2.恋愛願望は変身願望
そんな時、机の上から幼い声が上がった。
『あの男ー!!!! 英雄たるゼノビアと別れるなんて、クソ野郎すぎるよ!』
ああ、そうだ1人ではないのだった。
彼は──あの剣はレイヴといって、意思を持った剣、魔剣である。
私の戦場の相棒として日々を過ごし、その友情は岩よりも堅くなっているが、同時のそのおせっかいさも岩より重くなってしまっていた。
今ではまるで私の弟気取りである。
孤児院ではいっぱい居た弟妹であるが、まさか剣が弟になる日が来るとは、あの頃は想像もしていなかったな。
『今から行って斬り付けてやろうか!? オークの頭を一撃で消し去れる僕に掛かれば、あんなやつこの世から物理的に消滅させられるよ!』
「レイヴ、冗談でもふざけたことを言うんじゃない。お前の刃に付いていいのは魔物の血だけだ。違うか?」
『ゼノビアは優しすぎるんだよ! あっさり婚約破棄も受け入れちゃうなんて……』
しょんぼりと机の上で項垂れるレイヴ。
剣なので顔はないのだが、長年の付き合いでそれくらいは分かるようになっていた。
私の不幸を一緒に悲しんでくれるのは心温まるが、あまり悲しまれるとこちらも悲しい。
「恐れられながら婚約を続けても仕方ないだろう。彼の言葉に乗るわけでもないが、お互いの為というのは確かだった」
『色々ぶんどって後悔させてから別れようよー!』
魔剣らしく言っていることが物騒すぎる。
そんな英雄がいてたまるものか。
「そんなことをしても私に心の傷が広がるだけだ……それに見ろ、あの姿を」
私はレイヴを手に取ると窓際まで移動して、窓の外を共に眺める。
そこには可愛らしい女性と和気藹々と歩いている婚約者の彼の姿があった。
『はーーーー? すでに他の女といちゃこらしている! 別れて数秒後にもうあれって失礼すぎるよ!!!!』
「だが、彼に長らく寂しい思いをさせたのは私だ。幸せそうで良かったじゃないか」
『よくなーい! こんなの胸糞すぎる!』
レイヴは憤慨しているが、もしかすると彼が私に殺されやしないかと心配で、あの可愛らしい少女は外で待っていたのかもしれない。
そう思えば、あの光景も憎らしくは思わなかった。
むしろ微笑ましいくらいだ。
それにしても本当に可愛らしい少女で、私は思わず見惚れる。
華奢な体、ふんわりとした髪、シルクのように透き通る肌、桃のように仄かに色めく頬、そして花のように咲く笑顔。
華やかで、お淑やかで、儚げで、美しい。
私もあんな女性になれたら、彼と別れずに済んだのだろうか。
心の底から、実に、羨ましい限りだ。
私にあるのは無骨な体、がさついた髪、傷だらけの窓のような肌、岩のように固まる頬、そして獣のような笑み……まるで真逆だった。
この有様で男性と婚約できると思っていたなんて、なかなかお笑い種だっただろうか。
なれるものなら、あの少女のように、花のようになりたい……。
「……いや、なればいいのか」
私の中に天啓が降って来た。
そうだ、なんでなれないと思い込んでいたのだろう。
私は戦場では諦めるなと何度も言ってきたはずだ。
それはここでも……女らしさでも変わらないはず!
『えっ、何に? 鬼に?』
「それはもうなっているようなものだろう。お淑やかで儚げな女性に私もなればいいのだと思ってな」
『ゼノビアがお淑やかにー!? 無理無茶無謀の三重奏だよそれ!』
「やかましい」
『あいったー!』
剣を軽く蹴飛ばすとレイヴは大げさに痛がって見せる。
魔物との鍔迫り合いの方が衝撃が強いだろうに。
「今回の件の問題は私が女らしくないところにある。戦場にずっといたのも問題だが、それは現在戦線が落ち着いたことで解決したことだ」
『魔物たちの総大将が急に消えちゃったもんね』
「夢であったフェルグラント魔法学園に通えることにも胸躍らせていたが、今のままではまた人に避けられて終わるだろうことは目に見えている」
『魔眼って言われるほど目付き悪いもんね』
「よって私は早急にお淑やかになる必要がある……そして、あわよくばモテたい」
『モテ願望あったんだ……』
そう、今までずっと胸の内に隠していたが──私にはモテ願望がある!
しかも人一倍ある!
いや、十倍、百倍、千倍ある!
モテ万倍の心意気だ!
「実は戦場にも恋愛小説を持ち歩くほどなのだ」
私は懐からボロボロになった1冊の本を取り出すとレイヴに見せる。
『いつも読んでたあれって恋愛ものだったの!?』
「メアリー・ポーター著の【恋しちゃってキュキュンがキュン♡ 君と私の恋愛叙事詩!】だ」
『ひっどいタイトルだなぁ!』
「何を言う名作だぞ。最後の『うるせぇ口だな』と言ってドラゴンにキスして火傷するシーンが──」
『興味ない上に内容も意味不明だ! もういいから! それで恋愛に憧れがあるって話?』
メアリー先生の書く本はとにかく甘く甘く甘いというドロドロなまでに甘い内容になっているいのだが、私もそんな恋愛に憧れを持っていた。
そう、甘すぎるくらいでいい……渋みなど欠片も必要ではない。
そんなものは血の味でもう足りているのだから。
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