪は長年戦場にいたとは思えないほどにつやがあり、そしてその逞しい筋肉には張りがある。

 彼女こそが氷壁のアスター、魔獣戦線においても変わり者で有名だった者である。

 

 変わり者ポイントは二つあって、まず彼が平時ならいざ知らず、戦場でもおしゃれと美容を諦めずその美に励んでいたこと。

 これは本当に凄いことで、その上で武功も成しているのだから、どれだけ彼女が優秀か分かるだろう。

 アスター曰く「むしろこの美しさがあるから武功も成せるのですわよ!」とのことだがその考えは謎すぎて賛同者はゼロだった。


 もう一つは、もう一目見れば分かるのだが──彼女は屈強で男らしいガタイに反して心が乙女なのである。

 所謂オカマだが、私は私以上に女性らしい彼女を尊敬してやまなかった。

 それに、少女兵というジャンルがある割になかなか女性がいない戦場の中で、アスターは私の良き友人となってくれた。

 私の数少ない女性成分は彼女から来ていると言っても過言ではない。

 もっと言ってしまえば、まだ私がかろうじて女性の形を出来ているのは彼女のおかげなのかもしれない。


「今日呼び出したのは他でもない。アスターに女性らしさを学ぼうと思ってな」

「ぜ、ゼノビア様が!? うっそー! まっじー? 何かあったの? お姉さん、何でも相談にのるわよ?」

「ああ、実は先ほど婚約破棄されてな」

「はっきー!? 聞き捨てならない言葉よそれ!」


 目をひん剥いて驚くアスターに、私は赤裸々にこれまでのことを話した。

 怖がられて婚約を切られたなんて、いかにも恥で人に話しにくい内容だが、どうせ明日には国中に知られていることだし、それにアスターになら知られても恥ずかしいとも思わない。

 

 私の話を聞くにつれ、アスターはどんどんその屈強で美しい顔を赤く赤く染めていく。

 あっ、怒ってる。

 久々に怒っているな。

 アスターは別名『氷血のアスター』とも呼ばれていて、キレると大変に恐ろしいのだ。


「あの男……せめてタマキン千切ってあげた方がいいんじゃないかしら? それで千切ったブツをあいつのケツの穴に詰めてしまいましょう」

「こらアスター。もう戦争じゃないんだ。そういった汚い言葉は慎め」

「あらごめんあそばせ」


 自然と言葉遣いが荒くなっていくのが戦場というもので、アスターも優雅で気品あふれる物腰とは対照的に、その言動は荒っぽいことで有名だった。

 実は私もそれなりに口が悪かった……さすがに国に戻る前にすぐに頑張って矯正したが、今でもその名残はある。


『あはは! アスターさいこー! そうそう、こういうのを求めてたんだよ』

「あらレイヴちゃん久しぶりねぇ。今日も可愛いわぁ」

『かっこいんですけど僕はー!』

「持ち主が可愛くなろうとしているんだ。レイヴも可愛くなろうと努力してくれ」

『えー!? そうなっちゃうの!?』


 まあ、元々レイヴは私から見れば可愛いので何も問題はないのだが。


「それでゼノビア様、そんな絶望を乗り越えて魔法学園でモテモテ生活を送りたいってことなのね……いいじゃな~い! 素敵な夢だわ!」

「そう思ってくれるか」

「思う思う! 私、モテたいって気持ちを忘れない子、好きよ」


 正直、学園でモテるために協力してくれなんて言ったら引かれるんじゃないかとも思っていたので、アスターの好印象な反応は予想外だった。

 肯定されると何処か気が楽になるのが人間というもので、私はほっと一息をつく。


「で、どうだ? 私を可愛くできそうだろう……無理なら無理と言ってくれ、別の方法を模索するのでな」

「出来るに決まってるじゃないの! そもそもゼノビア様は素材がいいわ! 私が嫉妬しちゃうくらいに!」

「ほう、自信から付けさせようという魂胆か?」

「いや本心よ本心! 混じりっけ無しの本心! だってゼノビア様、スタイルも良いし顔も整っているわ! 戦場の後遺症で今はくすんで見えるだけ、磨けばあっという間に輝きだすこと間違いなしよ!」

「そ、そうか?」

「そうよ!」


 おだてればオークも木に登るという言葉もあるが、今の私の気持ちは大体そんな感じだった。

 私って……素材が良かったのか!

 もしかして美少女なのか?


「私こそが絶世の美女だったのか……」

『いや、調子に乗るの速すぎるでしょ。ドラゴンでもそんなに速く飛ばないよ』

「こらレイヴちゃん! 照れてるからってそんなこと言っちゃって」

『全く照れてないんですが!?』

「とにかく、私に任せて頂ければ、一週間でゼノビア様の内に秘めたる輝きを外へと出して差し上げますわ! ただ、それ以降は私も用事があって協力出来ないのだけど……」

「私を美少女に出来るだけで十分すぎるほど十分だろう。ありがとうアスター、君が友で合ったことは私の人生の最大の幸福だ」

「勿体ないお言葉ですわ……期待に応えられるよう、粉骨砕身の覚悟でやらせて頂きますわ」


 跪いてそう宣言するアスターの姿は、騎士としての──いや、戦場でも美しさを忘れなかった美の戦士としての矜持に溢れていた。


 こうして入学式まで残り一か月、私の女磨きが始まった。

 果たして磨いた先に女らしさが残っているのかは疑問だが……とりあえずはやってみなければ始まらない。

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